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「アジア・アナーキー・アライアンス」、東京に登場

2014年03月16日 17時00分 JST | 更新 2014年05月15日 18時12分 JST

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オープニングレセプションにて、左からヤオ・レイヅォン、チェン・チンヤオ、チェン・ジンユエン、ヂャン・リーレン、ウー・ダークン

(写真撮影:Darryl Jingwen Wee)

東京 -- アートフェア東京開催中の先週末、東京では数多くのコンテンポラリー・アート系イベントや展示会が併せて開催され、特に3月8日の土曜日には、オープニングレセプションがあちこちで開かれていた。そんな中、特に印象的だったのがトーキョーワンダーサイト主催で4月20日まで行われる「アジア・アナーキー・アライアンス」のオープニング。台湾、日本及び他のアジアのアーティストたちの合同展だ。

アジア全体をまんべんなくカバーしようと試みているが、展示されているのは圧倒的に台湾のコンテンポラリー・アーティストによる作品である。まずチェン・ジエレンの≪The Route≫(2006年)というシングルチャンネル映像。これは、サッチャー政権時代不当に解雇されたリヴァプールの湾岸労働者500人がストライキを決行し、ネプチューン・ジェード丸からの荷降ろしを拒否した事件に触発され、同じようにストライキを行った高雄港の労働者たちを描いたもので、2006年リヴァプール・ビエンナーレのために制作されている。

さらにユェン・グァンミンの≪エネルギーの風景≫(2013年)もシングルチャンネル映像作品で、台湾のビーチで楽しそうに遊ぶ人々と原子力発電プラントや廃棄物貯蔵庫などの不気味な映像が、途切れることなく織り成すように表れる。福島原発事故3周年直前の日本で始まった展示会にふさわしく、また強烈なメッセージを感じる作品だ。

台北の關渡美術館チーフキュレーター、ウー・ダークン企画によるこの「アジア・アナーキー・アライアンス」は、脱民族国家主義の時代におけるアーティスト同士の「芸術的アライアンス」の可能性を探ることを目的にしている。が、昨今の日中間の政治的緊張や領土問題を考えると、そういう政治的現実が脱国家主義という理想的な仮説を阻んでいることは明白なように思われる。本展のかかげる「アライアンス」とは、それでは単なる希望的おとぎ話だろうか?

ウーはそういう仮説の面があることを認めつつも、決してそのことが作品に悪影響を及ぼしてはいないと断言する。「政治の世界と違い、アーティストは作品のなかで提示している意見や考えに、それほどの責任を負うべきではないと思います。哲学者や科学者もそうですが、芸術家というのはものごとに新しい見方をもたらす想像上の可能性を常に持っているのです。そしてそういう可能性は、必ずしも実現されなければならないものではありません。例えば、坂口恭平や西京人は、現実世界にはない仮想の国や都市を提案していますが、それらを通して我々は現実の状況を異なる角度から眺めることができるのです」

参加アーティストたちは「アジア人」という括りのなかにいるが、本展は決して地域的、地理的、あるいは文化的にアジア独自のアイデンティティを強調するものではない。これら展示作品はむしろ、後期資本主義固有の都市というコンテクストの中で暮らし、制作している全てのアーティストが、共通して抱えるジレンマを表しているとウーは見ている。

「アジア全体が21世紀の大きなグローバル化の真只中にいます。たくさんの大手多国籍企業が我々の生活の隅々にまで影響を及ぼしており、もはや個別の国や個人がどうこうできるレベルではありません。これら企業の我々に与えている影響たるや、国や民族性が及ぼす影響をはるかに超えているのです。ある意味、彼らの引いたルールに則っていくしかないというのが現状です。つまり、「アジア」のアイデンティティは国や地域というより、私が本展の企画趣旨に書いたように「ローカル・インターナショナリズム」にあると考えます。つまりアーティストたちは各地のローカルかつ独自のコンテクストに根ざしつつ、共通して多国籍性のもたらす影響や問題に対応する作品を作っているのです」

多国籍性という曖昧な言葉をテーマに掲げているため一見わかりにくいが、ウーの企画した本展はやはり現実の政治的社会的状況を色濃く反映している。また会場となっているトーキョーワンダーランドは東京のど真ん中にあり、結局のところ東京都が出資している訳で、東京という都市のイベントであることは明白だ。また、日本とウーの出身地である台湾との類似点が本展ではかなり見受けられるが、それは決して完全に偶然という訳ではあるまい。

「確かに台湾と日本は両方とも島国で、さらに文化的もしくは気質的に、あるいは人口動態的にも社会現象的にもかなり似通っています。高齢者人口の増加や、社会福祉システムの過負担状況などが共通しています。歴史的な経済発展もそうです。日本は欧米に肩を並べるに至ったアジア最初の国です。第二次世界大戦後、急激な経済成長を成し遂げ、それゆえにその急成長がもたらした様々な問題に直面してきたアジア最初の国でもあります」

「台湾もまた10年から15年遅れで、同じような状況になっています。実際、現在の日本の状況は、台湾やその他のアジアの国々の近い将来の姿として捉えることができます。 日本がいかに様々な問題に対応しているかを見て、そこから学ぶことは多いと思います」

「もちろんつい最近、2011年3月11日の東日本大震災と福島原発事故という惨事が、日本に大きな警鐘を鳴らしました。特に若い世代の人たちに対してですね。先日、日本の国会議事堂の前で行われた反原発のデモの撮影に行ったのですが、それを見ていて台湾でもこの週末(本展の開始日である3月8日)同じような抗議行動があることを思い出しました。政治的な行動や機運が一つの国から別の同じような状態にある国に波及し、ゆるい連鎖反応を起こしているのです。日本で起こっていることが、ある意味台湾がこれからなそうとすることを後押ししたり、逆に抑止したりしているのです。そのまた反対も同様です」

もう一つ本展で感じた興味深い点は、台湾の作家の作品と日本の作品とを比較して、政治的意図が相対的にどれほど見られるかを故意に示しているところだろう。ここでもウーの語る成長の軌跡(主に経済的な)において相似する両国の時間差が、その差異を説明していると思われる。

「60年代から70年代にかけての日本では、政治がアートに大きな影響を及ぼしていました。日米安保に関連した学生運動が盛んだったり、日本の連合赤軍が世間を騒がしていたりした頃です。ところが、一定の経済成長を成し遂げると、政府と一般の人々の間には暗黙の了解が生まれてきました。つまり、快適で豊かな生活さへ送ることができれば、政治には介入しないという了解です。それはまた、日本企業の厳格なまでのヒエラルキーが確立し、社会全体の構造もそれにならうようになった時期でもあります」

「台湾でも非常によく似た経緯があります。1980年代を通じ1987年の戒厳令解除まで、多くの極めて政治的なアート作品が生まれていました。ところが経済が安定し、生活が快適になるにつれ、アーティストたちもそろって商業マーケットに身を投じるようになりました。政治に関心がある若い人は少なくなり、さらにもっと若い世代では「クールじゃない」こととして忌避される傾向にすらあります。まさに台湾も、日本が辿ったのと同じ軌跡を辿り、アートの世界に政治を拒むようになったのです」

「アジア・アナーキー・アライアンス」はトーキョーワンダーサイト渋谷と本郷、及び東京都下の様々な提携場所において4月20日まで開催され、その後5月には台湾の關渡美術館に移って開催される。