海底に広がるヘドロの先へ。"暗闇"のごみを回収し続けるダイバーたちは何を願うのか

2015年07月04日 01時31分 JST | 更新 2015年07月04日 01時31分 JST

海面に浮上したダイバーが、陸で待ち構えていた若者たちに向かって片手を振る。引き揚げの合図だ。「せーのっ」「よいしょ」。高校生や大学生が声を合わせて力いっぱいロープを引く。やがて海上へ原付バイクが姿を現した。再び陸に揚げられることを拒むかのように、周囲にヘドロの臭いをまき散らす。額に汗をにじませた若者たちは構わずに力を振り絞る。陸はすぐそこだ。ダイバーは回収を見届けることなく、次のごみを探すため海の中に消えた。

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ダイバーが海底で見つけた原付バイクを地元の高校生や大学生が力を合わせて引き揚げている様子。

これは〝海底〟清掃の一コマ。この耳慣れない清掃は、山口県東部に位置し、全国有数のコンビナートがある周南地域(周南市、下松市、光市)で2010年から行われている。ボンベにフィン、ウエットスーツ姿のダイバーが海底ごみを探し、瓶や缶などの小さなごみを回収ネットに入れて陸へ。大型ごみはロープでくくり、陸上部隊が引き揚げる。

「底まできれいにしてこそ、本当に海がきれいになる」との思いで山口県釣り団体協議会や山口県周南清港会など海に関わる団体が、個別に、ときに共同で実施してきた。現在は両団体と釣り糸メーカーのサンラインが昨年7月に立ち上げた「瀬戸内の海を美しくする会」が主催している。これまでに海底清掃を行ったのは13回。約30トンのごみを回収した。

この活動に欠かせないのがダイバーの存在。陸のごみは、気持ちとごみ袋があれば誰でも、いつでもきれいにできるが、海底となるとそうはいかない。技術、経験、装備が必要で、もちろんお金もかかる。にもかかわらず、会の活動には毎回10人前後のダイバーがボランティアで駆けつける。

すべての海底清掃に参加しているダイバーの京瀧勝さん(34歳)は、周南市の徳山湾に臨むマリーナ&レストラン「シーホース」の所長を務め、インストラクターとしても活躍している。ダイビング愛好家の父親の影響で19歳からダイビングを始めた。仕事に生かせると二級小型船舶免許を取得し、自ら操船して国内を中心にさまざまなスポットを潜って経験を積んだ。サンゴ礁に熱帯魚、マンタにサメ。潜るたびに美しい海に魅せられ、年間100本近く潜る筋金入りの海好きだ。

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積極的に海底清掃に参加する京瀧勝さん。ダイビング歴は16年

公私ともに海とは切っても切り離せない生活を送る中、知り合いの潜水士から海底清掃に誘われた。「海をきれいにできるなら」と二つ返事で参加を決めたが、初めての清掃で地元の海の現実を目の当たりにした。「ごみがある、ない以前に、底にたまったヘドロで視界がゼロで、目をつむって宝探しをしているような感じだった。足や手を底につけると、どんどん汚泥に埋まっていった」と振り返る。潜ったのは港で、潮の流れがないため、ある程度の汚れは想定していたが、現実はそれを超えていた。

人が潜ればヘドロが巻き上がり、さらに視界が悪くなる。そんな悪条件の中、手探りで「何か」を見つける作業を続ける。手で触って靴だと判別できても、「もしかして人の足かもしれない」と思ったことも。それくらい、視界は"暗い"のだ。一度浮上すれば、見つけたごみに再びたどり着くのも難しかった。

海から上がった後も一苦労だった。ウエットスーツは真水で洗っても汚泥の臭いがなかなかとれず、鼻の奥までヘドロ臭がこびりついていた。レジャーダイビングで潜ってきた海とは雲泥の差。しかし、活動を止めようと思ったことは一度もない。むしろ潜ることのできる人間としての使命感が強まった。

「海底のごみは、すべてが捨てられたものではない。高潮被害で流されたものかもしれないし、誤って落としたものだってあるだろう。ただ、どれも本来海には存在しないもので、人間によって生まれた汚れなのだ。だからきれいにするのは人間の責任」と感じたからだ。

潜った人しか分からない海の底の様子--これを1人でも多くの人に伝えようと、潜る時は防水カメラで可能な限り海底ごみを撮影し、SNSにアップするようになった。加えて、ダイバー仲間やダイビングスクールの生徒たちを活動に誘った。「ダイバーは皆、海が好きなため、中には『きれいにしたい』という思いが先行し、無理をしてしまうこともある」。そのため、経験の浅い人にはベテランのバディをつけ、自身もサポートすることで、海底清掃の安全性を保つ。レジャーダイビングの何倍も気を使うが、とにかく海の現実を知ってもらいたかった。

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たった2時間の清掃で引き揚げられた海底ごみ

重労働とも言える海底清掃に、ボランティアとして積極的に参加し続ける理由は何なのだろうか? 「ただ単純に、大好きな海がきれいになると気持ちがいいから」。京瀧さんの答えはいたってシンプルだ。これからも地元の海を、環境を、気負わずにきれいにしていくつもりだという。

今年最初の海底清掃は7月25日、周南市大津島馬島でトヨタのハイブリットカーAQUAと山口新聞社の協力のもと「AQUA SOCIAL FES!! 2015~山口県 森・里・川・海 自然再生プロジェクト」として実施され、島のごみ拾いもする(定員先着100人、申し込みは公式ホームページから)。太平洋戦争末期に開発された人間魚雷「回天」の発射訓練基地跡が残り、回天記念館もある。戦後70年の今年8月はいつにも増して多くの人が大津島を訪れるだろう。「潜って集めることはできても、引き揚げて回収してくれる人がいなければきれいにならない。皆で力を合わせて海の底も陸も美しくし、訪れる人を迎えたい」。京瀧さんは、そう締めくくった。

(取材・執筆:山口新聞社 田辺清史)

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