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基本法改正で問われる文化政策の原点─なぜ、文化に政策が必要なのか

大変なのはこれからだ。

2017年12月07日 11時10分 JST | 更新 19時間前

アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が展開する様々なプログラムの現場やそこに関わる人々の様子を見て・聞いて・考えて...ライターの若林朋子さんが特派員となりレポート形式でお送りするブログ「見聞日常」。

今回は、東京都がアーツカウンシル東京と共催し、東日本大震災の被災地域(岩手県、宮城県、福島県)のコミュニティに対して、現地の団体と協働してアートプログラムを実施している「東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業(Art Support Tohoku-Tokyo)」で開催したフォーラム「なぜ、文化に政策が必要なのか」の取材を振り返ります。

(以下、2017年9月26日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)

「文化芸術振興基本法」から「文化芸術基本法」へ

先の通常国会(第193回)が忖度問題に終始している間に、文化に関する大きな法律が議員立法で成立した。「文化芸術振興基本法の一部を改正する法律」である(6月23日に公布、施行)。この結果、2001年に国が初めて文化・芸術振興の基本理念と国・地方公共団体の責務を明文化した「文化芸術振興基本法」(以下、振興基本法)は、"振興"の2文字が消えて、「文化芸術基本法」と改められた。文化・芸術だけの振興にとどまらず、観光やまちづくり、福祉、教育、産業など幅広い分野と連携して、総合的な文化政策を推進しようというのが改正の趣旨である。

今回の法改正は、振興基本法制定の時と同様、ほとんど広く議論されることなく行われた。結果、前文に「表現の自由の重要性」が追記されたという画期的な改訂などもあまり注目されていない。

しかし、国が政策の対象とする「文化」の射程を広げることや、幅広い分野の施策を法律の範囲に取り入れることは、賛否は別として、それほど驚く内容ではなかった。2000年代初頭から、まちづくりや教育、医療・福祉分野等と連携した領域横断型のアートプロジェクトは多数行われてきており、文化政策はそうした動向を追いかけ、施策に取り入れるようになっていたからだ。民間の文化機関も10年前には領域横断的な文化政策の推進を提言していたし、文化庁も2014年には関連するテーマで調査を実施していた※1。実績も増え、政策としての社会的インパクトは確実にあるという手ごたえあっての法改正なのだろう。

大変なのはこれからだ。今後、幅広い領域と協働して文化政策を進めていくためには、相手の土俵でも通用する言語やロジック、そして、「手段」として消費されない芸術や文化の本質的な強度が今よりもさらに問われるだろう。

地方公共団体の文化振興の責務

今回の文化芸術基本法は、地方公共団体の責務を更新した。今後国が定めることになった「文化芸術推進基本計画」を参酌して、地元の実情に即した「地方文化芸術推進基本計画」を策定すること。その推進体制を整備するために、「文化芸術推進会議」などを設置すること、である。

これを受け、今後は全国の自治体が「文化芸術推進基本計画」の検討に取り掛かるはすだ。2001年に振興基本法ができた後も、各地で文化振興条例の制定が進んだ。文化庁の調査によれば※2、現在文化振興条例※3がある139自治体のうち、およそ9割(128件)が2001年以降に制定した。文化政策の指針等※4を2001年以降に策定した自治体も264にのぼる。今回も、法改正で規定された「基本計画」はもちろん、条例や指針の制定もさらに進むと思われる。条例の名称によく使われてきた「振興」の2文字も、「推進」に置き換わっていくのだろうか。

文化政策の地方分権の理想と現実

基本法に限らず、国が地方の文化政策を方向付ける傾向が、近年強まっている。最たる例は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に伴う「文化プログラム」の推進だ。開催都市東京だけでなく、全国の自治体も取り組む流れになっている。全国各地の文化政策の総合推進役と目されてきた「地域アーツカウンシル」も、今はもっぱら文化プログラムの普及とレガシーの定着が大きな仕事である。元来アーツカウンシルは、政治とは一定の距離を置いて、芸術の自由と独立性を保持しながら文化振興を行う機関。地域アーツカウンシルも、国の助成金を地域ごとに「再配分(リグラント)」する役割など、文化政策の地方分権を促すような機能が構想されていた。国の助成金を地域アーツカウンシルに配分し、地域事情に通じた地域アーツカウンシルが各地で助成事業を運営する仕組みだ。しかし、こうした仕組みづくりは、現在オリンピック・パラリンピックの文化プログラム推進の陰に隠れてしまっている。

文化庁は、2016年から「地域における文化施策推進体制の構築促進事業」で、現在は10に満たない地域アーツカウンシルを軌道に乗せる補助金を地方公共団体に拠出しているが、スタートアップ支援の色合いが強く、補助期間は1自治体につき3年間である。地域アーツカウンシルは、これまで、政策関係者や研究者によって導入が積極的に推進されてきたが、現実には予算や雇用、推進体制など多くの課題が山積している。制約も多く、アート関係者の期待に応えられないこともままあり、現場は狭間で苦労している。政策の理想と現場の実情に乖離があるのだ。国の補助金はインセンティブとしては大きいが、補助金終了後も安定的に運営していけるのか、先は見えない。結局のところ、問われているのは、自治体側の「変えていく覚悟」である。相応の文化予算を拠出し、専門人材を雇用し、決定権を現場に委ねることができるか─。

本当に必要とされる政策をどのようにつくるか

地域アーツカウンシルの難しさや、オリンピック・パラリンピック後の文化予算の減少、基本法改正による文化・芸術の「手段」化の懸念など、近頃の文化政策は心配点ばかりが話題になる。しかし政策の"エンドクライアント"ともいえる市民が文化・芸術に何を求めているのかは、ほとんど話題にされない。文化政策やアートの専門家、担当部局だけでの議論に陥ってはいないか。

本当に必要とされる文化政策は、どのように生まれ、どのようにつくることができるのだろう。

住民アンケートを実施したり、住民の代表が策定会議に参加したりする自治体もあれば、専門家のみで議論して最後にパブリックコメントを募集する自治体もある。文化担当以外の職員も参加する部署横断のワーキンググループで時間をかけて文化政策を勉強した上で、市民や専門家を交えた本会議に臨む稀有な自治体もある。

やはり、地域に暮らす人々が「文化や芸術を大事にするまちでよかった」と思えるような、自分も当事者の一人だと実感を持てる文化振興のためには、市民と自治体が、早い段階から日常的に対話を重ねていくことに尽きるのではないだろうか。

そこで思い出されるのが、福島県いわき市である。前回の本ブログで「専門家と行政を中心に決めるのではない新しい地域文化政策の胎動」と紹介した「マナビバ。」は、早い段階から行政と市民が対話の機会を持つ好例だった。

「マナビバ。」は、東日本大震災がもたらした地域課題の解決策をアートの視点から考え・学び・話し合う場としてNPO法人Wunder groundが 2014年に東京都、東京文化発信プロジェクト(当時)とともにスタート。ここに、2016年度はいわき市が共催する形で文化政策を率直に語りあう場がつくられた。「文化政策から、地域の未来をつくる」というテーマのもと、文化の対象の拡大や、地域の多様性を尊重する文化政策を考える2セッションを経て、昨年末には「なぜ、文化に政策が必要なのか」をテーマにフォーラムを開催した。

アールカウンシル東京

なぜ、文化に政策が必要なのか

振興基本法が改正され、オリンピック・パラリンピックを3年後に控え、地域アーツカウンシルの難しさも見えてきたいま、あらためてこのフォーラムで語られたことを振り返りたい。

各地で文化政策の助言役を務める小林真理氏からは、基調講演で「文化権」について紹介があった。文化や芸術は、人間や社会を豊かにするものであり、人々の生まれながらの権利であるという概念だ。だからこそ、その権利を保障し、人間(個人・集団・地域)の「クオリティ・オブ・ライフ」(よりよい生き方や暮らし)の支援に行政がどのように関わっていくかが重要で、それこそが文化政策だとした。その上で、文化は「緊急性」という点においては公共政策のなかで優先順位が低いが、継続しないと成果もあがらず、その地域の文化が存続し得ない。だから文化には政策が必要だと強調した。

小林氏によると、昨今は文化政策に主体的に取り組む自治体とそうでないところの温度差、格差が広がっているという。文化振興計画は、他の自治体の例をいくつか参照すれば形式的には簡単につくれてしまうが、そのようにつくられた計画は地域特性に応じた内容になっておらず、「その地域特有の文化」も見出せていないそうだ。「計画は、ただ作っても動かない。動かすシステムをどう組み立てるかが重要」と、大事な指摘があった。

アールカウンシル東京
小林真理氏(東京大学大学院教授)

神戸市の宮道成彦氏からは、まず「人口減少社会において、これからの文化を支えるのは誰かを考えねばならない」と問題提起があった。今までは、ごく一部の文化・芸術に理解のある人々が支えてきたが、今後はその数は確実に減っていく。しかし、宮道氏は、文化の価値を理解し、享受する人、支える側になる人は、まだまだいるはずだと考えているという。「行政は、そうした潜在層を支えるシステムをどのようにつくるか。地域、議会にも、いかに共感してもらえるか。そのために、政策が必要だ」と明言した。また、阪神・淡路大震災の経験も踏まえ、非常時に有効に働くシステムづくりも行政、政策の大事な役目だとした。

宮道氏から紹介のあった「神戸文化創生都市宣言」(2004年12月)は印象深い。1995年の震災時に次第に芸術の力が認識されていった経験から、文化をいかした神戸をつくろうとの決意を込めて、商店主や文化人も関わってつくった宣言なのだという。いわき市にとってはもちろん、その地域特有の文化を可視化しようとしている全国の自治体にとっても、文言1つひとつが参考になる宣言文だ。

アーツカウンシル東京
宮道成彦氏(神戸市 文化創生都市づくり担当部長)

大分市の佐藤栄介氏からは、トイレを舞台とした現代美術展「おおいたトイレンナーレ2015」の事例が紹介された。本事業は、役所内公募事業に応じた職員提案で、「大分市アートを活かしたまちづくり事業」を具体化する企画として2013年に始動。3年仕込みで開催したことや、JR大分駅の新駅ビルや大分県立美術館のオープンなど、100年に1度の大規模開発との地域ブランディング的な関連についても話があった。文化部門だけでは企画実現に何年もかかると考え、地元の祭りなどの経験が長く、ネットワークもある商工労働観光部が担当した話は、座組みのあり方として興味深い。特徴的だったのは、トイレンナーレの準備期間中に「分市文化・芸術振興計画(2020わくわく大分 文化・芸術ゆめプラン)」(2014年)が策定され、トイレンナーレ終了後に「大分市総合計画」(2017年)ができたこと。つまり、文化政策ありきのプロジェクトではなかったのである。形になった事業を続けるための仕組みづくりと、総合計画との整合が目下の検討事項だという点も、示唆に富む。

アーツカウンシル東京
佐藤栄介氏(大分市アートを活かしたまちづくり担当)

文化とは何かという自分なりの考えを持つことが大事だと語ったいわき芸術文化交流館アリオス支配人の大石時雄氏は、「文化とは、その土地で生まれ、広く伝わって、長い時間をかけてそこに定着したもの/ことの総称。生活の営みそのもの」と自身の定義を共有した。その上で、人口減少社会であり、アートに関心のない人が圧倒的に多いなかでは、アートを起点に考えず他分野で勝負するしかないと述べた。だからこそアリオスでは、アートに関心のない人々にも日常的に足を運んでもらえる施設を目指して工夫しているという。スタッフ自らがまちに出て、そこに暮らす人々にとっての文化を見出す取り組みも大事にする。アリオスの活動に対して、パネラーの小林氏が「そこに住んでいる人が文化とは思っていないかもしれないけれど、文化的な営みを拾い上げることは重要だ」と分析すると、大石氏は「お金に換算できないものに価値を見出して、そこに道筋をつけること。みんながつながっていける価値あるものは何かを見つけることが文化政策だ」と応じた。まずは地元がすばらしいと評価し、求めるものを受け止め、そこに文化・芸術のアイデンティティであるアーティストを加えていくという形が、大石氏、アリオスの発想の根底にある。

アーツカウンシル東京
大石時雄氏(いわき芸術文化交流館アリオス 支配人)

モデレーターの森司氏に「実際に誰がどのようにプロジェクトを動かすのか?」と問われると、佐藤氏はおおいたトイレンナーレでは資金や責任は市の役割、実践は多様な人々が参加する実行委員会、専門性はアーティストという役割分担だったと紹介。宮道氏は「プロジェクトのなかで、行政がどこで働けるのかを考えることが大事だ」と述べ、行政が動くとより効果的な場面があることを示唆した。大石氏は、実践面では"つなぎ手"の存在が必要だと指摘。さらに、「政策はそこに暮らす人とどう関わるかということであり、文化だけではなく、地域とどう向き合い、地域をどのようにデザインするかという考え方が重要だ」と強調した。小林氏は、「取り持つ/つなぐ」も行政の役目だとして、「つなげるための仕組みづくりが重要である。そのためには現場を知らないとつなげないし、最終的に自信を持って"これが私たちの文化"だと言えないといけない」と指摘した。

役割分担は必要でありながらも、つなぎ手の存在は不可欠だという指摘は、過去2回の「マナビバ。」でもたびたびあった。文化政策は地域のデザインであるという視点も、今後ますます重視されていくだろう。

アーツカウンシル東京
右:森司氏(アーツカウンシル東京)

最後に、経験豊富な登壇者たちの、事前打ち合わせでの議論を共有したい。

「条例や振興計画は首長が変われば大きく変わり、現場的には有名無実になることもある。魂をこめてつくったものでも、危ういものだ。時代も変わっていくなかで、長期計画をつくる意味がどこまであるのだろうと考えてしまうこともある。重要なのは、つくった後に実体化されることである。文化政策は、『つくること』と『機能させること』を結ぶことが、何よりも大切なのだ」

「なぜ、文化に政策が必要なのか」を出発点に、「つくること」と「機能させること」を両輪で考え、それらをどう結ぶかが、過渡期にある文化政策の大きな課題である。

アーツカウンシル東京
会場風景

※1:「平成26年度 関係機関横断的な文化政策の展開に係る戦略構築のための調査研究事業」(2015年、ニッセイ基礎研究所、文化庁委託事業)

※2:「地方における文化行政の状況について(平成27年度)」(2017年、文化庁、PDF)

※3:地方公共団体における文化振興全般について規定する条例 (基金や文化施設等の管理運営に関する条例、文化財保護関係条例などは除く)。

※4:地方公共団体における文化振興全般、市民や文化団体による芸術文化振興について規定する計画、指針等(計画、指針、ビジョン、プラン、方針、構想など名称は問わない)

取材・文:若林朋子

写真提供:NPO法人Wunder ground

プロジェクト・団体概要
マナビバ。~文化政策から、地域の未来をつくる~
「福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYO」の2016年度の公式プログラム。「マナビバ。」とは、震災がもたらした地域の課題と解決策を文化・芸術、アートの視点から探り、これからの福島について、考え・学び・話し合う場として、2014年にスタートした事業。


  • 主催:いわき市、いわき芸術文化交流館アリオス、福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団、特定非営利活動法人Wunder ground

フォーラム「なぜ、文化に政策が必要なのか」
  • 日時:2016年12月18日(日)
  • 会場:いわき産業創造館企画展示ホール(福島県いわき市平字田町120 LATOV6F)
  • 内容:基調講演、事例発表2件、パネルディスカッション
  • ゲスト:小林真理(東京大学大学院 人文社会系研究科文化資源学研究専攻 教授)宮道成彦(神戸市 市民参画推進局 文化交流部 文化創生都市づくり担当部長)、佐藤栄介(大分市 商工労働観光部 商工労政課 アートを活かしたまちづくり担当)、大石時雄(いわき芸術文化交流館アリオス 支配人)
  • モデレーター:森司(アーツカウンシル東京 事業推進室 事業調整課長)

特定非営利活動法人Wunder ground
2011年より、いわきを中心に活動をしているアートマネジメント集団。2013年より「福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo」の事務局として、福島県内全域での活動も展開。2014年より、 いわきまちなかアートフェスティバル「玄玄天」 をいわき市平で開催している。
http://iwaki.wangura.net/

(2017年9月26日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)