「守る」よりも「使う」ことが大事――重要文化的景観の棚田を受け継ぐ

2015年08月12日 14時42分 JST | 更新 2015年08月26日 21時14分 JST

標高764メートルの八幡岳北麓に位置する佐賀県は蕨野地区。階段状に水田が広がり、石積みが幾重にも連なる。江戸期から昭和初期まで開墾され、さながら山城のような景観を形づくっているのが「蕨野の棚田」だ。歴史的価値と石積み景観が評価され、「日本の棚田百選」に選定されている。もちろん、見た目の美しさだけではなく稲作の現場としても機能している。現在も36ヘクタール、700枚の棚田が稼働中だ。

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石積みが連なる「蕨野の棚田」。春には菜の花が黄色く棚田を染める

NPO法人「蕨野の棚田を守ろう会」は蕨野の棚田が国の「重要文化的景観」に選ばれたのを機に、2009年2月に発足した。同会は、地元住民のほか、保存活動に携わってきた佐賀大学の卒業生を含め合計60人ほどが在籍している。メンバーをまとめるのは、2013年4月から理事長を務めている川原増雄さん(68)だ。

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守るのは棚田だけではない

会の目的は、「先人がつくり、受け継いできた棚田を守り、耕作放棄地を増やさない」こと。地区の高齢化は進むものの、川原さんは「自分たちの土地だから棚田を守るという意識が薄れていない」と胸を張る。田植えや稲刈りの時期になると家族がまとまり、川原さんの田んぼにも息子夫妻や孫が手伝いに訪れる。

活動は主に4つ。稲刈り後に住民を慰労するとともに、棚田の保全に協力してもらっている支援者への感謝を込め、毎年10月の第一土曜に「ふるさとの灯りコンサート」を開催。昨年はろうそく600本の幻想的な明かりの下、約80人が歌やオカリナの演奏を楽しんだ。

2つ目はミカンの木の管理。ミカンの木を買ってもらったオーナーに代わり、肥料や農薬の散布、草刈りなどを行う。所有者が亡くなったミカン畑を守る側面も持っており、佐賀県内の12人ほどの住民が、木を約100本も管理している。

このほか、植樹したケヤキやサクラの周りの下草刈り、地区主催のウオーキング大会の手伝いをしている。棚田を中心に、地域全体を結ぶ活動の幅は広い。

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ウオーキング大会でスタッフと談笑する川原さん

棚田耕作は「手間と労力3倍」。それでも続ける理由がある

川原さんは農家の4代目。7年前に建設会社を退職するまで、農家を兼業していた。25年ほど前から父母から受け継いだ棚田は川原さんの財産の1つだ。ただ、棚田は水田一枚あたりの面積が狭く、高低差もあるため、平地と比べて効率が悪い。「棚田の維持にかかる手間と労力は平地の3倍じゃきかないよ」とこぼす。

水田が小分けで、下草を刈る面積が増える。耕運機など農業機械の乗り入れにも時間がとられる。合わせて、棚田の下を石造りの暗渠(地下式用排水路)を張り巡らしている。水路が詰まれば障害物の除去が必要で、水が不足すれば川から引いてこないといけないため手間がかかる。

しかし、棚田の歴史が現在でも続いているのには理由もある。地域の保水や生態系の維持など環境保全の役割も担っているのだ。また、この複雑な水耕現場を保つ先人の知恵の存在も大きい。例えば、水が漏れないように石で作った暗渠(あんきょ)など、江戸時代から作られた棚田と、付随する設備の技術の高さに目を見張るほどだ。川から暗渠への取水口には石を配置して水の勢いを抑えたり、畦から水が漏れないように粘土層と水を練って補強するなど「昔の人はよう考えとるねー」と舌を巻く。

61世帯約200人が暮らす蕨野地区。このうち、棚田で稲作しているのは50世帯に上る。棚田保存のためにやっていくことは変わらない。「守る」というよりも、生活の糧として「使う」ことを続けていく。愛着というものは、きっとこうやって根付いていくものなのだろう。それが、結果として伝統や自然を「守る」意識につながるのだ。

AQUA SOCIAL FES!! Presents〜棚田と里山を再生しようプロジェクト

川原さんが所属する「蕨野の棚田を守ろう会」とともに、棚田米の収穫や植樹を行うイベントが9月26日(土)に佐賀県唐津市にて開催されます。詳細は、公式サイト(http://aquafes.jp/projects/191)をご覧ください。

(取材・執筆:佐賀新聞社 大塚堅志)

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