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「原発作業員とひとくくりにしてはいけない」:福島第一原子力発電所の廃炉に取り組む作業員の方々についての理解(その1)

2014年11月29日 22時38分 JST | 更新 2015年01月29日 19時12分 JST

※記事には福島県の地域名、避難状況に関する記述が出てきます。

 過去の投稿にまとめてありますので参照ください。

 私達「Appreciate FUKUSHIMA Workers」が発足されたきっかけは、福島第一原子力発電所で廃炉にあたる方々への理解が社会に浸透されず、それが理由により廃炉に支障が発生するほどの事態に陥ったことへ「歯止め」をかけるためでした。

 

 今回テーマを(その1)とさせて頂いたのは、シリーズとして作業員の方々が抱える問題をお伝えし理解促進に繋げていくためです。

 

 作業員の方々を大別すると「震災前より働く方々」と「震災後に働く方々」に分けられます。

  「原発ジプシー」という言葉があります。渡り歩く人達といったイメージのものです。

この言葉により、原発で働く人達は全国から集められているといったイメージが定着してしまいました。ですが、震災前の福島第一原子力発電所では「死語」と言っていいほど、状況は違いました。1年に1回ある総点検(通称:定期検査)と原子炉を止めずに点検できる定例点検と呼ばれるもので、1年を通じて仕事がある職場だったからです。

 定期検査時には原子炉に関わる特別な点検のため、技術者を全国から集めるということはあっても、ほとんどの作業員の方々は浜通り地方(特に双葉郡)に住まわれている方々でした。

 つまり「震災前より働く方々」とは福島県浜通り地方に生活の拠点を置かれていた方々ということになります。それゆえ原発事故の被災にあわれ避難生活を送る方々の割合が圧倒意的に多いです。

 震災後の働く方々は、主に建設系企業に属する方々です。

 福島第一原発は原発事故により壊滅的な状態になりました。現在も廃炉作業の基本は建設業です。建設の仕事は震災前にほとんどありませんでした。それゆえに生活の拠点を福島県に置いていない方がほとんどです。 出張されているわけです。

 現在において、双葉郡「国道6号線」を走る車のナンバーに注視すれば県外ナンバー多数走っています。これらは震災後に来られた方々が増えたことが大きな要因です

 大別されることをお伝えしたには理由があります。それは境遇が違うからこそ作業員の方々が抱える問題が違うからです。

 次回「震災前から働く原発作業員の方々が抱える問題」:福島第一原子力発電所の廃炉に取り組む作業員の方々についての理解(その2)に続きます。