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どんな環境に生まれても力が発揮できる社会を ~格差軽視が招いた世界政治の漂流~

2016年12月29日 02時50分 JST | 更新 2016年12月29日 02時50分 JST

「指導者たちは私たちの苦しみを分かっていない」――。

米国でのトランプ現象をはじめ、英、仏、伊の先進各国で首脳が退くなど国民が国の指導者層である従来の政治リーダーを否定する動きが広がっている。欧州では今の政治にノーを突きつける極右政党も議席を伸ばしている。

背景には、指導者層が鈍感で社会の問題に対処できず、このままでは自分たちの生活を守ることができない、という国民のいら立ちがある。政府から置き去りにされていると感じ、強い不安と怒りを持つ人が多数派になったのだ。ポピュリズム政治と切り捨てる話ではない。

戦争も無く社会が成熟してくると、豊かさが子どもや孫に引き継がれると同時に、貧困や格差も連鎖して引き継がれる。さらにグローバル経済の進展に伴う格差の拡大を見過ごし、適切な所得再分配の手を打たなかったため、持てるものと持たざるものとの階層がどんどん二極分化している。中間層が消滅しつつあるのだ。

格差の深刻さが分からない

社会の二極分化に伴い、指導者層には、十分な教育機会のある豊かな階層の出身者が多くなり、格差や生活の不安を深刻に捉えることが苦手な傾向が強まる。この感覚の鈍感さが国民のいら立ちにつながっている。

非難の矛先が指導者層に向かうと同時に、グローバル経済や移民・難民にも向かい、多様性を否定する不寛容な社会となっている。社会の混乱は収まる気配はない。

これは対岸の火事ではない。

日本でも格差の拡大に伴い、落ち込む中間層の不満は限界に近付いており、国民の怒りは爆発寸前である。今こそ、社会を大きく見直す時である。では、社会を見直す際の指針とは何であろう。

どこに生まれるか分からないとしたら

「あなたがまだ、生まれる前だとしたら、どんな社会を望むのだろう」――。

こんな質問を自らに問いかけてほしい。自分が誕生する前、どんな家庭や性別に生まれるか、どんな能力を持って生まれるか、どんな人生を送るのか、まだ、分からないとすれば、どう考えるか。

たとえ最悪な環境で生まれたとしても、たとえ人生の途中で不幸に見舞われたとしても、人間らしく生きることができ、自分の力が発揮できる社会を望むのではないだろうか。

哲学者ロールズの"無知のベール"という発想である。この指針に基づいて、日本社会を根本的に見直していかなければならない。

私たちは、奇跡的というべきか、この世に生まれた。生かされている、一度きりの人生。「自分の力を発揮したい」、「社会の中で役割を果たしたい」、こう思う気持ちは自然なものだ。力の発揮を阻む壁を取り除き、「力を発揮したい」という思いを後押しする社会こそが、発展する社会である。

世界の秩序が大混乱の恐れ

では、これから世界はどうなるのか。トランプ現象をはじめとする世界政治の変化、特に米国の孤立主義や保護主義が世界の秩序を大きく変える可能性がある。その時には世界のパワーバランスが崩れ、安全保障上の危機が発生する恐れがある。

今ほど外交が日本の浮沈を左右する時はないだろう。その際、日本の弱点の一つが、情報収集力、すなわちインテリジェンス能力の低さだ。外交や安全保障政策を進めるにも世界の動きや脅威の在り処が分からなければどうしようもない。

米国に頼らない独自の情報収集力を

現状は残念ながら米国からの情報に頼らざるを得ず、先進国最低レベルである。世界を米国の目を通して見てばかりいると多様な視点が持てなくなってしまう。

私は、日本は憲法9条の専守防衛の国だからこそ、インテリジェンス能力を世界最高レベルにする必要があると提言してきた。今こそ、人、物、金を注ぎ込んで日本の脅威となり得る危機の予兆を察知する能力を高めなければならない。

さらに重要なのは人的交流である。「人的交流に勝る安全保障なし」と強く考える。ドイツとフランスが若者700万人交流計画を達成し、友好関係を確立した。これを手本として日本でも隣国である中国、韓国との3国で数百万人単位の若者交流計画を実行したい。結果として安全保障にとって効果が高い政策である。

核廃絶、困難でもあきらめない

人類は皮肉なことに核兵器という武器を手にした途端、使えば人類ごと滅亡するというリスクをしょい込んでしまった。果たして人類はこれから生き残ることができるのか、自ら愚かな引き金を引いて滅亡するのか、今、その瀬戸際に立っているといっても過言でない。

日本は、唯一の被爆国として、米国はじめ核保有国に核兵器廃絶を粘り強く説いて、困難でも実現させなければならない。あらゆる手段を使って核廃絶の実現に向けて主導権を発揮しなければならない。

憲法、立憲主義の危機

一方で、日本国内に目を転じると、戦後71年、戦争を知らない世代が大半を占め、戦争が国民の"記憶"から"記録"になろうとしている。そんな中、憲法の精神を変えようという動きが活発化している。

自民党の憲法改正草案では、国民の基本的人権や知る権利を制約する条文が設けられた。国家権力の暴走を縛るものとの立憲主義がねじ曲げられる恐れがある。この流れを決して進めてはならない。

愛国心に成績をつけるな!

教育も危機に直面している。2018年4月からは小学校で、2019年4月からは中学校で、すべての児童生徒の道徳心や愛国心に成績をつけるということが始まる。成績は点数でなく、記述式でつけるというが、一人ひとりに成績をつけることはやりすぎだ。

私は、道徳心や愛国心は重要だと考えるが、成績をつけるとなると、時の政府が望む道徳心や愛国心が推奨され、国に対する批判精神が封じられる恐れが出てくる。

かつて、昭和8年に日本の教科書が軍国主義に塗り替えられた。教育を通じて社会は良くも悪くも大きく変わる。道徳心や愛国心に成績をつけないように、国会でも安倍総理や文部科学大臣を追及しているが、馬耳東風、聞く耳を持たない。

戦前に戻してはならない

「批判を忘れた国は大きな過ちを犯す」という先の戦争の反省を踏まえていない。戦前のような社会に少しでも戻ることがあってはならない。

以上、述べたように世界の秩序が大混乱する恐れとともに国内でも問題が山積している。政治が鈍感にならずに、現状をよく見て、社会の基盤をより強固にすることが求められる。そして、欧米で起こっている保護主義、孤立主義、異なる価値の排斥など不寛容な動きに日本が巻き込まれることが無いようにしなければならない。

私は、皆様に国会議員として雇っていただき、17年となりました。政治家として、果たす役割を強く自覚して、全力を尽くして参ります。皆様からのご意見をお待ちしております。