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追悼 ロシア当局に敢然と挑んだポリトコフスカヤさんの死から8年

2014年10月05日 19時03分 JST | 更新 2014年12月03日 19時12分 JST

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アンナ・ポリトコフスカヤさん。2006年10月、モスクワ市内の自宅アパート前で襲われ射殺された。(C)Katja Tähjä

モスクワのクレムリンから2キロほど離れた高級住宅地。ひっそりとした裏通りの一角に、ノーヴァヤ・ガゼータ紙は本社を構えている。

この新聞社は、元大統領のミハイル・ゴルバチョフ氏がノーベル平和賞の賞金を基に1993年に創設した。以来、独立系を貫き、今日のロシアでは数少ない「表現の自由」を標榜する日刊紙である。ロシア社会に深刻な影響を与える人権問題を調査し、正確に伝えるメディアとして、国内外で認められている。

しかし、その役割には犠牲がつきまとってきた。今まで記者や寄稿者が4人殺害されている。脅迫を受けたり襲われた者もいる。

殉職した記者の中でも特に有名なのは、アンナ・ポリトコフスカヤさんだ。ポリトコフスカヤさんは、紛争が続く北コーカサス地域に足を運び、長年にわたり精力的な取材で数多くの賞を受賞した。根っからの人権活動家として、チェチェン共和国での戦争に激しく反発し、紛争の裏に隠れる事実を暴くことを天職としていた。

そして2006年10月7日の白昼、モスクワ市内の自宅アパート前で襲われ射殺された。この日は皮肉にも、彼女が非難の矛先を向けていたプーチン大統領の誕生日だった。彼女は、報道記事や著書の中でプーチン大統領のチェチェン政策を痛烈に批判していた。

裁判所は今年6月、殺害の実行犯の元警官2人とチェチェン人3人に有罪を言い渡した。しかし、暗殺を命じた人物は依然として逃走中で逮捕には至っていない。

アムネスティ・インターナショナルは、ポリトコフスカヤさんの遺族や同紙の編集者、事件の黒幕を裁くために闘う人びとを支援してきた。

■「人殺しの思考回路」

笑顔と穏やかな人柄。エレナ・ミラシナさんの外見から、常に身の危険にさらされている様子はまったくうかがえない。

ミラシナさんは、ポリトコフスカヤさん亡き後、チェチェン問題担当の主任記者のポストを引き継いだ。現在は、北コーカサスを担当する記者3人のデスクを務めている。前任者同様、ミラシナさんも職務上、極めて危険な人物を敵に回し、時には身に危険が迫る状況に出会う。

これまで取材した人物についてこう語る。

「彼らは人殺しで、人殺しの思考回路を備えている。彼らにとって、問題解決の一番手っ取り早い方法は、殺すこと。仲間が何人も殺されているので、誰よりもよく分かっている」

この発言は、単なる誇張ではない。本社の会議室には、殉職した同僚たちの肖像写真が掲げられている。

身の危険にもかかわらず、記者たちはチェチェンのカディロフ首長下で横行している人権侵害を定期的に告発している。

「調査と報道を止めるわけにはいかない。亡くなった仲間たちのため、そして2つの戦争を経験したチェチェンの人びとの復興を助けるため、私たちにはその義務がある。チェチェンは、いまだに一党独裁国家だ。でも、それを記事にする人はいない。チェチェンを変えることができるのは、報道しかない」

■弾圧を受ける独立系メディア

ロシア当局が国内メディアを攻撃する理由は、悪い評判が広がることを恐れるからだ。ノーヴァヤ・ガゼータ紙は独立性を失っていないとミラシナさんが断言する一方で、ますます多くの独立系メディアが攻撃の的になっている。

2011年12月にメディア規制を強化する法律が採択されて以来、ジャーナリストやブロガーの「表現の自由」が侵されている。多くの独立系メディアが活動を規制された。閉鎖に追い込まれたところもある。その結果、今では国営のメディアが電波を独占している。政権に関する自由な討論や批判は封じ込められ、放送される番組は自己検閲済のものばかりだ。

メディアに対する弾圧は、今年3月、ウクライナへの軍事介入が始まる直前に強化された。

その手段は、旧ソビエト連邦による無線信号の妨害工作を彷彿とさせる。2月に「情報、情報技術および情報保護に関する連邦法」が改正され、独立系オンライン・ニュースサイトが相次いで閉鎖された。

法律や他の検閲手段でメディアを統制できない場合には、暴力が使われることも少なくない。

つい先月、BBCの取材班が南ロシアで隣国ウクライナの武力紛争の影響を取材していたところ、何者かに襲われた。記者たちはひどく殴られ、カメラは壊された。警察に被害届を提出して車に戻ったところ、車内に残しておいたメモリーカード内のデータが消されていることに気づいた。

同じ月、テレビ局「ド-シチ」のプロデューサーがモスクワ市内の自宅近くで襲撃され病院に運ばれた。

ポリトコフスカヤさん暗殺後も、政府にとって目障りな記事を報道した記者数人が殺されているが、事件の捜査は行われていない。

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アンナ・ポリトコフスカヤさんのお墓。今でも花が絶えない。(C)Amnesty International

■正義を追求する政治的意志の欠如

ポリトコフスカヤさん暗殺の真相を追及する点で、ノーヴァヤ・ガゼータ紙は事件直後から率先してスクープを報道してきた。

しかし熱心な報道にもかかわらず、当局を動かし司法を正常に機能させることは、かなわなかった。ポリトコフスカヤさんの息子イリヤさんは言う。

「誰が暗殺を命じたのかいまだに分かっていない。けれどもロシアの国営メディアは、事件が解決したかのように報道している」

これまでに5人を有罪にしたことには異論はない。ただ、実行犯は金銭のために暗殺を請け負った警察官に過ぎず、ターゲットが誰だったのかも知らなかったのだろうと、イリヤさんは考えている。

「真実が明かされるのは、新しい政府に変わってからだろう。事件の真相解明には、制度を変えるという意志を持って取り組むことが必要だ。プーチンが去れば、捜査が進み黒幕が誰なのかが分かるだろう。今の政権では望めない」

ポリトコフスカヤさん暗殺事件は、数多くの疑問点を残したままだ。暗殺を命じた人物が特定され裁判にかけられて初めて正義が全うされる。

(アムネスティ・インターナショナル日本)