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「こころの病」についての文化の成熟を

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筆者の仕事は精神科医である。「うつ病」が増加したと言われるが、本当の重症の「うつ病」の姿を知っている人の数は、多くはないかもしれない。病気のために全く思考や行動が妨げられていて、食事のような基本的な生活の動作も自力では不可能になってしまう。あるいは切羽詰った堂々巡りの思考にとらわれてしまい、常に自殺のことを考えている、そういう状態に陥ることがある。「うつ病など怠けで病気ではない」という大胆な主張をされる方が現在でも散見される。しかしそのような方でも、もし重症の「うつ病」患者の姿を見れば、これが明らかな脳や神経系を中心とした身体的な基盤のある病気であり、即座に強力な治療的介入が必要になることを納得いただけるだろう。そして、十分な治療を行って症状が改善し、必要な時間をかけて徐々に職場に復帰し、寛解状態にいたるという経過は、本人にとっても周囲にとっても理解しやすい。

それと比べると軽症の方が、本人も周囲も病気と納得することが難しい。特徴的な不眠のような「病気の症状」が、軽度ではあるが確認される。長い経過で周囲もいろいろと配慮しているが、再発をくり返している。そのような場合に、本人に十分な節制をしている様子がみられないと、周囲からの反感を受けることもありえるだろう。精神科医としても、「休養」を強調した指導を行うのが不適切と感じられる場合がある。

「心の病」で労災認定を受ける人が3年連続で過去最多を更新し、2012年度は475人だったという。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130621/bdy13062118060002-n1.htm

精神疾患への世間からの注目が増えたことは歓迎すべきことではある。しかし筆者は同時に、この数年の「メンタルヘルス」への急激な関心の高まりに対しては、やや危ういものを感じている。

現状の精神医学では、統計処理が可能となるような、科学的に信頼のおけるデータが重視されているが、それにこだわると「病気としては軽症だけれどいろいろと複雑な症例」は対象となりにくい。それに加えて、日本では近年にいたるまで入院を中心に精神医療が行われてきたため、社会的な様々な問題と密接に関わりあった患者への治療的な対応については、十分な経験の蓄積が行われていない。そもそも、総合病院の設置基準に精神科が必要とされていなかったり、臨床心理士が国家資格でなかったりするなど、日本では精神医療の重要性は認められていなかった。「社会の中での精神医療」は、これから発展していくことが望まれている。

社会科学や人文科学との連携を進め、それらとの責任分担を明確にしていくことも、これからの課題である。「過労」や「いじめ」が原因で、「うつ病」になるという単純な因果関係を認めることには、一精神科医としては抵抗を感じる。各事例についての詳細な検討がなされるべきであり、なかには「精神疾患」を強調するよりも、社会的な要因を中心に検討がなされるべき問題も含まれていると思われる。そのような、隣接する多様な領域と精神医療の協調関係も、いまだ十分に構築されてはいない。「分かりやすいストーリー」を作って大胆にそれに取り組むことが、この問題に対して妥当か否かの判断は、慎重に行いたい。

「精神医療」について、それを「認めるか認めないか」という水準で問題とされる時代は、終わりつつあるのだろう。ここに至るまでの、多くの先人たちの功績の偉大さに改めて敬意を表したい。それと同時に思うのは、「社会との関わりの中での治療」を行う文化を形成し、精神医療に負託された信頼に答えられるようになるためには、なされるべきことはまだ多くあるということである。