世界一過酷なヨットレース「ヴァンデ・グローブ」にアジア人初参戦 白石康次郎30年来の思い重ね出帆へ

これまでこのレースを制した競技者はわずか70人と、宇宙に行った宇宙飛行士よりも少ない。そんな過酷なレースに臨む海洋冒険家の白石さんにインタビューした。

海洋冒険家の白石康次郎さん=朝日新聞撮影

たった一人、大型ヨットで地球一周して時間を競い合うレース「ヴァンデ・グローブ」にアジア人として初めて、冒険家の白石康次郎さんが11月、出場する。

ヴァンデ・グローブは、世界一過酷と言われる4年に一度のヨットレースだ。約30艇がフランスのヴァンデを出港し、帆で受ける風だけを動力にして、南半球経由で一周する。一度も寄港せず、通信による医学的アドバイス以外は何も支援を受けることができない。

これまでこのレースを制した競技者はわずか70人と、宇宙に行った宇宙飛行士よりも少ない。そんな過酷なレースに臨む海洋冒険家の白石さんにインタビューした。

(聞き手: 朝日新聞 井上未雪)

Q 競技時間は80日間、計約2千時間だと言われています。昼夜は寝ないのですか

24時間寝ませんよ。寝る時間なんてないもの。24時間走っているんだもの。

Qでは、いつ睡眠をとるのですか

取れる時ですよ。最大1時間とってないかな。仮眠するくらいかな、横になって。夜昼関係ない。

Q基本的には数ケ月間は寝ないということですか

普通スポーツは2時間じゃないですか、でも僕の競技時間は2千時間。だって80日かける24時間だから。これがぼくらの競技時間です。競技場は地球です。そこが面白いのよ。何が起きるか分からないから。不特定要素が一番多い競技だよね。

Q運が左右する。たまたまクジラが衝突したからレースを離脱せざるを得ないといったことが起きますね

この競技は運の割合が2割だと思っている。けっこう高い。運はね、かなりの割合です。スポンサー、お金、気象学、スキッパーの腕、船の性能とスポーツの要因があるじゃない。それに加えて、運です。今やっているのは運を上げるという、目に見えない作業です。体なんかいくらでも鍛えられる。運気をあげる作業というのは非常に難しいです。

Qどうするのですか

そんなこと分かれば苦労しないよ、みんな。(笑)一番いいのは機嫌良くしとく。明るく元気にみんなに優しく。それに努めてるな。それ以上は考えられないな。みんなによくしてもらっているので感謝して。神事も好きです。気持ちを落ち着かせてくれる。

この前面白いことがありました。鎌倉で仏教と神教とキリスト教が集まった。いろいろ話していて、ある先生が「いいですか、皆さん。神に祈るんじゃないですよ。神を祈るんですよ」とおっしゃったの。これは素晴らしいお言葉だなと思いました。要するに、僕の解釈ですが、神様にあれやってください、これやってくださいと頼むのではなくて、神を祈るんだよ。

僕はこう解釈したの。神様と同じ行動をすれば同じ結果が得られると。仏さまって、いっつも笑顔じゃない。いつも笑顔で人に優しく、どんな時もね。どんな苦しいときもつらい時も、あのように、微笑みをたたえられるような人間になるための修行でもあるんだよね。そうすれば、うまくいくんじゃないかとそう僕は解釈しているの。

(高校時代に弟子入りしていた)故・多田雄幸さんはすごく天才的で、どんなに荒れるときでもへっちゃらだったもん。あの後ろ姿を僕は弟子時代に見ているわけ。航行中、僕が苦しくてつらいときにさあ、「すいません、ちょっと代わってください」と言おうと思って、デッキから中を見たら、餃子の皮を一生懸命のばしていたの。大荒れの中。こうやって。うわーこの男にはかなわないって思ったよね。(笑)いっつも笑顔でね。おもしろくて天才的な人だったの。

長嶋(茂雄)さんみたいな人だったの、ヨットの。「ヨットの寅さん」と沢木耕太郎さんが言っていたね。僕があこがれたのはそこなんだよね。俺が船酔いでつらくて、寒くて、苦しい時も、すっごく楽しそうに乗ってたんだよね。俺もこんな男になりたいなと思ったよね。まだなれていないけど、それを目指すための修行だよね。今回のチャレンジは。

Q過去に死亡者も出ている過酷なレースです

はい。家族は僕の軸足なんです。家族があってこそここまで来られたと思う。だから家族には感謝していて。女房子供がいるから、夢をあきらめたなんて、そんなことを家族に思わせたくないのよ。女房子供がいるから、お父さんは夢をかなえられたと。その行動を見せる以外に方法はないのよね。

これで死ぬかもしれないとは伝えてある。それは大丈夫です。女房子供は覚悟できていますから。俺がいなくったって立派に女房子供は生きていけます。それは確証がある。だから僕は何も心配もなく、世界に出られるんだと思います。

Q冒険家ですが、自然体でいらっしゃいますね

冒険というのは挑戦なんです。いいですか。マザーテレサがこういっているの。神は結果を望んでいません、挑戦を望んでいるんです。今回のレースは、アジア人初なんだけど、とにかくもっともっと夢をもってやろうと。成功する姿ばかり評価してみせると、成功しないといけないんじゃないかと思っちゃうの。

大切なのは挑戦なんだよね。僕だって限界ぎりぎりですよ。お金もぎりぎりだし、期限もぎりぎりだし。ただ、夢をもって闘う姿をみせたいんだよね。それが第一目的。だから、それぞれできることをしましょう。選手だから、命をかけてやるわけ。だからあなたも命をかけて、とはいわない。ただ働いたお金、千円のお金を出して、それを挑戦に使ってください、でもいいので、挑戦に参加していただければ。

Q通勤列車で疲れて、今のままでは刺激がない、このままではだめだと分かっていてもどうやって一歩進めればいいか分からないという人たちもいます。その人たちはどう「挑戦」すればいいのですか

まず見るんだよ。あ、こういうことする人がいるんだと。見て習って習得するんだよ。会得、習得、修得というんだけどね。僕だってまず最初、多田さんをおーすごいなって見たんだよ。世界一周して帰ってきてくれたから今の夢の道が開けたのね。その後いろんな人に会いながら成長したの。子供たちに成功しようが失敗しようが、姿をみせたいわけ。正しい行動をしていると必ず正しい結果があらわれるんだよね。

たとえ僕が死んでも、それは正しい結果なんですよ。なんの悔いもないの。見事な最後だったなっていってもらいたいの。悔やんでほしくないの。多田さんのおかげでいま僕はできるの。僕の敬愛する多田さんら冒険家のおかげで僕みたいな人が現れて。成功するかなんてそういうことは問題ではないんですよね。生死を問わずがんばるわけですよ。

Q一般の人から見ると白石さんは壮大な人と思えて、遠くの存在と感じてしまうのでは

僕、普通の人ですよ。僕、何か変わったところありますか。

Q普通の人には「壮大な人」に思えますが

そんなことないよ。世界一周やろうと思って僕がまず最初にやったのは、電話帳開いたことだよ。電話帳開いて、(師匠の)多田さんいないかなって。

壮大な冒険って、よーくみれば、細かいことの積み重ねなの。壮大な海もすくってみれば一滴の水なんだって。それが、積重なって壮大な海になっているんだから、そこを忘れないでね。大きなことをやるために大きなアクションするんじゃないんだよ。大きなことをするための資金を集めるために、一軒一軒頭下げて、ネクタイ締めて、人付き合いして、一生懸命誠意を持って話すことの積み重ねが結果になったんだよね。それを30年間やり続けてきて。

だからこういうことをばーんとやるとこういうことが、ばーんとできるということではないです。僕にとっては、本当に30年来の夢なんだから。小さな小さなことの積み重ねが単に大きく見えるだけのことであって。ようく近づいてみると、船酔いがいまだに治らないので悩んでいるんだから。

Qそうなのですか

そうだよ。かわいそうでしょう。(笑)3日間げろげろだよ。ええ、最悪です。3日ぐらい吐くけど、その後「船の体」になって。だから逆に無寄港が好きなの。寄港したら3週間くらい丘にあがるでしょう。だからまた船酔いしちゃうんですよ。意外と俺、無寄港レースはいさぎよくて好きだね。何かあったら終わりっていう。

Q食料も全部積むのですか

半年分の非常米やビタミン剤を積みます。あとは、レトルトをたまに入れます。

Qところで、魚は釣って食べないのですか

時間がないですね。ただ赤道直下付近だと、船の甲板にトビウオがはいってくる。フランス人なんかはデッキが魚臭くていやだ、ぐじょぐじょになって嫌だという。俺は、今日の魚はうまかったとレポートする。日本人さすがすごいって言って。フランスの記者会見で、コウジロウはどんなものを食べるのですかと聞かれた。日本人は醤油一つあれば生魚が食べられるんだ、と。コウジロウすごいとなる。(笑)

Q最後に一言

「冒険しよう!」ですよみなさん。みなさん、冒険しよう!あのねえ、海は男を磨きます。一番いいんじゃないかな。女の人は男を磨く必要はないので、ぜひ海に来てください。そりゃね、日頃ね、子育てだったり会社だったり大変なことはあると思います。いろんなヨットとかね、釣りやったり、疲れます。でも体は疲れますが、心は軽くなって帰れますから。世の中の嫌なことを全部海にすてちゃってください。

今日の井上さんもきっとそうだと思います。言いたいこともあるでしょう、つらいこともあるでしょう、泣きたくなることもあるでしょう、そりゃありますよ。でもね、こう、見て(海を指して)、あるがままの世界なわけ。これがありのままなんです。僕を見てください。「ありのままっぱなし」で生きてきました。赤ん坊の頃から全くかわらないんですね。(笑)そうするとこんなに幸せになれるんです。

世界も渡れる。本当のありのままってここなんですよ。僕はね、好きなことを精いっぱいやってきたのね。だからね、みんなもさ、好きなことをやってほしいわけ。で、とにかくね、がんばってね、世界一周してきます。とにかくね、生死を問わず、やれることを全てやってこようと思います。これは楽しいよ。たった一人でさ世界一周をするんだからさ。こんな気持ちいいことないです。

みんなはね、一人でさみしくないですかとそんなことを考えるんだけど、さみしいと思います?(笑)皆さん、僕行ってきます。応援どうぞよろしくお願いします!

■A-portで支援を募集■

白石さんは出場権を得るまでに、30年かかった。出場のためには、技術だけではなく資金が最大の関門だ。

資金が総額約3億5千万円かかるためだ。10月7日までに5千万円を集めようとクラウドファンディングサイトA-portを通じて支援を求めている。

支援に応じたリターンもある。1万円の支援で白石さんが使用したヨット備品を用いたキーホルダーや世界の海の写真データなど。

クラウドファンディングサイトA-portより

都内で開いた記者会見での様子

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