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福島から横浜に自主避難していた中学1年男子がいじめられたことの報道について思う

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痛ましい話なのだが、ある意味であまりに典型的なことに思われて、なかなか言葉をあげる気になれなかった。あるいは、自分でも自分が同じことばかり書いていることに、いささか食傷気味になっていたのかもしれない。
 
しかしそれでも、同じことがくり返し起こるのならば、同じことをくり返し語ることにも意味があるだろう。
 
2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所事故には、日本の心理社会的な構造が、非常に色濃く影響している。そして、これと関連したものを子細に見るのならば、日本人が無意識的に規定されているものが明確になってくる。
 
この構造の一番の問題点は、本当に重要な点についてまともに考えないことであり、したがって明確な決断に至ることがなく、そして決断に関与した自覚がないので誰にも責任という意識が生じないことである。
 
思考と決断の不在・責任の意識の欠如は、次のようなカラクリで隠蔽され、個々人の意識の中からは排除される。日本的な集団や組織・個人は、個別の問題を解決するための作業機械へと変換される。忙しく機械として働くことで、葛藤や全体的な世界観が不在であることの不安はなだめられる。具体的な成果が目に見えること、そして仲間内で賞賛を交換することでこの努力は報われる。統合的・全体的な思考は見下される。
 
私の仕事は精神科医なのだが、この数年、加速度的に人のこころが変化していることを感じている。

その一つは「自分で考えること」への耐性の欠如が、年々ひどくなっていることだ。つい10年位前であっても、心理面接の場面で、本人の無意識的なものが現れているような事柄を示唆して「自分で考えてみるように」と促すと、それにまじめに取り組もうとしてくれる人の数は、もっと多かったように思う。

しかし最近は、「具体的な助言をしない」私の落ち度であると、逆に責められることが増えた。そのことにも一理はあり、また私の方もそれに慣れてきたのであるが、それだけでよいのだろうかという一抹の不安は残る。
 
集団全体として解決されていない葛藤や不安がある時に、それは弱い立場のものへと向けられやすい。その無意識的・前意識的な不安を刺激するような対象が、スケープゴートとして選ばれる。
 
矛盾や葛藤の現場に投入された者は、どんな行為を選択しても、複数の矛盾する立場からの要請のすべてに応えることは不可能である。

しかし全体は、つまり全体に属する個人は自らの判断を放棄して全体に同一化することで、自らの不決断の責任を意識することもなく、起きていることの問題を、現場に巻き込まれた個人の問題へと変換し、その人物を批判し攻撃することで、その問題の解決に寄与した気分になれる。少なくとも、日常のムシャクシャを発散することはできる。
 
そして、その構造の渦中にある対象が、何らかの金銭や名誉を手にしているとなると、そこに強烈な羨望と攻撃性も混ざってくる。福島の原発事故に関連した話題では、賠償金の問題が、この件にかかわる人々の心理的な課題を複雑化し、その解決を困難にさせている。自主避難をしている人々への賠償はきわめて薄く、他の援助も少ないのだが、羨望などの無意識的な感情は不条理で、そういったことについての分別も失われている。
 
この構造が、不正であり、不公平であり、全く機能しないものであるのは明らかだ。
 
私たちは、原発をどうするのだろうか。
 
原発事故が起きたことの責任を、どのようにしめくくるのだろうか。
 
その課題について日本が全体として明確に思考することも、責任をともなう判断に至ることも、5年以上が経過してもまだ、成されてはいない。
 
個別の課題についての議論は盛んになされるが、全体の決断を志向しているものは少ないように思われる。すでにくり返し語られたようなことを、さらにくり返して、無難な道徳的なお題目の共有・確認に終わるのならば、そのような議論自体があまり顧みられなくなったとしても不思議はない。皮肉すぎる見かたかもしれないが、例えば放射線の健康影響の細かい数字にこだわり過ぎることも、全体について思考することを回避するための心理的防衛として働いていしまっているかのように見えることもある。
 
起きた出来事を、確認したいと思う。
 
原発事故後に福島から横浜に自主避難した中学1年生が、同級生からいじめを受けた。「賠償金があるだろう」と金銭を要求され、総額150万円ほども取られていた。「福島の人は、いじめられると思った」とも感じた。不登校があり、「死にたい」と思ったこともあったという。いじめがあった当時に在籍していた小学校などに相談したが、適切な対応を取ってもらえなかった。

 
私たちの社会は、この13歳の子どもに、多くのものを背負わせ過ぎている。
 
学校や教育委員会の問題は検証され、適切な対応がなされるべきである。しかし、そこだけに全ての責任を求めることも、私には疑似解決に思える。別のスケープゴートをつくっているだけだ。実際、もし自分がその生徒を担当する教諭であったとして、どこまでのことができただろうか。
 
目立つような成果は、すぐには出ないだろう。しかし、私たち一人一人が、それぞれの立場で、「原発事故が起きたこと」についての責任を果たしていくことを新たに担い、そのことを思い考え行動することを続けていくことが、必要なのだと思う。

 
私は当事者となった13歳の小学生の言葉から学びたいと思った。
 
「いままでなんかいも死のうとおもった。でもしんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくは生きるときめた」
 
子どもたちは、本当に、私たちの社会の希望だと思う。