PRESENTED BY AQUA SOCIAL FES!!

「水源地域は、下流域にきれいな水を流す使命がある」吉野川・紀の川の環境保全に取り組む木村さん

奈良県の東南部に位置する川上村は、村のほとんどが森林で覆われている。吉野川の上流地域で行われる林業「吉野林業」の発祥の地だ。

奈良県の東南部に位置する川上村は、村のほとんどが森林で覆われている。吉野川の上流地域で行われる林業「吉野林業」の発祥の地だ。ここは、日本でも有数の多雨地帯で、森林にたくわえられた水が吉野川・紀の川に注ぐ源流となっている。

吉野川源流と森を管理し、水の恵みを体感できる施設「森と水の源流館」では、奈良新聞社やトヨタ自動車といった企業とともに、生物の調査や水辺の美化活動を行うイベントAQUA SOCIAL FES!!を実施している。

「森と水の源流館」の企画調査班長である木村全邦さんは、「水源地域の清流だからこそ生息できる生き物の数々を、自分の目で確かめ、表情豊かな自然の姿を実感してください」と、イベントへの参加を呼びかけている。

2014年8月には、奈良県の音無川で調査を実施した。確認できた水生生物は23 種。カジカガエル(両生類)、アブラハヤ(魚類)、ヤマトフタツメカワゲラなどのきれいな水に住む生き物のほか、アカハライモリ(両生類)、カワムツ(魚類)、カワニナ(貝類)などのややきれいな水に住む生き物が確認され、大変きれいな水質であるとわかった。

2014年8月、音無川で行われた水生生物調査

吉野川・紀の川は全長136km。海へ向かって流れる一方で、吉野川分水を経て大和平野(奈良盆地)にも流れる。流域の田畑に実りをもたらし、家庭の水道の蛇口や工場に水を供給している。

木村さんは、「人々の命を育み暮らしを潤しているのが吉野川。川上村はその水源地の村として、下流域にきれいな水を流すことを使命と考え、下流域の人々とともに水源環境の保全に努めたいとの思いがあります」と期待を込めて語る。

川上村では、「樹と水と人の共生」を目指す「川上宣言」を平成8年に全国に向けて発信し、「水源地の村づくり」をキーワードにさまざまな取り組みを行っているという。「水源地の森ツアー」、「源流学の森づくり」、「吉野川紀の川しらべ隊」といった森林環境学習や体験プログラムなど多彩なイベントを実施している。

「水源地の森ツアー」の様子

木村さんは、こうしたイベントの中で「森の案内人」として美しい森を守る大切さを伝えていく一方で、森の生態の調査に取り組む研究者の顔をもつ。希少生物やさまざまな発見に遭遇し、自然の神秘に胸をふるわせる毎日だ。「川上村って、そんじょそこらにはない、すごい自然が残る村です」と表情を輝かせる。 フィールドワークやイベントへの参加を通して生き物に興味をもつ人たちが増え、自然を大切に思う人々が育っていくことを願っている。

「私は行く先々で人との出会いに導かれてきたと思います」と木村さんは話す。大学時代、クラブ活動で自然三昧を謳歌していた木村さんが、フィールドワークを徹底する研究姿勢に惹かれて入った研究室はコケ植物が専門。コケ植物の研究に開眼させられた。

卒業後も「まだ何もわかっていない」と、さらにコケの研究に挑んでいくことを決意。研究を辞めていく同世代を横目に、「“コケの名前がわかる人”になるまでに血へどを吐くほどの体験をしました」と打ち明ける。

沖縄から東北までの日本各地のほか、海外の町中や森の中まで、いたるところでコケを採集し、顕微鏡で観察した。微小なコケの葉を削ったり剥がしたりのプレパラートづくりは職人技。顕微鏡のレボルバーを回す指が痛くて動かなくなるまで観察に没頭することもあった。「優れた研究者との出会いにも恵まれました」と木村さん。転機が訪れたのは、木村さんが大阪市立自然史博物館で外来研究員をしていたときである。

奈良県川上村が、吉野川源流を成す三之公地区にある740haほどの原生林を、平成11年から2年がかりで、10億円を投資して購入したのだ。

村の奥地にあって500年以上にわたり手つかずの状態で継承されてきた広大な天然林には、ブナ、モミ、ツガ、そして「生きた化石植物」と呼ばれるトガサワラなどの貴重な樹木が繁茂する。民有地であったこの森がパルプ用材として伐採されはじめた時、川に土砂が堆積し清流が荒廃していく姿を目の当たりにした村人は、「水源地の森」を守っていく決意をしたのだという。

水源地を守る「森と水の源流館」職員の木村全邦さん

木村さんは森の調査を依頼されて川上村に入り、その後、「森と水の源流館」の職員として森に関わっている。生育・生息する動植物の現況を調査し、保全を進める。これまでの調査の中でカサゴケモドキ(環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されるコケ)やキリノミタケ(絶滅危惧Ⅰ類)などの多彩な発見もあった。環境省が管理する「レッドデータブック奈良県版」の作成にも携わっている。

「貴重な生態系が息づく自然の宝庫、川上村を好きになってください」(木村さん)。

そんな木村さんが、いま取り組んでいることは、川上村を含む大台ヶ原・大峯山での保全活動だ。「生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)に登録された手つかずの原生林や、人と自然が共存関係にある地域を守るためには、エコツアーや環境学習の恒常的実施により、啓蒙を図ることが求められています」と、さらなる意欲を込める。

木村さんが中心となって源流の水生生物を調べるプログラムは、奈良県川上村で8月1日

に開催します。詳細は公式ホームページをご覧ください。

(取材・執筆:奈良新聞社 柴田誠彦)

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