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ネパール人研修医の見たヒロシマ

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私が初めてヒロシマとナガサキについて知ったのは高校生の時でした。社会科の授業のとき、他の生徒と同じように、第二次世界大戦の歴史について学習したのです。ただ、学生時代に勉強した場所へ実際に足を運び、その陰のある史実を目の当たりにする日が来るとは、今までの人生で想像したこともありませんでした。

けれども人の運命は分からないものです。2016年7月20日、親友の樋口朝霞さんと一緒に広島に到着しました。彼女が旅行をアレンジしてくれた御陰で今回の訪問が実現したのです。広島駅に着くと、樋口さんの友人が迎えに来てくれていました。

暑い日でした。太陽が頭上で照りつけ、汗が流れ落ちます。そして、私たちは広島平和記念資料館へと向かうバスに乗り込みました。その途上、私は、核兵器で破壊されたこの街が、71年の間にどうやって復興したのかと、不思議な気持ちになりました。この街がその後耐え忍んで来た痛みというものが想像出来なかったのです。

平和記念公園に入ると、原爆死没者慰霊碑が目に入りました。すると、原爆が落とされた瞬間や、数多の無辜の人々の叫びが自然に心に浮かびました。なんという悲劇でしょう。その日に失われた多くの命の痛みや苦しみは、とても表現出来るものではありません。正直に言うと、高校時代に勉強した時には、どんなに大きな悲劇だったのか全く分かっていませんでした。おそらく、これは世界の他の国々でも同じようなものかもしれません。

しかし、資料館へと足を踏み入れると、私は何度も立ち止まり思いに耽りました。この街が灰燼に帰した日のこと。また、2歳でこの大事件の目撃者となり、放射線被曝により白血病を発症し10歳で亡くなった佐々木禎子さんの物語や、学徒が持っていた灰と化した弁当箱、戦争で失われた無辜の命にまつわる多くの話。

音声解説による逸話を聴いている間中、私は胸が痛み痺れたようになってしまいました。それでも今回の訪問は、狂気の所業を知り、ヒロシマの復興を目にし、旅立って行った無実の魂に祈りを捧げる機会となりました。歴史とは残酷なものですが、教訓ももたらしてくれます。

歴史を知ることで心が傷つけられても、今のヒロシマを知れば励まされますし、希望ももらえます。人類を破滅させるような手段を持っているのはごく一握りの人々だとしても、より多くの人々がそれに立ち向かう勇気を持っているのだ、という希望です。

世界へ向けた教訓は何でしょうか。

このような負の遺産を背負うのは、途方も無い勇気を要するものだと思います。しかし、ヒロシマの人々、日本の人々は、この痛みに耐え、それを希望へと変えました。より平和な世界、核兵器のない世界にしようという希望です。

広島平和記念公園は日本の人々の不屈の精神を示す証でしょう。ヒロシマの物語は、復興、勇気、そして希望の物語でもあります。それはずっと記憶されるべきものです。これからもずっと世界中で語られるべきものです。

ヒロシマは人類史に残る恐ろしいカタストロフィーを経験しました。けれども、それによって、新しくなったヒロシマは、平和の使者へと進化し生まれ変わりました。全世界がヒロシマから学ぶことができ、ヒロシマの苦難に共感し、核兵器のない世界への恒久的な平和の旅路に就くことができれば、人々の魂はようやく安らかな眠り入ることでしょう。

もしこれが成し遂げられれば、ヒロシマからの教訓が得られたと言えるのではないでしょうか。いみじくもオバマ大統領が演説の中でヒロシマのことを、物事の善悪に気付かせる(moral awakening)地と呼んだように、この公園で絶えず燃える炎を、平和と倫理観の目覚めの灯火にしようではありませんか。

またそれは、私の母国ネパールへの教訓でもあります。

ネパールは1996年に始まった10年にも及ぶ内戦を経験しました。この人民戦争は、時の政権により「マオイスト(毛沢東主義者)の乱」と呼ばれ、1万9千人以上の生命が奪われました。国内では何千人もの難民も生まれました。この十年戦争は、人類史の中でまた一つの災厄だと言えます。最終的にこの争いが包括的平和協定の締結で終わった後でさえ、ネパールの情勢は不安定なままです。

勿論、 これらネパールでの出来事は、 71年前にヒロシマと日本が経験したこととは全く異なるものですが、戦争による恐ろしい行状だということは共通しています。規模が異なったとしても、戦争がもたらすものに変わりはありません。日本は戦争に耐え、より良く生まれ変わりました。ネパールは未だ踠きながら、道半ばの段階にいます。

全ての破壊には、創造という輝かしい面もあります。ヒロシマは灰燼の中から立ち上がり、決して怯まない精神と長く続く平和が存在することを示しました。私たち人類が団結するときだけ、平和と非暴力の原則に従うときだけ、私たちは力を取り戻し、立ち上がることができるのだと思います。

訳注:本稿は「The Himalayan Times」への投稿原稿を元に作成されました。