共同体についての意識の分裂と混乱

戦後の日本の為政者の一部は、法を尊重する意志が乏しかった。
時事通信社

文化の本質はやせ我慢にあると思う。

現政権が国会に提出している安全保障関連法案について、法学者が憲法違反と判断したことに対して政権中枢部が示した反応はショッキングだった。10年前ならば少なくともオモテとウラを使い分け、ウラのホンネとして隠されていたものが、何の恥じらいもなくオモテに出てきているのを見た思いだった。

著名な憲法学者の判断に対しての官房長官の回答は、「そうでない学者もたくさんいる」というものだった。自分の提案に反論されたことに対して、それを受け止めて論理的に反論をしようという意志は一切認められなかった。反対意見があれば、それに対抗する多数決という力を作り出せばよいと考えているのは明らかだった。そこから状況が進めば、「少数意見だから、そういうことを言ってみんなの輪を乱すのは、非国民だ」という非難が出現するまでの距離はとても近い。

今回の事件で、すぐに思い出したのは「砂川裁判」と、その経過についての信頼性に強い疑問を投げかけた吉田、新原、末浪による著書『検証・法治国家崩壊』だった。

砂川事件は、1957年に東京都砂川町(現立川市)にある米軍基地内に入ったデモの参加者23人が逮捕され、その中の7人が起訴されたという事件だった。その裁判を担当した東京地裁は、1959年3月30日に「米軍駐留は憲法第9条違反であり、砂川基地に立ち入った罪によって起訴された全員が無罪」という判決を下した(伊達秋雄裁判長)。そして、この判決は日米両政府に強い衝撃を与えた。通常ならばこれに続いて高裁への控訴という手続きが取られるのだが、この時にはきわめて珍しい最高裁判所への直接の上告が行われる跳躍上告という手続きがなされた。そして1959年9月7日から18日までのわずか10日あまりで口頭弁論が行われるという異例の速さで審理が行われ、同年の12月16日には、最高裁の大法廷にて「原判決を破棄する。本件を東京地方裁判所に差し戻す」という判決が行われた。その判決文の中には、「日米安保条約はわが国の存立の基礎にきわめて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものだ。だから、その内容が違憲か合憲かの法的判断は、その条約を締結した内閣と、それを承認した国会の高度の政治的、自由裁量的判断と表裏一体をなしている。それゆえ、違憲か合憲かの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない。だから、一見きわめて明白に違憲無効であると認められないかぎりは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである」とされた。

上の判決文で示されているような判断は「統治行為論」と呼ばれ、法の支配を徹底して主張する立場からは否定されることもあるようだが、日本では肯定する立場が多数となっていると聞く。

アメリカ国立公文書館に保管されていた、時間をへて秘密指定を解除された文書を調査した新原・末浪らは、砂川判決が出た直後から、アメリカ側の駐日アメリカ大使や駐日アメリカ主席公使・国務長官らと、日本側の外務大臣や最高裁長官らが頻回に会合を重ねて対応を検討していた記録を発見した。公開された秘密文書の中には、最高裁長官が、予想される判決の内容を1959年8月の段階で裁判の一方の当事者であるアメリカの大使に伝えていたことを証言するものも含まれていた。つまり、日本政府とアメリカ政府が当事者となった裁判で、日本における法の最高の権威を象徴する裁判所において、裁判官が一方の当事者に守秘義務に違反して職務の内容を伝えていたという大変スキャンダラスな事実が明らかになったのである。

もう一つ思い出されたのは、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故後に組織された、事故調査委員会の報告書である。そこでは、事故前の事業者と監督官庁との間の関係が問題とされた。本来対立する側面を持つはずの両者の間で、現場の技術格差を背景に東京電力による規制当局である原子力安全・保安院規制当局の「とり込み」が行われていたことが指摘されている。同報告書によると、津波のリスクに対する東京電力の姿勢は「学会等で津波に関する新しい知見が出された場合、本来ならば、リスクの発生可能性が高まったものと理解されるはずであるが、東電の場合は、リスクの発生可能性ではなく、リスクの経営に対する影響度が大きくなったものと理解されてきた。このことは、シビアアクシデントによって周辺住民の健康等に影響を与えること自体をリスクとして捉えるのではなく、対策を講じたり、既設炉を停止したり、訴訟上不利になることをリスクとして捉えていたことを意味する」というものだった。それを規制するはずの保安院の姿勢も、関連資料からは「既設炉への影響がない」ということを大前提として、事業者と共にSA(シビアアクシデント)規制化の落としどころを模索していたことがうかがえる」としている。本来ならば独立した存在であることが求められるはずの規制当局が、事業者と一体化してしまい、何らかの根拠があって設定された諸規則が、骨抜きにされていた。

戦後の日本の為政者の一部は、法を尊重する意志が乏しかった。

このような土壌がある中で、さらに現状のように行政の最上位の地位を任されている人々が、最も権威ある法である日本国憲法を軽んじていることを隠す必要もないと考えているのならば、国民の間に遵法意識を期待することはできない。国民の誰もが、自分の利益や都合によって法を自由に解釈すること、不都合が起きてもそれに反対する多数勢力を作り出してそれを無効にすることを、当然のように目指して実行するようになるだろう。

しかし筆者はこの問題を一部の為政者の問題としてそこに全責任を負わせ、それを弾劾するだけでは、問題の解決につながらないと考えている。同じ土壌には、同じような草が生え続けるだろう。このような事態がくり返されている日本社会や文化の問題を見つめ、それを乗り越えるための精神的な営みを、日本に暮らす一人一人が自らの課題として引き受けることが何としても必要とされている。

中根千枝の『タテ社会の人間関係』は1967年に刊行されたが、日本論についての名著として読み継がれている本である。この本の中には、中根の次のような指摘がある。私はこの中根の主張に、強く賛成している。

とにかく、痛感することは、「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり(人を従えたり)、影響され(影響を与え)ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである

冒頭に述べた、現政権の官房長官による安保関連法案についての一連の発言のようなものこそ、中根がこの文章を書き記した時に念頭に置いていた事態だろう。

同じ1967年には法学者の川島武宜が『日本人の法意識』という書物で、日本における伝統的な紛争解決方法を典型的に示す事例として,河竹黙阿弥の歌舞伎狂言『三人吉三廓初買』における「庚申塚の場」を挙げた。

この物語は「お嬢吉三という女装の悪党が夜鷹を殺して100両の金をうばいとるのを,お坊吉三という別の悪党が物かげから見ていて,お嬢吉三に対し『その金を渡せ』と要求した。お嬢吉三はそれを拒絶するので,二人は刀を抜いて,力づくでその金を争うそのところへ,和尚吉三という一枚上の大悪党があらわれて,この争の『中に立って双方を円くまとめる』」というあらすじである。そこでは,和尚吉三は自分の腕を切り落とすことを代償として呈示しつつ,お嬢吉三とお坊吉三に50両ずつを受け取ることによる調停を受け入れることを求めた。和尚吉三は二人が生活する業界の先輩で有名人だった。その和尚吉三が、自分たちの不足をたしなめるために「自分の両腕を差し出す」という犠牲を払う行為を提示して調停をはかったと、お嬢吉三とお坊吉三には体験された。和尚の「自分の腕を切り落とす」という一見すると自虐的な行為は、この物語では非常に強く報われ、二人は和尚吉三の子分となる約束を交わし、その上で50両については,一旦はお譲吉三とお坊吉三に渡された後に,改めて和尚吉三に上納された。この物語の和尚吉三の場合のように劇的な効果を発揮することは必ずしも多くはないが、社会的に格上とされる人物のある種の「自虐性」「自傷」につながるような行為では、そのことによって何らかの「押し付けられた罪悪感」を格下の相手に生じさせて、相手を操作することが意識的・無意識的に目指されている場合がある。

このような調整方法が有効であるような社会の状況について川島は,「一人一人の個人が独立して相互のあいだに社会的な関係をとりむすぶ,という近代市民社会的な構造がない」と説明した。同時に川島は、当事者のあいだで「黒白」を争い裁判官がその「黒白を明らかにする」という方法(訴訟)が、日本人の法意識にいかに適していなかったのかも説明した。

日本人の意識の中で、社会や共同体への意識が分裂したままで混乱し、一貫した態度を示すことが困難な精神的な状況が出現している。

共同体についての意識の一つは、三人吉三に示されるような、個人が共同体の中に融解して渾然一体となっているものである。

もう一つの意識は、極端に孤立した個人の意識が、それぞれ直接的な接触を最小限にして、可能な限り制度や道具を媒介に、社会的な役割を果たすことを交換しているというもの。

この二つの意識の統合が果たされないでは、一貫した責任主体を担える自我を備えた個人という精神性は現れず、民主主義は機能不全に陥ってしまう。社会の中に生きる個人の義務と権利を保護する法への信頼と尊敬は生じない。

しかし苦しい痛みを伴う統合のための精神的な営為は回避され、二つの意識を状況に応じて便利に使い分けることで安逸な生活を許容される状況が、社会の中に生じてしまっている。つまり、「法」や「個人の権利(人権)の尊重」は、タテマエはともかく、ホンネのところではほとんど価値がないと見なされている。その代わりに重要なのは、渾然一体とした共同体の内部の空気を読み間違わずに、力のあるところの近くにいて、その分け前に間違いなく与りつづけることと見なされるだろう。そのような共同体の内部では、理屈を語る人物はかえって軽蔑される。

このような精神性を国民全体の空気として継続することは、国際情勢が変化した現在では危険である。

日本的なナルシスズムを克服して、自我を確立することが目指されるべきだ。

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