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ヨーロッパで増大する「イスラム恐怖症」の背景には何があるのか

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ドイツとスウェーデンではモスク放火事件が相次ぎ、またドイツでは反イスラム結社「PEGIDA」(ペギーダ/西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人)が発生した。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、1月5日にドレスデンで行われたデモを前に、「二度とあってはならない」という新年のメッセージを国民に伝えることとなった。メルケル首相は、ペギーダを支持しないよう警告し、「彼らの心は冷たく、多くの場合偏見に満ち、憎悪にさえ満ちている」と語った。

ここ最近立て続けに起きた反イスラム感情の攻撃的な爆発。その背景にあるものは何か? これをどのように見るべきか?

ヨーロッパ大陸は多くの国々に広がっている。その意味は、西洋に対応するもの、つまり東洋と比較してみると明らかだ。西洋は、実際に存在していた国家すべてよりも数えきれないほどの文章、スピーチ、そして映画の中で存在を抹消されている。そしてそれは人類の歴史を通してずっと繰り返されている。つまり、西洋とはフィクションであり、常にその性質によって人間の恐怖心や欲望を投影する強力なキャンバスとなってきたのである。

西洋は西の夕日に向かって広がる。その土地は夕暮れのものだ。重く、哀愁に満ち、日光の最後の一筋に目を凝らし、昇ってくる月の淡い光をためらいがちに待っている。中世の間、想像上の生き物たちの石像がヨーロッパの大聖堂の壁に建ち、夜ごと襲ってくる悪のイメージを呼び起こした。夜が訪れると、暗闇が人々の魂を包み込み、光の消滅によって彼らを脅かす。夕刻は、肉体的・精神的な危険が訪れることを示す。

悪魔を食い止め、夜の誘惑に耐えるのには、凄まじい力を要する。二つのパラダイムはこのようにして、西洋地域の地図を描くのに役立っている。暗闇への恐れと、神聖な光に対する信仰である。

キリスト教の教会には祭壇の窓がある。復活祭の日曜日には、最初の日光がステンドグラスから差し込み、殺風景な身廊(キリスト教聖堂内部の、中央の細長い広間の部分)に祝福の光が注がれる。オルガンが歌い出し、教会の鐘が鳴り響く。彼(イエス・キリスト)は復活された(マルコ福音書 16章6節)。確かに、復活祭の日曜日に行われる礼拝は、私たちに光、新たな日、そして暗闇の悪魔に対する勝利への西洋の渇望を最も凝縮した形でもたらしてくれる。Ex oriente lux -- 光は東方より。だからこそ、欧州人はいつも切望の眼差しで地平線の彼方を見つめてきたのだ。東に向かって、エルサレムに向かって。

西洋諸国は、自分たちが統一された存在だと自覚するようになった。エルサレムがイスラムの征服に屈した時のことである。エルサレムへの切望はまた、自国の秩序や統一への切望でもあった。世界に秩序をもたらした、一人の皇帝、一人の教皇、一つの中心地、そして一つの地平線。その当時、西欧はまだローマ帝国の残骸から成っており、人々の移住という激動の世紀を歩んでいた。「Alemannic」とは、ロマンス語の「ドイツの」という言葉の語源だが、これはただ「全ての人々」を意味している。エルサレムへの切望は西洋諸国の多様な文化を初めて一つにまとめたのである。

今改めて、共有された文化的な感情を表す建築物として、我々は中世の大聖堂に目を向けてみよう。欧州の巨大な大聖堂のドームは、現世エルサレムの都市景観に似せて形作られた。その尖塔は神聖なるエルサレムの方角を指し示した。キリスト教は、西洋の統一的なアイデンティティとなったのである。

■ 西洋は東洋を必要としている

しかしながら、統一は脆弱なままであった。新たな危険がすぐ近く、特に国境に潜んでいたからだ。南からは、イスラム教徒の軍隊が大陸を脅かした。北からは、ノルマン人が侵攻した。その後はフン族、そしてトルコ人がやってきた(トルコ人の征服はウイーンの門に留まったが)。南スペインは何世紀にもわたってイスラム教徒の手の内に置かれた。世界の中心であったローマは、東洋からの侵略者たちにとって魅力的な標的であり続けた。西洋人の恐怖は明らかになった。時には異常なほどだった。イスラムを恐れたのである。何世紀にもわたって、この東方の宗教的な競合相手は、欧州の皇帝や教皇の眠りを奪ってきた。時と共に、イスラム恐怖症は、西洋の集合意識の一部となったのである。

現在恐れられているのは、ある特定の国が外国に征服されて損失を被ることではない。私たちを結び付けている仮想的な存在の損失である。西洋は私たちのメンタルマップ(頭の中で描かれる「あるべき姿」のイメージ)であり、私たちの文化全体の中心的要素である。それは、一見したところ「オールド・ワールド」、つまりヨーロッパの全ての人がこれについて少なくとも本能的な意見を持っている理由のひとつだ。人々は自分たちの内面に、共有することの意義を感覚として持っている。それは、西洋という言葉にさまざまな意味が集積された結果だ。

このような論考が出される時には、時に合理性や学術的科学の基準に満たないことがある。その代わり、非常に直感的な意味で伝えられる。衰退への恐れ、そして文化的成熟の記憶によって伝播する。このような恐怖心は、最終的には次のような考えに至る。私たちの大聖堂はいずれモスクに変わってしまうだろう、彼らの鐘は鳴り止み、礼拝時刻告知係の叫び声に取って代わるだろうと。しかし、恐怖心は誇張された表現へとつながる。思い出してみよう、外国の征服は何世紀にもわたって失敗に終わったことを(それも、努力が足りなかったからではない)、そして自信を持って、危険はまた回避できるものだと宣言しよう。

衰退への恐れ、そして想像上の統一の賛美。これらは、現在西洋に関する議論で支配的な特徴だ。議論の材料にはならず、まとまりのない意見の根拠にしかならない。確かに、西洋は東洋と同じくらいフィクションだ。どちらの言葉も、私たちの祖先の希望、夢、そして憧れを反映している。これらは世代や世紀にわたって早い段階に形作られたものだ。

西洋の歴史は大聖堂の歴史とよく似ている。どの世代も構造をいろいろ研究し、そして修正してきた。その基礎はフランク王国のカール大帝時代に定められ、ロマン主義時代に側廊が付け足され、ゴシック期に新たな尖塔が建てられ、バロック時代には華麗な礼拝堂が現れた。火災が発生すれば、建て直された。そうでなければならなかった。中心的な基準点なしに、街がどうやって存在し得たと言うのか?

黄昏の時。熱、狂気、後光、誇張。夜が明けるまで、死は目前に迫っているように思える。古い讃美歌では、睡眠とは死に至る控えの間を言い換えたものである。ならば、宗教的な病的状態と政治的・宗教的イデオロギーが繰り返し大陸に吹き荒れたのも不思議ではない。その危機は未だに深刻である。しかし、そうした放火犯に対して私はこう言おう。西洋は自立できたためしがない。インスピレーションを与える存在として、そして外部の基準点として、東洋の光を常に必要としていたのだ。

「西洋は自立できたためしがない。インスピレーションを与える存在として、そして外部の基準点として、東洋の光を常に必要としていたのだ」


中世の時代、正真正銘のカルトが「三博士」の周囲に発展した。三博士とは、新約聖書マタイ福音書二章に登場する東方からやってきた三人の占星術の学者で、彼らのこの世の遺骨はケルン大聖堂の遺跡にあると言われている。Ex oriente lux(光は東方より) -- あるいは、マタイの福音書には、「私たちは、その方の星が上るのを見たのです。その方を参拝するためにまいりました」と書かれている。古い絵画では、この三博士は、古代にあった3つの大陸の典型的な人物、一人は欧州人、一人はアフリカ人、もう一人はアジア人に似た姿で描かれている。

ロッテルダムのエラスムスなどの思想家は、キリスト教の伝統を教義にとらわれないヒューマニズムに変え、キリスト教内の宗派の境界を根絶させることに傾倒した。彼らの努力は、一瞬のきらめきでしかなかったことが分かった。狂信的な宗教改革と、キリスト教の教義の正しい解釈をめぐる戦いが、これに終止符を打ったのだ。西洋は精神的・知性的な暗黒時代へと衰退していった。20世紀の終わり、二度の世界大戦の後、西洋は自己改革の過程に入った。

キリスト教の教えでは、死者がよみがえる方法がある。現在の議論は、西洋がまだ終わっていないことを、私たちに思い出させてくれる。ただし、思い違いをしてはいけない。言葉の遺産は両刃の剣であって、全く意味を成さないと同時に、全てを意味することもある。それは感情から生まれ、歴史上の隆盛と衰退によって形作られたものだ。それは分析する上での基準点とはなりえず、具体的な政治的問題に答えをもたらすことはできない。

キリスト教社会も西洋の統一も政治思想であった。その実現の代償は血を流すことで支払われた。しかし、現在の西洋はどうか? 集合意識内にその言葉を維持し、その意味を継続的に修正してきた人々の社会だ。

西洋は、キリスト教世界を超え、欧州を超えて広がっている。自己を包囲するのを避け、外に向かって永久に開かれた状態であり続けていればこそ、その言葉は意味を成す。そう、東洋、アフリカ、そしてアジアに向かって。本当に、かつてそうであったように。現代の可能性は、ロッテルダムのエラスムスの仕事を続けることにある。つまり、世界的規模で人間主義的な、包括的な倫理を構築することだ。

このブログはハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

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