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「私は決してあきらめない」 ~祖国アフガニスタンの未来を信じて、人権のために闘い続ける~

2016年01月13日 22時23分 JST | 更新 2017年01月12日 19時12分 JST

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ホリア・モザディク 2012年に来日し、女性の人権のためのアフガニスタン支援を強化するよう日本政府に働きかけた。 ©Amnesty International Japan

昨年12月、アムネスティの調査員ホリア・モサディクがアルマン・シャヒル財団から人権賞を授与された。アフガニスタンの人権状況の改善に向けて重要な役割を果たした人物に贈られる賞だ。

彼女は今、アフガニスタンの女性人権活動家を保護する政策を求めるアムネスティのキャンペーンを牽引している。同国では女性の権利を求める活動は文字通り命がけである。その活動ゆえに脅迫され、殺されてしまう人たちが、ここ数年増えつつある。

アフガン人であるモサディクが、母国のよりよい未来を夢みながら、自らの過酷な運命を語った。

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私が生まれたのは1973年。何十年にもわたる紛争の引き金となったソ連侵攻の数年前だ。

子どもの頃を思い出すと、戦争下で起きた人権侵害以外は何も知らなかったし、見ていなかったような気がする。

なかでも忘れられないのは、1978年4月27日の朝の出来事だ。当時は、西部の町ヘラートに住んでいた。あの朝は、銃声で目が覚めた。役人だった父は何時間もラジオのニュースにかじりつき、やがて青ざめてこう言った。

「軍事クーデターだ!」 

両親が何かに怯えている様子を初めて見た。

その日から父は自宅に籠るようになった。友人が訪ねてきたり、家でパーティを開いたり詩の朗読会をやったり、あるいは政治について語りあうということは、すべてなくなった。夜になると父は灯りを消し、密かにBBCラジオを聴きながら、誰かが自分を逮捕しにくるのではと恐怖におののいていた。

そんな父の様子を見るのが怖く、幼いながら思ったものだ。「どうしてラジオを聴くことがそんなに危険なの? どうして話したいことを話して殺される人がいるの?」と。

1979年にソ連が軍事介入し、アフガニスタンは内戦状態になった。サウジアラビアが支援するムジャヒディーン・ゲリラ勢力、米国やその他の西側諸国が戦争に加わり、双方が恐ろしい残虐行為に加担した。1970年代初めは比較的近代的だったアフガニスタンは次第に保守化していき、女性たちは徐々に抑圧されるようになっていった。

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アフガニスタン独立人権委員会の調査員として、女性の人権状況を調査しているファイジア・ナワビさん。© Marcus Perkins for Amnesty International

私は混沌とした1980年代をよく覚えている。父は、学校に行く私たちが危害を加えられないようムジャヒディーンに賄賂を払っていた。同級生の男の子は皆、16歳で軍に強制的に入れられた。私は学校でソ連が後ろ盾する政権を批判し始めたが、先生から、批判をやめないと後で大変な目に遭うぞと注意された。

1989年にソ連は撤退し、1992年にはムジャヒディーン政権が誕生した。アフガニスタンの歴史上、最も血塗られた時期の一つといえる。当時私たち一家はカブールで暮らしていたが、政府と敵対する勢力との間で毎日のように砲撃や襲撃があり、何十万という市民が犠牲となった。ある日、とうとう我が家も被弾し、弟が殺された。

1996年に国土のほとんどを制圧したタリバンは当初歓迎された。人びとは平和と安定を渇望していたが、待っていたのはさらに抑圧的な政治だった。

一度、タリバンの警察官にひどく殴られたことがある。小さな布きれを見るためにブルカを上げて顔を出したのがその理由だった。1995年、私と家族はパキスタンに逃れた。

2001年の米主導の連合軍による軍事侵攻後、私は祖国に戻りジャーナリストとしての仕事を続け、軍閥やムジャヒディーンによる人権侵害を取材し報道した。一方でアフガニスタンの戦争被害者ネットワークを立ち上げ、真実と正義を追及してデモを組織したりもした。

こうした活動は一部の人びとの怒りを買い、私や家族への脅迫はエスカレートしていく。夫は銃撃され、子どもたちは3度も誘拐されそうになった。カブールで暮らすのは危険すぎる―――2008年、アムネスティのサポートを受けながら再び母国を離れることになった。

今、私はアムネスティ調査員として働き、ロンドンを拠点にしながら時折アフガニスタンを訪れる。カブール行きの飛行機に乗りこむと、ロンドンに残す夫や子どもにもう会えないかもしれないと不安がよぎる。私の仕事のために身の危険にさらされた家族だが、いつも私を応援してくれている。

アフガニスタンにはもっと明るい未来があっていいはずだ。人権が尊重され守られる祖国を夢見て、私は決してあきらめない。

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アムネスティでは現在、アフガニスタンの女性活動家のためにオンラインで署名を募っています。

女性人権活動家の保護対策を講じるよう、アフガニスタンの大統領に要請する署名に参加してください。署名はアムネスティ国際事務局(ロンドン)で集約し、2016年3月9日以降に大統領に送ります。

▽命をかけて女性のために闘うアフガニスタンの女性活動家を守って!

https://www.amnesty.or.jp/get-involved/action/afghan_201511.html

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