オランダで暮らすソマリア難民に忍び寄る危機

ソマリア難民を、強制送還しようという動きがヨーロッパで起きている。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、英国......。とりわけ懸念されるのは、オランダだ。

モガディシュにいる国内避難民 (C)Amnesty International

映画『ブラック・ホークダウン』をご存じだろうか。

ソマリアの内戦で実際に起きた、米軍とゲリラとの壮絶な市街戦を描いた作品だ。多くの犠牲を出したこの戦いのあと、米国は撤退を決めた。そして、紛争を人道的に解決しようと投入されていた国連平和維持軍も、主軸の米軍が去ったことで完全撤収を余儀なくされる。国際社会の介入が失敗に終わると、内戦は泥沼化への道を突き進んだ。暫定政府が出来ては消え、治安は極度に悪化していった。

2012年に国際的な支援のもとで新政府が発足したが、武力紛争は今も各所で続いている。政治的暴力に関する国際的なデータベースACLEDによれば、ソマリアはアフリカで最も武力紛争が多発している国だ。

20年以上続いた内戦は100万人以上の難民を生み、最悪の人道危機といわれた。そして現在も、国外に避難する人は後を絶たない。昨年は、4万以上の人が周辺国と先進国に保護を求めた。日本にも数人が逃れてきている。

このソマリア難民を、強制送還しようという動きがヨーロッパで起きている。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、英国......。とりわけ懸念されるのは、オランダだ。

オランダ政府は、アルカイダと関連があるイスラム武装グループ「アル・シャバブ」が支配する危険地域に、ある一定の人たちは強制送還してもいいという姿勢を打ち出しているのだ。対象となるのは、最近、その地域からやってきた者だ。アル・シャバブの支配のもとで暮らしてこられたのだから、保護する義務はない、というのが理由だ。

オランダはまた、『ブラック・ホークダウン』の舞台となった首都モガディシュは、もはや暴力のまん延する地域ではないとして、2012年12月に、他国に先駆けてモガディシュへの送還停止を解除した。そして昨年、2件の強制送還を実施した。

そのうちの1人、アーメッド・ セードさん(26歳)は、その3日後に、自爆攻撃に巻き込まれて負傷した。アーメッドさんは20年以上も前に祖国を離れていた。この自爆では、少なくとも6人が亡くなっている。

狙われる市民

特に危険な地域は、アル・シャバブの支配下にある中部や南部だ。アル・シャバブは、新政府軍や他の武装グループ、アル・シャバブ掃討作戦を展開する外国軍との戦闘を繰り広げ、多くの市民が巻き込まれて犠牲となっている。

また、アフリカ連合ソマリア・ミッションの後ろ盾を受けて政府の統制下にあるモガディシュでも、自爆や手榴弾、手製爆弾などで、たびたびゲリラ攻撃を行っている。

さらにアル・シャバブは、スパイ行為を疑って市民そのものを標的とした攻撃も行っている。

アル・シャバブの動きは、今年に入って活発化している。国会議事堂も、2度、襲撃された。それに連れて、市民の犠牲も増加している。

市民に危険が及ぶのは、戦闘だけではない。アル・シャバブが考えるシャリーア(イスラム法)の教えに背くと、人権無視の方法で罰せられてしまう。喫煙、音楽、娯楽で、投獄される。より重い罪には、石打ち、むち打ち、手足の切断、斬首。この9月、とある女性が、重婚の罪で石打ちによって処刑された。肩まで埋められ、群衆の前で、処刑人によって息絶えるまで石を投げつけられたのだ。

アル・シャバブのメンバーによる女性への性的暴力、強制結婚も報告されている。子どもを兵士として強制的にリクルートしてもいる。

再び襲いかかる飢餓

人道状況も、極めて深刻だ。100万人が飢えで危機的な状況にあり、200万人が食糧支援を必要としている。食糧事情は、干ばつで飢餓に見舞われた2011年より悪化しているが、紛争地では物資が届かない。

そんな国に、帰れというのか。

UNHCRは今年初め、ソマリアにおいて、人びとが迫害される危険性がないと確信できない限り、ソマリア人を強制的に帰還させるべきではないと、ソマリア難民に対する国際的な保護の継続を要請した。

国連事務総長もこの5月、武力紛争から逃れてくるソマリアの人たちを保護しているすべての国に対し、国際法に従って彼らを強制送還しないよう呼びかけた。

国際法は、生命や自由が脅かされかねない場所に難民を追いやることを禁じている。これは、たとえ難民条約に加盟してなくても、すべての国に課された責務だ。生命を危険にさらす強制送還は無責任であるだけでなく、国際法への悪質な違反である。

オランダでは、今まさに議会が開会中である。政府のソマリア難民送還政策を問うこの機会を、議会は活かせるか。

(アムネスティ・インターナショナル日本)

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