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風俗はセーフティネットなのか?」:風俗から現在のセーフティネットを考える【後編】

2015年11月28日 16時00分 JST | 更新 2016年11月26日 19時12分 JST

「風俗はセーフティネットなのか?」という問いについて、前編では、セーフティネットとは何か、公的福祉と男性稼ぎ手モデルによる社会保障の問題点について考えました。後編では、孤立や貧困の連鎖、自助努力の限界について考えたいと思います。

4. 地域社会からの孤立

もう一つ、貧困の問題を語る際にセットとなる、社会的な孤立についても触れておきたいと思います。現在、家族の支え合いと共に強調されるようになったのが地域社会での支え合いです。「絆」という言葉で言われることもありますね。しかし、貧困を初め社会的な「課題」とされている状況にある方々は地域の中で孤立しがちです。

しかも、その「課題」を抱えていることを隠そうとします。例えば、無業の若者の中には「ニートに見られないように」と平日の昼間の過ごし方に苦慮されている方がいます。貧困状態にある方の中には、お金がないと見られないように一生懸命取り繕っている方がいます。

「若年女性の貧困」というテーマで講演をすると、最近では特に私が触れなくても参加者から風俗のことを聞かれるようになりました。多くの方は先に紹介したクローズアップ現代を観て大変ショックだったとおっしゃいます。しかし、もしみなさんの地域社会で「私、風俗で働いています」という女性がいたら、どんな眼差しで彼女たちと接するでしょうか?彼女たちが居心地が良いと思える眼差しで、共に支え合いながら暮らしていくでしょうか?こうした眼差しや地域との関係性の問題も、私たち一人ひとりに向けられた大きな課題です。

5. 貧困の連鎖と自助努力の限界

SWサミットを機会に鶯谷デッドボール社長と色々とお話をさせていただいて分かったことの中で、私のこれまでの若者や困窮者の支援と重なる問題が、育ってきた家庭環境の問題でした。社長からは、デッドボールで働く女性たちは育った家庭に課題を抱えている方々が多いと伺い、これまで私が取り組んできた子ども若者の貧困、貧困の連鎖という問題との接点が見えました。

自助、とは自分と家族による自助努力です。しかし、貧困や虐待、その他さまざまな課題を抱える世帯に育った子どもたちが家族による支えがほとんどなく、十分な養育や教育の環境を得られないまま、社会的に不利な状況に追い込まれていく連鎖が起こっています。その中で、雇用や生活保障の受け皿として風俗がある、という状況になっているのではないかと推察します。

現在、議論されている「一億総活躍国民会議」の宮本みち子先生の提出資料では、①家庭の貧困や崩壊によって親の物心の支援が得られない若者、②不登校、中退など学校社会からこぼれた若者、③就労が困難な若者、が特に生活の安定を築くための公的施策が必要だとして具体案を提言しています。

また、生活困窮の現場でご相談をお受けしていると元々は生活に困っていたわけではないけれど、さまざまな事情から生活が回らなくなっていく方がたくさんいらっしゃいます。自分がいくつかの不幸に遭遇してセーフティネットからこぼれ落ちて初めて、自助努力では難しい社会であることに気づく方が本当にたくさんいらっしゃるのです。子ども若者だけでなく、社会全体として現在蔓延しているさまざまなリスクに対処できるセーフティネットを築くことが必要なのではないでしょうか。

6. 終わりに:社会保障は風俗に敗北したのか?

クローズアップ現代出演の際に、私は"セーフティネットになる風俗"の紹介の後、「風俗がセーフティネットになっている」「社会保障の敗北」とコメントしました。これは、何も、特段風俗を取り上げて公的社会保障の優劣を言いたかったわけではありません。日本の社会保障が時代に合わず、既に全体として敗北状態にあるとも言える脆弱さをみなさんに提起したかったのです。

社会保障は英語で"Social Security(ソーシャルセキュリティ)"と言うそうです。今の社会保障のありようは「セーフティ」「セキュリティ」と言えるものになっているでしょうか?あるいは、社会全体の中に安心・安全はあるでしょうか?私たちに問われているのは「社会保障は風俗に敗北したのか?」ではなく、「社会の中に安心・安全はあるのか?」という問いなのではないのかと思います。