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DeNAキュレーションサイト問題。インターネットを「使う」人たちの反応とこれから

2016年12月09日 17時00分 JST | 更新 2016年12月09日 17時00分 JST

DeNAのキュレーションメディアが糾弾され、記事非公開化が進んでいる。

問題は波及し、DeNA以外の企業が運営しているサイトでも自主的に記事非公開化を進めているところもあるようだ。

この騒動は、私にとって思うところが多い。

と言うのも、私が「其処當あかり」を名乗ってブログを始め、ライターとして独立するきっかけとなった匿名ダイアリーへの投稿は、まさしくこうしたサイトに掲載される悪質な記事を安値で量産していることが苦しいという感情の発露からだった。

megalodon.jp

私が雇われていたのはDeNAのような大手企業ではない。地元の零細企業だった。

今回はDeNAやその他の大手企業が運営しているキュレーションサイトばかりが問題視されたが、零細企業や個人がアフィリエイト(成果報酬型広告。広告がクリックされてそこから商品が売れると、サイトの持ち主に報酬が支払われるという仕組み)のためにこれまで同じようなことをしてきていた。

何かを知りたいと思ってインターネット検索をした時、「広告ばっかり出てくるな」と感じられたことはないだろうか。

これはキュレーションサイトも含め「インターネットで広告収入を得ようとしている人」たちが、『検索上位表示争奪戦』をしているからだ。

SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)という手法を用いて、特定のキーワードで検索された時に自らのページが上位表示されるようにしている。

元々、検索エンジンは「検索ユーザーたちが好む物を上位表示させる」という目的のもと作られた。

しかし、どうすれば上位表示されるのかという条件を攻略されてしまった。

資金とテキストを注ぎ込めば検索ユーザーたちに気に入られずとも上位表示される仕組みが出来上がり、今のインターネットの姿となった。

私が匿名ダイアリーに投稿したのは2016年の5月末。

地元企業で底辺ネットライターとして働き始めたのは、その時から何年も前の話になる。

その当時でもアフィリエイター同士の『検索上位表示争奪戦』は熾烈を極めていた。

1つのキーワードで上位表示されるサイトの数はとても少ない。その少ない枠を奪い合っていた。

このイス取りゲームに参戦する形で、大手企業がキュレーションサイトを展開し始めた。

大手企業の資金力を使って、やすやすと検索エンジン上位表示を根こそぎかっさらっていった。

個人で頑張っているアフィリエイターからすると面白くない状況だっただろう。

しかし、ただ単に「個人が商売でやっていたことを大手企業が始めただけ」なので、面白くなくてもそう簡単に対抗することも潰すこともできない。

大きなショッピングモールができて商店街がなくなっていくのと同じように、資金力に勝てるほどの売りを持っていなければ、消えていくしかない。

そうした状況下でDeNAが運営している『WELQ』が問題となった。

私としては「なぜ今さら」と思った。

イス取りゲームは何年も前から行われている。

これまで個人や小規模な企業が運営しているサイトは問題視されて来なかったのに、なぜ今になってDeNAのWELQが問題となったのか。

色んな記事を読んで、理解した。

今回の騒動について、発端はこの記事に集約されている

twitter.com

心が擦り切れそうなほど悩み『死にたい』と検索した人が最初に見つける記事が、問題となったWelqの記事という状態になっていた。

上記リンク先の内容を読んでいただければわかるだろう。

この記事は本当に「死にたい」と思っている人の悩みに応える内容ではない。『死にたい』というキーワードの検索ボリュームに着目したアフィリエイト用の記事だ。

最後に「自己承認力を高めるためには」と言って、転職サイトのキャリア診断テストをするよう促している。

極端な言い方をすると、これは自殺ビジネス。

死にたいと思い詰めた人が掴むための藁を作り、目の前にちらつかせる。その藁に縋れば助かるかもしれないと信じた人がその藁をつかむ。

しかしそれはただの藁。何の役にも立たない。

もしその藁がつかんだ人の心身を救うための物であれば良かったかもしれない。

しかしこの記事には、ただ「心の隙に付け入って金稼ぎをしよう」という意図しか見えない。

こうした『誰が見ても明らかに問題だとわかる問題のある記事が上位表示される状態』が発生したことによって、多くの人が疑問を呈すようになった。

そこからどんどんWelqというサイトに関する問題が掘り下げられていった。

www.buzzfeed.com

その結果、「DeNAがライターに出していた指示や記事作成のマニュアルが、他サイトに掲載されている記事・画像などの盗用を推奨している」ということが明るみになった。

ネットでテキストや画像を投稿している人にとって、自分の作品の盗用・盗作されることは非常に腹立たしいことだろう。

この問題はそうした「ネットに作品や記事を投稿している人が腹立たしいと感じるであろう問題点」が明るみに出たことによって、大きく広がったのではないだろうか。

ここまでが今回の問題の概要となる。

多くの人が問題の詳細を記事に書かれているので、詳細に関して知りたい方は他の方の記事を一読することを薦める。同じ内容の繰り返しになることを私が書いたって、何も面白くないだろう。

私はこの記事がよくまとまっていて、わかりやすいと思った。

bylines.news.yahoo.co.jp

ここからは、私の思うことを書く。

あくまで主観的に、今回の問題について感じたことや考えていることを書いていく。

結論から言うと、私はこの問題を全て回収することは現時点では難しいことと考えている。

それは私がこの問題を是としているという訳でない。個人の意見としては解決してほしい問題と考えている。

解決することは、この問題を問題視していない人にとっても実は良いことであり、ネットの健全化に繋がるだろう。そして現在、アフィリエイターとして活動している人にとっても、最終的に良い結果をもたらすと予想している。アフィリエイトが息の長い商売になるのではないかと。

ただ、現時点の検索システム、そしてあらゆる人の意識が絡み合って解決することは難しいように思っている。

いつか解決する日が来ることを夢見て、底辺ネットライターとして苦しんだ経験がある私の主観を綴っていく。

諸悪と責任の所在地と、それらのこれから

この問題に関して、DeNAが悪い、安価で記事量産を引き受けるライターが悪い、そもそも検索エンジンが悪いといった様々な意見が飛び交っている。

問題になったということはどこかに「悪」と呼ぶべき原因があるはずで、その「悪」を取り除かなければ、インターネットの健全化は実現できないだろうという考えの基、各々が思う点について意見されている。

「一刻も早くインターネットの世界を健全化してほしい」と考えるユーザーにとって、「悪の所在地」は重大な問題であり、責任はどこにあるのかをハッキリさせてほしいと思われているだろう。

今回の騒動については、DeNAの代表が謝罪をした。

つまり、今回の件に関してだけ言うと「責任の所在と悪はDeNAにあることを認めた」ということになる。

そして自主的に記事の非公開化を進めている企業もある。こうした企業のサイトに於いても「責任の所在が企業側にあることを認めた」と言えるだろう。(ただのクレーム対策である可能性もあるけれど)

ただ、DeNAは「記事を非公開化・削除する」ことに留まり、サイトの削除は行なわれていない。DeNAのホームページでもこのように記載されている。

dena.com

本管理委員会を通じて、一般ユーザーが作成・投稿した記事のチェック体制強化など信頼性を担保できる仕組みを整備していくとともに、編集部独自記事や外部ライターへの依頼記事等につきましても、品質の向上に向けた改善を進め、より一層価値のある情報提供に努めてまいります。

「記事をきちんとしてからサイトを復活させます」という予告だ。

これからDeNAは今回受けた意見や批判を基に、「誰からも文句を言われないメディア作り」をしていくだろう。

今回の騒動を真摯に受け止め、社会問題だと考えている人は、このように思われたかもしれない。

「一度あんなに問題になって記事が非公開化されたサイトの記事なんか、誰も信じないでしょう」と。

しかし、実際には「そんなことはない」と、私は考えている。

「記事を読むだけの人」インターネットライト層の騒動への反応

というのも、今回の騒動を問題として捉えている人は、大きく分類して以下の4タイプの人だ。

  • 記事を書かせている人(編集部・編集者)

  • 記事を書く人(ライター)

  • 作品を盗用された人、されるのではないかと心配している人

  • 検索エンジンを作っている人

この4つのいずれかに当てはまる人は自身の生活に問題が直接影響する。この問題を根本解決しよう、してほしいと考えている。実際に多くの識者がこの問題について言及する記事を書いている。

しかし、キーマンとなる「記事を読むだけ人」の多くは、この問題に問題意識を持っていない。

今回、記事が非公開、削除対象となったのはWelqだけではない。同じくDeNAが運営しているキュレーションサイト『MERY』も問題が確認されたであろう記事を削除・非公開化という措置を取った。恐らく記事や画像の引用(盗用)を問題視してのことだろう。

それに対する一部のネットユーザーの反応が、これだ。

最終結果として7,304票の回答を得たこのアンケートが出した数値は「寂しい」と残念がる人が45%、「関係ない」と答えた人が40%。

85%の人が「問題と感じていない」という結果になった。

(3択のうちの2択が「問題視していない」という回答なので、もう1つ「ダメだとは思うけど私は関係ないかな~」レベルの回答が追加されたら、少し結果が変わるかもしれないとは感じている)

このカツセ氏(@katsuse_w) のアンケートに回答されている層は、主に「記事を読むだけ人」という立ち位置にいる人たちだと思う。

この人たちは『インターネットライトユーザー層』に当たると私は考えている。

SNSをして、キュレーションサイトの記事を楽しんでいる、という層なので、ライト層の中でも生活にインターネットが密着している層に当たる。

こうした層の中には『画像の引用』を喜ぶ人もいる。

「私がこの間インスタに投稿した画像、MERYに載っちゃった!」

「え!?まじで!すごいじゃん!」

という反応になる。

そもそも報酬を得るためではなく承認欲求を満たすために投稿しているため、更に承認欲求を満たしてくれるステージに自分の投稿が引用されることはとても嬉しいことなのだ。「自分が素晴らしい投稿をした」という満足感も得られるだろう。

実際に、私はこうした問題が明るみになる以前、問題とされたキュレーションサイトで気になったインスタグラム投稿画像があったので、投稿者に問い合わせたことがある。

「この画像の商品はどこの物ですか?すごくステキですね」と。

そうしたらその人は

「え!あのサイトに私の写真が掲載されてるんですか!うれし~!」

という返信をくださった。

私は『許可を取っていない引用・転載だった』ことに驚いた。許可を取って掲載されているものだとばかり思っていた。

が、当の本人は喜ぶだけだった。掲載された写真を再投稿し、「この写真があの〇〇(サイト名)に掲載されました!」という喜びのコメント付きで。

それに対しての周りの反応は「すごい!」「あなたってすごくセンス良いもんね!」という賞賛ばかりだった。

そうしたライト層がキュレーションサイト記事の消失を寂しがる気持ちは、わかる。

そして「そういうユーザーが一定数いることを知っていて、その人たちが主なターゲット」なのが、現在のキュレーションサイトと呼ばれるサイトの立ち位置なのだろう。

今回の問題を知りすらしないスーパーライトユーザー層は反応すらしない

更に言うと、もっとライトな人はこの世にごまんといる。

例えば、SNSもせず、スマホも持たず、「あれのこと知りたいなぁ」と思った時にだけインターネットに手を伸ばすもっとライトな層。安直だけれど、私はこの層の人たちを『スーパーライトユーザー層』と名付けた。

この層は、インターネットを介して交流することが日常的ではなく、作品などをアップロードすることもなく、インターネットとは関係のない生活を送っていて、ただ生活の傍らに「便利なツール」としてインターネットを利用する手段を置いているだけの人たち。

そうした人たちは、検索結果や記事の内容に問題意識を持たない。自分の気になることに関して答えてくれる『便利な先生』としてインターネットを利用している。

『ライト層』『スーパーライト層』を合わせると相当な数になる。それはインターネットヘビーユーザー層の数が軽く凌駕するだろう。

こうしたライトユーザー層のニーズに応えれば検索エンジンに評価されるということに「記事を書かせている人」が気付いた時、インターネットはおかしな方向に流れ始めた。

それが少数の個人だった頃はほとんどの人が問題視していなかった。

徐々に個人の数が多くなっていき、疑問を呈す人が少しずつ現れ始めた。検索エンジンはあらゆる対策を施していたようだけれど、その度に攻略されてしまった。

そしてそれを見ていた大手企業が参入し、問題を多くの人が知るところになった。

自然な流れだったように思う。

今回の騒動を経て、サイトは一時閉鎖状態となった。

この経過を、ライトユーザー層は「安心して使える良いサイトへ生まれ変わってくれた」と評価するだろう。そしてそのサイトの記事を疑いもなく読み続ける。

雪印集団食中毒事件が起きても、多くの人は雪印の製品を買い続けている。「事件を経て、きちんとしてくれただろう」という安心感を持って。

それと同じことが起こるだろうと、私は予想している。

真っ当にサイト運営をしている人のライトユーザー層の反応への反応

対して、「記事を書かせている人」「記事を書く人」の立場の方は、カツセさんの取ったアンケート結果に驚きが隠せないといった様子だった。

私はブログ開始時からアフィリエイターにとって興味深い存在だったのだと思う。ツイッターを始めてすぐに何人ものアフィリエイターの方からフォローしていただいた。

その方々の「『引用(盗用)メディア』がなくなることを「寂しい」と言う層の方が多い」ということへの反応は、「驚きが隠せない」といったものだった。

この声は『インターネットヘビーユーザー層』の声なのだろう。

「記事を書かせている人」「記事を書く人」「盗用された人」の気持ち。

このアンケート結果に驚く人は「盗用や引用に関して充分に配慮して記事を書いている・書かせている人」なのだと捉えられる。

そうでなければ、このアンケート結果は「やっぱりね、ラッキー。これからも同じ手法を続けよう」となるはずだからだ。

引用(盗用)を推奨するメディアが多くのユーザーの心をつかんでしまっているという事実は、誠実にきちんとした情報を書いていこうという信念をへし折らんばかりの結果だ。

真面目に書いても評価されない「記事を書く人」の記事

もう一つの問題点として、すでに「記事を書かせている人」と「記事を書く人」との雇用形態が確立されてしまったことがあると私は考えている。

今回の騒動で「記事を書かせている人」側の引用に対する意識改革が進めば、雇用するライターの条件は変わるだろう。

そうなれば、引用記事作成でお金を稼いでいた「記事を書く人」は、仕事を失うこととなる。

こうした現実があることを考えると、運営企業が記事発注の方針を変えることに対する「記事を書く人」からの反発もある程度はあるだろうと予想できる。

今までは何の知識も経験もなくとも、それなりに正しい日本語文章が書ければパソコンとネット回線だけで家にいながらにして空き時間に稼ぐことができた。

驚くことに、まともな日本語文章が書けていなくても稼ぐことができる。

「ただの文字数稼ぎだから何でもOK!ユニークな記事だからコピーコンテンツ評価を受けなくて済む」という雇い主が一定数いるからだ。

報酬額としてはお小遣いほどの金額かもしれないけれど、普段報酬をもらわずにブログやツイッターに投稿している人にとって「書くことが少しでもお金になる」ということは、嬉しいことだろう。

この問題に関しては「記事を書く人」側に立つ全員が「『ライター』としての意識」を高く持てば解決するのかもしれない。

インターネット上でちらほらと見かけられた「引用記事を書く人」の意見として、「私は引用する際に、きちんと掲載許可を取っていたのに」と嘆く声があった。もちろん、許可を取って引用している記事には何の問題もない。問題は許可を取っていない『盗用』なのだから。

しかし、記事の表面だけを見ると『許可を取った引用』なのか『無許可の盗用』なのか、わからない。

全ての記事は十把一絡げに扱われ、意識を高く持ってきちんとした記事作成に努めていた人が巻き添えを食らっている。

そして、意識を高く持とうが低いままでいようが、支払われる賃金は同じ。

それであれば、わざわざ掲載許可を取らずにひたすらコピー&ペーストを繰り返して少しだけ手を加えて納品した方がラクに稼げる。正直者が馬鹿を見る世界であれば、正直でいることをやめてしまいたくなるのも当然だろう。

記事量産仕事には需要がある。現代社会に適したアルバイト

では「意識が低いまま記事を書く人」が問題なのか?と言うと、そうとも言い切れない。

そこに当てはまる人たちは「ただ雇い主の指示に従ってアルバイトをしているだけ」だから。

低賃金のアルバイトをしていて、わざわざ「意識を高く持とう」「問題を改善しよう」と考える人の方が少ない。雇用主の言うことを黙って聞いていた方が穏便に平和にお金を稼ぐことができる。

目下、お金が欲しい。あと数万円あれば、今、家計が回る。けれど外に働きに出られない。そして今の苦しい家計状況を乗り越えればこれを生業にするつもりはない。

誰にも気を遣わず、自分の空き時間に仕事をして、収入を得たい。

人に会いたくない。組織に属したくない。自由でいたいけれど起業したって稼げるようになるまで時間が掛かり過ぎて生活できないし、起業するようなスキルも熱意もない。

そういう人にとって、『記事量産仕事』は『とても良い仕事』なのだ。 ((物凄く余談だけれど、私は「働いている」と言える環境が欲しくて底辺ネットライターを始めた。「専業主婦で子どももいないのにパートもしてないの?」と言われるのは、苦痛だった。かと言ってこれまでの様々な経験から、経歴のある職に戻ること、知らない男性と関わることが怖かった。私は底辺ネットライターの仕事に救われた。良い仕事だと思っていた時が、確かにあった。))

bylines.news.yahoo.co.jp

問題となるのは、1文字あたり1円にも満たないという単価です。正業のライターでこんな値段で請ける人物などいないでしょうし、またライター志望や副業であったとしても一定の品質を保ちながらこれだけの量を生活の足しにするほどに入稿するのは不可能です。

こちらの記事ではこのように紹介されているが、一般家庭が生活の足しにするほど入稿することは可能だ。ただし、『一定の品質を保つ』という点は無視される。

その点を無視すれば、2万円程度なら片手間で稼げる。仕事を多く任せてもらえればひと月で6~7万円は稼げる。このぐらい稼げれば、一般家庭であれば生活の足しになるだろう。

私の場合、作業時間がパートで働いて同程度の金額を稼ぐよりも圧倒的に短かった。記事の作成時間には個人のタイピングスピードや検索能力が大きく影響するので、全員がこうとは限らない。

しかし、こうした能力は誰でも数をこなせば上がっていくし、休みたい時に休めるのは共通してあるメリットだ。

家に目を離せない家族がいる、他に本業があるという人にとって、ものすごく都合が良いアルバイトになる。

この仕事を「都合が良いアルバイト」と捉える記事量産ライターにとって、重要なのは記事の品質を上げることではない。たくさんの文字を納品して少しでも多くの報酬を得ることだ。

「記事を読む人」の都合は完全にスルーされ、「記事を書かせている人」の都合が最優先される。

こうして作られた記事が及ぼす読者への影響

結果、「記事を読む人」は情報の正確性が不明瞭な記事を読むことになる。

今回問題となった点は、ここにもある。

引用や盗用といった著作権絡みの問題、倫理的な問題に埋もれて見え辛くなっているけれど、こうした状態が蔓延することによって、「情報の正確性が不明瞭な記事を多くの人が読んで信じてしまう」ことも、充分な問題だ。

正確性も確かめないままに、その記事に書かれていることを信じて従ってしまう。

そこで紹介されている商品を買い、広告を見る。

「だって、ネットに書いてあったから」と、安易な行動に走る。

これは読み手側ととって『良質な情報・商品を見つける機会の損失』だけれど、その損失は目に見えず実感もない。

機会という形のない見えない物がなくなったところで、損失だとは感じられない。

記事に導かれるまま購入した商品であっても、品質に満足すれば納得する。

そのため、読むだけの人は問題を意識していない。現状に何の不満もなかったのだから。

こうしたあらゆる人々の意識を考えるに、今回の問題は簡単に回収できる問題ではないと、私は思う。

もう1つの見えないモラルハザード。アフィリエイト案件の変化

検索エンジン上位表示争いに参加している個人が稼ぐための手段は、主にアフィリエイトだ。

大手企業が運営するサイトもアフィリエイトを利用しているかもしれないが、個人よりも多種多様な商売に活用できる。

広告枠やバックリンクを販売したり、読者数の多さをアピールして他社のPR記事を書いたり、といった手段が少し考えるだけで思いつく。

そのため、大手企業はアフィリエイト案件に頼らずともとにかく上位表示され、PV数が多ければそれだけで商売をすることができる。

しかし、個人アフィリエイターの場合はそうはいかない。

アフィリエイトサービスプロバイダ(ASP)を介してアフィリエイト案件を申し込み、その案件を売り上げることでしか商売することができない。

年商が大きくなればその手法を教えるという塾ビジネスを始める人も多いようだけれど、そこまで辿り着くには長い時間が掛かる。

そのため、アフィリエイト案件がゼロになるということは、アフィリエイターを専業でしている人にとって廃業を意味する。

そのアフィリエイト案件で、近年モラルハザードが起こっているのを私は目の当たりにしている。

商品名の検索結果を自浄するために短期間だけアフィリエイト広告を出す企業

この数年間であらゆるアフィリエイト案件を見てきた。

その中で、『短期間だけアフィリエイト広告を出す商品』が少しずつ増えてきていることが、とても気になっている。

これは、「アフィリエイトを出していない商品のネガティブキャンペーン記事が量産されてしまった結果ではないか」と推測している。

実際に私が見てきた商品は、商品名で検索をすればネガティブキャンペーンの記事しか出てこない、という状況下の商品ばかりだった。

なぜネガティブキャンペーンが行なわれるのか?という理由は、このようなものだ。

同じジャンルの商品Aはアフィリエイト広告を出していて、商品Bはアフィリエイト広告を出していないとする。

商品Bは、すでに宣伝する必要がないほど売れている。もしくは別の媒体(テレビCMや雑誌など)で広告を出している。なので、知名度はすごく高い。検索される回数も多い。

ある日、「何とかこの知名度と検索ボリュームを利用したい」と考えるアフィリエイターが現れた。

そして、そのアフィリエイターは「知名度が高い商品Bの名前で検索してきたユーザーを拾って、アフィリエイトのあるAを買わせる」という手法を思い付いた。

「商品Bが有名なのは実はこーんな理由で、中身は大したことないんです。商品Aは知る人ぞ知る名商品!さぁ買った買った!」というネガティブキャンペーンのサイトを作る。

驚いたことに、こうしたサイトの売上は決して低くない。真っ当にアフィリエイトするよりも、こうしてアフィリエイトした方が簡単に儲けられると言われるほどだ。

その手法が稼げると多くのアフィリエイターが知った時、爆発的にそうしたサイトが増えた。

アフィリエイトをしていない商品Bの名前で検索した結果は『ネガティブキャンペーン祭り』。

商品を販売している企業からすればゾッとする状況だろう。

そんな状況を脱するために、商品Bの企業が取り始めた手段が「アフィリエイト広告を出してアフィリエイターにサイトの修正をさせる」というもの(と、私は推測している)。

ネガティブキャンペーンサイトや記事を量産しているアフィリエイトサイトそのものを改良させれば、簡単にその状態から脱却することができる。実際に、アフィリエイト案件が出ると少しずつネガティブな内容の記事は減っていく。

結果、アフィリエイト広告を出してから1、2年程度で検索結果1ページ目に表示されるサイトにネガティブキャンペーンの物はなくなり、『商品を褒め称えるサイトと記事』ばかりになる。

浄化が完了したタイミングを見計らってアフィリエイト広告を打ち切ると、ネガティブページを排除した上で、それ以降お金を払わなくても良い状態となる。

広告を打ち切るのは企業の自由なので、何の違反にもならない。広告を出稿している間の売上はちゃんと払っているのだから。

この手法を始めて見た時は、「うまく考えたな」と思わされた。

アフィリエイターからしたら「たまったもんじゃない」と思うかもしれないが、企業側としては商品を知らないアフィリエイターの商売のためにネガティブキャンペーンをされて「たまったもんじゃない」と思っているのだろう。

こうした戦争が水面下で繰り広げられることで、検索結果は更におかしなことになっていく。

この間まで酷評だらけだった商品が、褒めちぎられている状態になる。

そこに「記事を読む人」「記事を書く人」の都合はない。

「記事を書かせている人」「商品を販売している人」という、検索エンジンによる評価の上下が収入にダイレクトに反映される人たちの事情で動いていく。

そして、誰も望まない検索結果が生み出されていく。

こうしたアフィリエイト案件のモラルハザードで困るのはアフィリエイトを本業にしている、もしくは収入の大きな柱としている人たちだけだ。糾弾されている大手企業のサイトは困らない。いくらでも稼ぎ口はある。

大手企業やすでに信頼されているサイトが検索エンジン上位を独占する日も遠くないかもしれない。

大手企業のサイトは読者数を集めることができるので、1クリック1円のクリック型広告だけでもそれなりの収益を得ることができる。

今回、大手企業のキュレーションサイトが閉鎖となったことで、喜んでいるアフィリエイターの意見が多く見かけられた。

しかし、やっていることは大差ない。もしこのままこの問題が解決されずに進んでいけば、いなくなるのは個人アフィリエイターの方だ。大手企業のキュレーションサイトは新たに生まれ変わってあっさりと王座に座り直す。

今までは問題とされていなかったから、悪事を働いているという意識は少なかったかもしれない。

けれど、アフィリエイトのための強引な検索エンジン上位表示の占有で困っている人は、確かに存在している。

例えば、治療が難しい病気を治療する術を探そうとネットで検索をしたら、一番上に高価なサプリメントが出てきた。

「一番上に出てくるってことは、効果があるのかもしれない」と思って、サプリメントのためのお金を捻出する。家計が苦しくなっても、効果があるのならと、そのサプリメントを購入する。

しかしそれは、ただアフィリエイト広告があるサプリメントに効果をこじつけて書いていただけの記事で、本当は効果なんてなかった。

全てを知ってしまった時、憎しみに近い思いを抱くだろう。

一生知ることがなかったとしても、「あんなに信じていたのに、効果がなかった」と落胆するだろう。

『ストーカー規制法』の登場で『一途な恋』による行動の一部が悪事だと、多くの人が認識を改めたことがあった。

それまでは「ただ単に好かれてるだけじゃん。邪険にしたらかわいそうだよ」なんて言われていたことが、「それってストーカーじゃん!通報しなよ!」と言われるようになった。

今、その現象がインターネット稼業を営んでいる人たちに適用される時なのだと、私は思う。

1つの商売分野が死にゆくのは珍しい話ではない

何年も前に「カリスマの分散化」と言われる現象が起き、アパレルメーカーが商売に困ったという話を耳にしたことがある。

インターネットメディアの普及により、あらゆる人がテレビや雑誌以外を情報源として利用するようになったことが要因で、その人がカリスマと思う有名人・芸能人がバラバラになってしまったという現象。

普及以前は「その時テレビで活躍する人がカリスマ」だった。「アムラー」や「聖子ちゃんカット」が代表例だろう。

そのため、アパレルメーカーはその時テレビで活躍している人のスタイルを真似たファッションを作れば売上を上げることができた。

しかし、カリスマが分散したことによって、全員が全員同じスタイルをするということがなくなっていった。あらゆるファッションジャンルが流行るきっかけにもなった。消費者からするとこの現象は「個性を認められること」「選択肢が増えること」であり、喜ばしいことだっただろう。

ただ、販売する側が困ってしまった、というだけで。

インターネットモラルハザードの普及で死にゆくアフィリエイト稼業

この現象は誰のせいでもなく、避けられないことだっただろう。冷蔵庫ができて氷屋がなくなっていくことのように自然だったと思う。

現在インターネット上で起こっているモラルハザードは、インターネットで商売をしている人が同業者や自らの首を絞めている状態だ。緩慢に死んでいくだろう。

このような状態を是とするのか?私は非とするべきだと思う。

現在では、「アフィリエイター」というと悪人のようなイメージが一部の層に定着している。

私はこのことは、とても悲しいことだと感じている。

インターネットで商売をしている全ての人が悪ではない。真面目に商売をしている人もいる。

そういう人たちが悪事を働いた人の巻き添えを食らって息絶えてしまうのは、とても悲しいことだ。

アフィリエイターが悪いんじゃない。悪いことをする人が悪いんだ

職業で人間性をひとくくりにすることを、私はしたくない。そしてされている世界の姿を見たくない。

職業はあらゆる人間性の集合体だ。悪い警察官もいれば、良い警察官もいる。

この状況下だからこそ、自分が行なっている商売に思うところがある人は見直さなければいけない。自主的に記事を削除した企業と同じように。

今回はインターネット稼業について言及したけれど、きっと世の中にはもっと色んな問題を抱えた商売があるだとう。

そうした問題を1つずつでも解決していくことができれば、世界は少し違う景色を見せてくれるのではないだろうか。

「読むだけ人」の意識も変わり始めている

「検索エンジンが吐き出す結果がおかしい」と感じている「記事を読む人」は、ゼロではない。

そう考えている人は、ツイッターやフェイスブックなどのSNS内の検索機能を使うようになってきている。

SNSの検索機能が吐き出す情報は、リアルタイムで変化していく。古くて評価されない情報はどんどん埋もれていく。そのため、その時一番旬な情報に触れることができる。

ただ、こうした流れを利用してデマ情報を拡散したり、ひたすらアフィリエイト商品の広告をつぶやき続けるbotが作られたりする。

検索する手段はすぐにお金の事情で汚染されてしまうのが、世の常となってきている。

そんな中で、インスタグラムの人気が若年層を中心に上がって来ている。他のSNSはしていないけれど、インスタグラムだけはしているという若い人は多い。

なぜかというと、まず1つにインスタグラムはそうした広告が勝手に掲載できないような措置が施されている。

広告は必ずインスタグラムに出稿しなければならない。そのため、「検索結果が広告だらけ」とならない。

もう1つの理由として、承認欲求を満たすためのSNSとしては最もよくできていることが考えられる。

インスタグラムを始めてみればわかるけれど、投稿に付く『イイネ!』の数がツイッターやフェイスブックといったこれまでのSNSより圧倒的に多い。

画像添付が投稿の絶対条件となっているインスタグラムは、世界中の人が国境を飛び越えて見ている。

画像による情報には言語の障壁がない。海外の人にも投稿の意図が簡単に伝わり、評価してもらえる。

こうしたSNSの利用が広がっているということは、インターネット稼業に大きな打撃を与えている。何とかインスタグラムを利用できないかと模索している人もいるようだ。

今後もこうしたサイトやアプリは増えていくだろう。

大勢の「記事を読む人」の意識が変わった時、個人でインターネット稼業を営む時代は終わる。そして騒動を起こしているWelqやMERYが生き残る。

時代に取り残されて世界を恨まないようにするためには、今回の騒動の問題点を踏まえて自分に当てはめて考えてみるしかないだろうと、思う。

昔のあらゆる事件を踏まえて5年後を予想する

思うところが多い騒動だったので、とても長くなってしまいました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

時折、過去の無関係な事件を絡めて話しているのは、歴史に学ぶべきだと私は考えているから。

関係ない話のように思えて、実はとてもよく似た話は多い。私たちはいつも舞台を変えて同じ失敗を繰り返している。

失敗を繰り返さないために、一番は騒動になる前に問題意識を持つことが大事になるけれど、それは難しいだろう。

そうであるならば、騒動となり問題が表面化した時に自分を正当化する論を探さず、問題を問題として受け入れて改善していくべきだと、私は思う。

もし問題を無視して自己正当化をするのであれば、糾弾されても何も文句が言えない。

今だけではなく5年後を見据えて、今後どうしていくべきか。

インターネットを介してお金を得ている多くの人たちが考え直すタイミングだと、私は思うのです。