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あふれる「境界」の狭間を広げる対話とは?─「東京迂回路研究」の実践

2016年02月10日 15時01分 JST | 更新 2017年02月08日 19時12分 JST

アーツカウンシル東京が展開する様々なプログラムの現場やそこに関わる人々の様子を見て・聞いて・考えて...ライターの若林朋子さんが特派員となりレポート形式でお送りするブログ「見聞日常」。

昨秋に開催された東京迂回路研究のフォーラム「対話は可能か?」を取材。今回は「共に生きるということを体感し、そのありようについて考える3日間」となったフォーラムの様子を、最終日に行われたシンポジウムを中心にレポートします。

(以下、2016年1月7日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)

近頃、「境界」という言葉によく行き当たる。新聞記事、美術展の名称、フェスティバルのテーマ、書籍の題名、シンポジウムや研究のタイトル──意識し始めると、本当によく見聞きする。

世界を見渡せば、境界の問題が噴出。東シナ海では「地理的中間線」で緊張が高まり、南シナ海でも攻防が続く。中東でも、かつて列強が設定した「国境線」が報復の連鎖を次々と引き起こす。長引くシリア内戦では、封鎖された国境で涙する難民が痛々しくテレビに映し出された。

男女の性の境界も、出生時に法的・社会的に割り当てられる2つの区分だけでは語れなくなった。2015年4月には東京都渋谷区が「同性パートナーシップ条例」(渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例)を施行。「婚姻は『両性』の合意のみに基づいて成立する」と定めた憲法を、時代が追い越していく。企業各社も、社員のジェンダーはもちろんのこと、「家族」向けの商品やサービスでの対応を急ぐ。

国のあり方も、人の生き方も、昔に比べて確実に多様で複雑になった。誰かが「こうあるべき」と線引きした瞬間から、例外の存在もまたひとつの「あり方」になっていく。多くの人が、線引きされた向こう側とこちら側で、不安を抱えて生きている。境界という言葉の頻出は、不安定な時代の象徴のように思える。

線引きによって不安を抱えながら生きる人々の問題を、「境界」という視点で切りとり、考える活動がある。取り組むのは、その名も「特定非営利活動法人 多様性と境界に関する対話と表現の研究所」。【多様性】と【境界】に関する諸問題に対し、【対話】と【表現】を通じて、新たな【迂回路】(diversity:多様性+division:境界=diver-sion ※造語)を作ることをミッションとし、「東京迂回路研究」を展開する。

研究所メンバーの長津結一郎さん、井尻貴子さん、三宅博子さんは、アートマネジメントや臨床哲学、音楽療法の専門家。3人のバックグラウンドの共通項は「障害とアート」で、多様性と境界について問題意識を共有していたことからNPOを立ち上げた。各々が障害のある人やセクシュアル・マイノリティなどの表現活動に携わった経験をいかし、線引きが引き起こす「同化と排除」の狭間で苦しむ人々の問題に向き合う。

【迂回路】とは、生きぬくための技法のこと。境界線の複雑さを引き受けながら、多様な価値観に基づく迂回路づくりを提案する。「生きるなかで、言いようのないもどかしさややりきれなさ、つらさやしんどさなどを感じたとしても、抜け道をみつけたり、寄り道をしたりすることで、既存の枠組みや境界をずらし、歩きぬくことができるのではないだろうか」。

具体的には、「もやもやフィールドワーク」と称する「対話型実践研究」を重ねてきた。東京都および近郊の病院や障害者就労支援施設、託児所、宅老所、ケアに関わる団体などを訪問して関係者にヒアリングし、参与観察(調査編)。そこで得られた気づきを参加者と共有し、話し合う(報告と対話編)。そして、研究者をゲストに招いて、理論的・方法論的な視点からも考察を深める(分析編)。こうした、調査→報告→対話→分析のサイクルで回す研究の結果は、シンポジウムやジャーナル(以下写真)で一般にも共有する。研究者だけで完結せず、複数の意見を交えてこそ研究である、とのポリシーだ。

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報告書『JOURNAL 東京迂回路研究1』

去る9月4日〜6日、同研究所とアーツカウンシル東京、東京都が主催するフォーラム「対話は可能か?」が開催された。キャッチコピーのとおり、「共に生きるということを体感し、そのありようについて考える3日間」となった。会場には年齢層もさまざまな人が多数来場。リアルタイムで音声を認識し字幕を作成する情報支援システム「UDトーク」も導入されていた。

初日は、精神障害者就労継続支援施設に通う人々の幻聴・幻覚体験を基につくった「幻聴妄想かるた」を通じて、精神障害者の心の中を分かち合う「幻聴妄想かるた大会」。

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撮影:冨田了平

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撮影:冨田了平

2日目は、宅老所や託児所、アートプロジェクト、コミュニティセンター等の現場で毎日人々に寄り添う実践者たちが、「共に生きるということ」をテーマにトークセッション。

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撮影:冨田了平

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撮影:冨田了平

HIV/AIDS陽性者らが書いた手記の朗読・ライブ(「Living Together計画」とのコラボレーション)や、3日目の午前中にはカミングアウトをテーマにジェンダーやセクシュアリティなどについて、みんなでふわっとおしゃべりする「ふわカフェ」(国際基督教大学ジェンダー研究センター[CGS]とのコラボレーション)も行われた。

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撮影:冨田了平

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撮影:冨田了平

最終日の最後は、「対話は可能か?」と題した約4時間のシンポジウム。境界線による分断を前に、われわれはどのように振る舞い、迂回する道を見出して生きぬいていくのかを、「対話は可能か?」という言葉を手がかりに考える試みだ。

「マイノリティが生きやすくなるための対話」というだけでなく、もうすでに「共に生きている」多様な人々同士が、どのように生きぬいて対話できるのか。対話を求めていないような"大きな力"とどのように対峙していくのか。対話の持つ機能は何を可能にするのかを考えることもテーマとした。

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撮影:冨田了平

シンポジウムの冒頭は、写真家・齋藤陽道さんと同研究所・長津結一郎さんの対談が予定されていた。以前、『JOURNAL東京迂回路研究1』に掲載されていた齋藤さんの写真に一目ぼれし、原稿掲載用にお借りしたことがあった私は、このプログラムをとても楽しみにしていた。ところが、齋藤陽道さんらしき人がおらず、代理登壇したのは陽子さんで、齋藤さんの思いを代弁するという。

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陽子さんと長津さんとの公開筆談が始まった。会場は静まりかえる。時折会場から笑いが起き、スクリーンに映し出される文字の対話を、全員が目で追う。声についての話が筆談で続く。

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撮影:冨田了平

何が起きているのか把握できたのは、開始からもうだいぶたってからのことだった。登壇していたのは、なんと女装した齋藤陽道さんだったのだ。陽子さんだと思っていた齋藤さんご自身が耳が聞こえないことにもようやく気がついた。自分のあまりの鈍感さと予習不足に笑えたが、すべてが飲み込めた瞬間、私は「線引き」や「境界」の実体を見た気がした。自分も日々相当線を引きながら、物事を認識しているのだ。境界線には自分自身も投影されるのだと気がついた。線引きなしのまっさらな状態で齋藤陽道さんの写真に出合い、陽子さんの話を受け取ることができたのは幸いだった。

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齋藤陽道さんは、「対話は可能か?」というテーマに、こう応答した。「音声だけが声なのではない。他者の眼差しとぶつかり合い、言葉もなく心になだれ込んでくるもの、ただ見つめ合ったり、ただ存在したりすること自体が、もう既に声なのだ」。「佇まいや仕草、目線、そういうところを見て自分は写真を撮っているけれど、それでも十分、いやとてもいい写真がとれる」。そうだった、私が齋藤陽道さんの写真に一目ぼれしたのは、いびきや寝息、歓声や挨拶、食器の音まで聞こえてくるように思えたからだった。

筆談相手の長津さんは、前日のプログラムで参加者から「手話はダンスなのだと思った」という感想があったことを引いて、「齋藤さんは、言葉ではない要素で、言葉で伝えるものとは異なるものまで伝えているように僕には見える」と語った。「対話」が成立するというのは、どういうことなのか。言語、音声、相手との関係性、思い込みや先入観、境界線の太さ...普段考えてもみなかったことを思いめぐらす。齋藤陽道さん×長津結一郎さんの筆談トークに、冒頭から揺さぶりをかけられた。

続くパネルディスカッションは、3人のゲストを迎えて、「対話は可能か?」というテーマにストレートに切り込んだ。

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撮影:冨田了平

ゲスト登壇者は、障害のある人や日本に暮らす外国籍の人々など、抑圧されている人やマイノリティの立ち位置に対する問題意識や視点を作品化してきた高嶺格さん(美術家)。日雇い労働者のまち、大阪・釜ヶ崎で元日雇い労働者や受刑者、生きづらさを抱える人々が社会と再接続できるよう「生きていくための表現活動」を行う上田假奈代さん(特定非営利活動法人 こえとことばとこころの部屋[ココルーム]代表)。高齢者介護に携わって17年、3年半前に少人数制デイサービスを立ち上げ、高齢者や周囲の人々の喜怒哀楽に寄り添う細川鉄平さん(通所介護事業所「凡」代表)。

境界線に、ゲストたちはどのように向き合って迂回路を見出しているのだろうか。登壇者の発言を引用しながらレポートしたい。

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「対話は可能か」という命題に対して、高嶺さんは、「もともとそのことに興味のある人と無い人がいる。自分は興味がある側で、1日1回は考える」と指摘。一方で、「他者と時間を共有するということが、いかに幻想かということも感じる」という。細川さんも、「知った人同士で話しているよりも、知らない人と話して、知らないことを知るほうが、自分はどちらかといえば好きだ」という。

その前提があることを共有した上で、細川さんから、「可能/不可能」について発言があった。「対話の可能性のあるなしではなくて、対話せざるをえない、位置づけないとしょうがない関係性もある。家族はその一番身近な例。通所介護事業所「凡」も同じ。そういう関係性では、対話することを待つ」のだという。

「対話する目的を問われれば、相手を変えようとか、何か実のある議論をしようということでは一切なくて、しゃべっている間は待っているんです。いつか来るであろう、波が収まる時をひたすら待っている。怒っていたり何か切迫していても、関係ないことでも、とりあえず応答して、やり取りを続けて、お互いが納得するところを、ひたすら待って、ひたすらしゃべるしかない。お互いとことん付き合ったし、『もう帰る』なんて言わないで納得しましょうとなる、その時を待つ。対話の中身とか、対話が可能かどうかというより、時間つぶしなんです。」

「凡」には、常に第3者がいて、怒ったり閉じたり、好き・きらいというようなことが起こり続けている。「だから、わからない言動があっても、だんだんたいしたことなくなってくる。弱さを抱えている人がいてくれるほうが、僕らのほうが救われるんです。意味とか、役割とか、対費用効果とかよりも、粗相してしまった人が『こんな目をしていた』ということのほうが、よっぽど僕には重要です。」

ココルームの上田さんは、「対話ができるかどうか」については、「希望的観測を持つようにしている」という。「その瞬間には、判断をくださないように心がけています。二度と会わないかもしれない他者に対して、自分はどのように振る舞い、何を語り掛けるのか。そのときは傷つくことがあっても、不確実なことに対して希望的観測を持つようにしている。それが活動を続けるコツです。」

障害のある木村さんを作品化した高嶺さんは、「木村さんと付き合うなかで、障害者の体を目前にして、それを自分の体にしみこませる作業をしていたのだと思う。障害という線があって、ここから障害者でここから先は健常者ということではなく、グラデーションだと思っているんです。この憑依は実践可能だったけれども、そうではない他者、たとえばイデオロギーの違いのある人との対話のほうが、よっぽどやっかいだと思い?