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雇均法なんてなかった(5)

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「産経新聞のために、粉骨砕身がんばります」

----編集幹部を前にした入社挨拶の場で、そう宣言した同期入社の男子がいた。

誰だったか覚えていないが、それを聞いて私は軽いショックを受けた。報道の仕事に就こうという人間が「会社のために」なんて小さなことを考えるのか。そしてまた、それを恥ずかしげもなく幹部の前で口にするのか、と(幹部の前だから、かもしれないが)。

この年、記者職で採用された同期入社十数人のうち、女子は3人。記者を志した理由はそれぞれだが、誰ひとり「会社のために働く」という意識は持ち合わせていなかった。

いまはどうだか知らないが、1986年当時の新人記者の生活は、「自分の時間ほぼゼロ」。いまの言葉でいうならブラックもブラック、労働基準法もへったくれもない真っ黒なものだった。

先輩記者と「給料を時給換算したらぜったいマックに負けるね」と苦笑いしたことがある。新人研修のしょっぱなに当たったのは少年の誘拐殺人事件。眠る間もなく取材に駆け回り、明らかになる事実は胸の裂けるようなものばかり。事件記者のいちばん辛いところを最初から突きつけられた。

その後、本社での研修を終えて配属になった千葉支局で、新人記者の最初の「修行」であるサツ回り(警察取材)が本格的に始まった。産経新聞としては、地方の支局に配属して、事件取材からスタートする男性記者同様の養成をする初めてのケースだったから、男社会しか知らない根っからの事件記者の支局長は勝手の違いに戸惑ったようだ。

夜中の事件発生に備えて、7、8人の記者が交替で支局に泊まり勤務をするのだが、私は仕事で要求されることなら仕方なかろうと、大して疑問も持たずに泊まり勤務のシフトに入った。支局のお姉様方が毎日シーツを清潔にしてくれたお陰で男どもの体臭に悩まされることなく眠ることができたが、泊まりの日は枕だけは抱えて出勤した。

2度目くらいの泊まりの夜に、毎日新聞の先輩女性記者が電話をかけてきた。「組合のために他社の女性記者の勤務状況を調べているんだけど、そちらには女性用の泊まり部屋はあるの?」「いや、そんなものないですよ。同じ布団で寝ています」と答えながら、そうか、歴史ある新聞はそういうことまできちんと整えてから泊まり勤務をさせるんだなあと感心したのを覚えている。ちなみに、このときやさしい声で問い合わせしてきたのは、いまや歌人の松村由利子さんだ。

泊まりの夜にはこんなこともあった。夜ごと酒を飲みに外出する支局長は、帰宅前に職場に戻って事件が起きていないか確認するという長年の習性からか、どんなに酔っ払っても深夜に必ず支局に戻って、扉をガンガン打ち鳴らしていた。私が顔を出すと、あわてて「あ、お前か」と照れくさそうに帰っていくので、ある夜、私は扉に張り紙をした。「本日の泊まりは草生です。静かにお引き取りください」。

すると翌朝、支局長が怒った。私が「静かに息を引き取れ」と書いていた、と。もちろん、薄笑みを浮かべていたから、話をおもしろくしていただけなのは明らかだったが。