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イルカとクジラ問題に向き合う。日本人初の本格ドキュメンタリー映画を撮る女性監督の思いは

2015年06月03日 19時25分 JST | 更新 2016年06月01日 18時12分 JST
Getty

■捕鯨問題の現実、映画に

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日本のイルカ追い込み漁を問題視した世界動物園水族館協会(WAZA)の警告を受け、日本動物園水族館協会(JAZA)が加盟施設に対し、追い込み漁によるイルカの入手を禁じたことが、国内外に波紋を広げている。

日本の捕鯨については、これまでも世界的に問題視されてきた。クジラやイルカを捕らえること、その捕らえ方、食することにとどまらず、とうとう水族館のイルカの入手方法にまで影響が及ぶほどの批判を受けている。日本人はいま、この問題に真正面から向き合う時期に来ているのではないだろうか。

しかしそれにしては、私たちはあまりにも捕鯨の現実について知らなすぎる。

この問題に真正面から向き合い、ドキュメンタリー作品を制作中の日本人女性監督がいる。完成すれば、日本人監督による、イルカ漁と捕鯨をテーマにした初の本格的ドキュメンタリー映画となることもあり、注目が集まっている。

5年前から取材を進め、現在クラウドファンディングサイト「A-port」で制作資金を募っている。6月2日時点ですでに約530人から約620万円が集まり、日々支援額が増えている。支援者からは熱い激励のメッセージが相次ぐ。

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なぜ完成前の映画にここまで支持が集まっているのか。なぜ今、彼女はあえて困難なテーマに挑戦するのか。監督の思いを紹介したい。

■映画「ザ・コーヴ」への違和感から始まった

監督は、米国ナショナルギャラリーに数多くのアート作品を寄付した老夫婦を追ったドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」で、ハンプトン国際映画祭最優秀ドキュメンタリー作品賞など数々の賞を受賞した佐々木芽生(ささき・めぐみ)さん。次のテーマに選んだのが、捕鯨問題だった。

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舞台は和歌山県南部、太平洋に面した小さな漁村、太地町。400年もの間、代々続いてきた町民伝統の生業が、いつの頃からか、世界中の非難の的となり、国同士を巻き込んでの国際問題に発展した。海外から抗議に来て、世界へ発信するために町民を撮影する人らが訪れるようになり、町民の静かな暮らしは一変した。

彼らの生業は、クジラやイルカを捕獲する「捕鯨」。太地町は日本の古式捕鯨発祥の地のひとつと言われ、町民の多くがクジラやイルカの追い込み漁や、関連事業によって長く生計を立ててきた。だが、1960年代ごろから資源の減少や動物愛護、環境保護、道徳的な見地から国際的な反捕鯨運動が高まり、IWC(国際捕鯨委員会)では1986年から大型の鯨を対象とする商業捕鯨が禁止された。

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太地町のイルカ漁を批判的に描いたドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)が2009年に公開されると、血に染まる太地町の海を撮影した映像が世界中の人の目に触れ、衝撃が広がった。映像の力でイルカ漁を世界に知らしめたことが高く評価され、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞、サンダンス映画祭観客賞など数々の賞を受賞した。一方、立ち入り禁止区域から漁を隠し撮りで撮影したシーンもあり、その撮影・制作手法には疑問の声も上がった。

「事実よりも反捕鯨の意見を基盤にストーリーを組み立て、地元の人の思いが無視されている」。佐々木監督はザ・コーヴを見て、違和感と抑えきれないもどかしさを抱き、5年前から太地町やIWCの総会を取材・撮影し始めた。

NHKニューヨーク総局で「おはよう日本」キャスターを務めていた佐々木監督。1996年に独立後もニューヨークでの暮らしを続けるなか、毎年南氷洋で日本の捕鯨船がクジラを捕獲すると、米国の三大ネットワークはじめ主要メディアが否定的な報道をするのが気にかかっていた。多くは反捕鯨団体や環境保護団体が提供した素材を使ったもので、彼らの視点からの「反捕鯨」のメッセージを込めた映像やコメントが展開されているという。

「世界ではクジラが環境保護運動のひとつの象徴になっている。なぜ日本でクジラやイルカを捕獲し、食する文化が脈々と続いてきたのか。その当事者である日本人、太地町の方々の思いを無視したメッセージが世界で流されていることがおかしいと思った。双方の立場を踏まえたリアルな映像を撮らないと、という思いに駆られました」

 

■様々な問題提起をしたい

これまで約5年にわたり、太地町での追い込み漁の様子や町民の暮らし、反対運動をするシー・シェパードのメンバー、捕鯨問題にまつわる裁判、IWCの総会なども取材し、撮影してきた。クジラやイルカの美しさや魅力に、つい目を奪われることもあったという。

そのなかで佐々木監督自身、自問自答を繰り返した。

「5年の間撮影してきたからこそ、わからなくなる。太地町の人にとって捕鯨は伝統であり、クジラは町の象徴でもあり、400年続いてきた食やクジラにまつわる文化を続けようとしているにすぎない。その間に日本人がクジラを食べる必要はどんどんなくなり、需要も激減している。クジラやイルカがダメで、牛や豚は食べてもいい、という線引きは日本人には理解しづらい。一方牛を神聖な動物として食べない宗教もある。食べない人たちが、自分の価値観を押し付けて食べる人たちに獲るな、食べるな、と言うのは果たして正しいことなのか」

「でも21世紀、欧米の先進国では、イルカや犬など、人間が身近に感じる動物は食べるべきではない、悪しき伝統は排除すべきだ、という意見が大多数を占めている。人間と動物の関係は、時代とともに変化してきた。非常に難しい問題だと思う」

「私自身も、まだ答えを探しています」

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感情ベースの議論ではなく、事態を俯瞰した立ち位置で作品を制作したいという。

「クジラやイルカを獲るべきか否かという問題は、あくまでも入り口。捕鯨問題の向こうにある、価値観や宗教の違いによる戦い、ネットによる情報拡散やいやがらせの実態、発信の手段を持たないために届かない弱者の声......。世界中のあらゆる対立の構図や情報発信のあり方に思いを巡らせてほしい。自分たちが正しいと思うことは、相手にとっても本当に正しいことなのか。人々の心に様々な問題提起をできる映画にしたい」

■「クジラとともに生きた人々への共感」メッセージ相次ぐ

佐々木監督の挑戦はすでにメディア掲載が相次ぎ、完成前にもかかわらず映画の注目度は高まる一方だ。

A-portには支援者からたくさんの応援メッセージが寄せられている。なかには捕鯨従事者を肉親に持つ人からのものもあり、捕鯨とともに生きてきた人の思いが投影されている。

明治生まれの祖父は古式捕鯨の浮津浜に生まれ育ち、土佐湾や女川で近代捕鯨の仕事に従事していました。祖父は私の出生前に既に亡くなっていましたが、私は鯨とともに生きた人々への共感を強く持っています。年金生活者のささやかな応援ですが、映画の完成を心待ちにしています

和歌山県民として「感謝を捧げ、鯨の命をいただく文化」を喪いたくありません。応援しています。がんばってください!

ザ・コーヴの騒ぎの頃から、こんな映画を誰かに撮ってほしいと切望していました

なかには捕鯨反対の立場の人や、海外在住者からの応援メッセージもみられる。

日本人が公平な視点で作る、ということに意味があると思います。私自身は捕鯨反対ですが、踏襲してきた伝統を捨てられない人々の事情も理解できます。互いを思いやり、歩み寄ることができますように。期待しています

海外に住む者として、捕鯨の話題はとても気になることのひとつです。イギリスではアメリカ同様、捕鯨には一貫して反対であり、日本に対する批判が聞こえてきます。(中略)イギリスで家族や友人に勧めることのできるような、一緒に見ることで話し合えるようなドキュメンタリーを期待しています

オーストラリアに住んでいます。毎日のようにテレビでは日本の捕鯨船がシー・シェパードと衝突!というニュースが流れていて肩身の狭い思いをしています。このドキュメンタリーが世界中の人に捕鯨についての様々な視点があることを知るきっかけになることを願っています

■支援者には「意見表明権」も

映画の制作や配給には、想像以上に莫大な資金が要る。

佐々木監督は昨年、ハーブ&ドロシーの2作目「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」を日本で劇場公開するため、クラウドファンディングで915人から1463万円を集め、無事日本での公開を果たした経緯がある。当時、日本のクラウドファンディングでの最高調達額を記録した。

佐々木監督が現在、制作資金を集めているのは朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A-port」3月25日のスタートから約4カ月間で、1500万円を目標に資金提供を呼びかけている。残りは約50日だ。

A-portでの支援者には、支援のお礼として、映画の前売り券やDVD、公式サイトや映画のエンドロールに名前を掲載する権利といった多彩な「リターン」(特典)を用意している。注目は、「パンフレットにお名前とメッセージを掲載する」(支援額5万円以上)という特典。支援者が実名で、捕鯨問題などについて意見表明ができる場を設けた。「多くの人に考える機会を」との思いからだ。詳しくはA-portへ。

コラムでは、このたびのJAZAの決定を受けた佐々木監督自身のコメントも紹介している。

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