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「徳川家康」と「戦争と平和」

2015年07月25日 01時18分 JST
wikimedia commons

どうすれば平和な世界を作り出すことができるのだろう。

作家、山岡荘八は敗戦直後、「これは終戦ではなくて、より惨憺たる次の展開への小休止ではあるまいか」と、画餅の平和を求めている人類に絶望した。

そんな時、名著「徳川家康」の執筆に取り掛かった。その動機をこう記している。

「人間の世界に、果たして、万人の求めてやまない平和があり得るや否や。もしあり得るとしたら、それはいったいどのような条件のもとにおいてであろうか。いや、それよりも、その平和を妨げているものの正体をまず突きとめ、それを人間の世界から駆逐し得るか否かの限界を探ってみたいのだと」(「徳川家康」講談社第一巻あとがきより)――。

徳川家康は、誰にも無し得なかった、応仁の乱以来の戦乱を収めた。その後、300年近く続く平和な江戸時代の礎を築いた。なぜ、徳川家康だけにそれができたのか。平和を作り出す"原理"は何なのか?

そのヒントは、徳川家康公遺訓とされる次の言葉の中にあるのだろうか。

「不自由を常と思えば不足なし、心に望み起こらば困窮したるときを思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え、勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る。己を責めて人を責めるな、及ばざるは過ぎたるより勝れり」――。

徳川家康は戦陣で、「厭離穢土欣求浄土」(戦が続き、苦悩の多い穢れたこの世を厭い離れたいと願い、心からよろこんで平和な極楽浄土をこいねがう)との旗を掲げた。

平和を作り出す"原理"とは何か。果たして人類は答えを見つけることができるのだろうか。この探求に終わりはない。私たちは、この探求を粘り強く続けなければならない。