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雇均法なんてなかった(6)

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憧れに憧れた新聞記者という仕事を、どうして私は投げ出したか。この話になると雇均法は関係ないのだが、なぜ働くかという問いにつながると思うので、書いておきたい。

1987年11月29日、偽造パスポートを使って日本人になりすました北朝鮮の工作員2人によってアブダビ発バンコク経由ソウル行きの大韓航空機が爆破・空中分解する事件があり、乗員乗客115人が犠牲となった。世界を揺るがすテロ事件だったが、当時、千葉支局でサツ回りをしていた入社2年目の記者が直接取材に関わることはなかった。

だがその後、一部の人が日本に暮らす朝鮮系の人々への反感を募らせ、当時、民族服風の制服を着ていた朝鮮系学校に通う生徒たちに嫌がらせするという事件が日本各地で相次いだ。

私が詰めていた千葉県警にも千葉朝鮮初中級学校の校長先生が申し入れに訪れ、記者クラブで会見を開いた。電車の中で登校中の女子生徒のスカートが切りつけられるという事件が3件起きた。千葉県警でもパトロールを強化し、こういうことのないようにして欲しいという申し入れを行った、という内容だった。

ふつうに書けば、1段の小さな「ベタ記事」だった。「校長が県警にこういう申し入れをした」と(実際、翌朝の各紙地方版には小さな記事が載った)。私も淡々と記事を書いて支局にファックス送信した。ところが、電話をかけてきたデスクはこう言ったのだ。

「これは北朝鮮のプロパガンダだから載せない」

思わず抗議した。「被害にあった女子生徒たちは日本で生まれて日本で育つ何の罪もない子供たちです。北朝鮮が何をしようと通学電車で切りつけられる理由はない。北朝鮮本国と何の関係もないでしょう」

すると、今度はデスクはこう言った。

「ウラをとっていない。校長の話だけで書いている」

裏付け取材が足りない、というのだ。それに対しては追加取材をする他なかった。私は現場である駅に行って駅員から話を聞き、実際にそういう被害があったことを確認した。そのあと、初中級学校に行き、校長に事情を話して生徒3人から直接事情を聞いた。その上で、記事のスタイルを変えて再提出した。

折しも年末企画の時期に入っており、「記者の目」のような少し主観の入った読み物を掲載できるタイミングでもあったことから、記事が載らなかった顛末をそのまま書いた。「かくかくしかじかの記事を書いたけれど、没にされた。改めて取材した結果、事実はこうであった。私は差別や偏見を無くしたいと思ったので新聞記者という仕事を選んだ。互いの事実を知ることで差別や偏見は解消に向かうと考えたから」というような内容の記事だった。それがそのまま載るとは考えていない。抗議せずにはいられなかったのだと思う。

支局にファックスしたあと、デスクに電話した。

「これが載らないんだったら辞めます」

そう宣言したときの気持ちはあまり覚えていない。苦しかったことは間違いないのだけれど、迷いはなかった。先のことは考えていなかったが、なんとかなるような気がした。

その後しばらく、支局長や本社幹部が時間を割いて引き留めてくれた。「もうすぐ本社に戻ってくるんだから、支局での衝突なんかで辞めるな」。そう言ってくれる人もいた。男女同条件採用1期生でもあり悪しき前例にしたくないという思惑もあっただろう。驚くほどみなさん真剣に引き留めてくれた。ある編集幹部はこう言った。

「君は産経新聞に入ってやりたかったことがあるんじゃないのか。それをやらずに辞めていいのか」

ここでまた、私は生意気な言葉を吐いてしまう。

「お言葉ですが、産経新聞に入りたいと言ったことは一度もありません。新聞記者になりたかっただけです」

若気の至り! ではあるが、その時私は意地を張り通したかった。何のためにこの仕事に就いたのか、見失いたくなかった。

(つづく)