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〈公共〉ということ―東京から

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アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムをご紹介します。

今回は、アーツカウンシル東京カウンシルボード委員であり東京大学大学院教授の内野儀氏に執筆いただきました。

(以下、2016年8月5日アーツカウンシル東京「コラム&インタビュー」より転載)

前稿「〈公共〉ということ―ベルリンから」では、ベルリンの主として舞台芸術におけるいわゆる〈公共〉性とその社会的使命について書かせていただきました。

ドイツの公共劇場においては、演目を含むその運営について、「社会性」が前提とされ、「社会的使命に忠実」であるか、「社会的使命と想定されるものの価値転倒的な問い直し」であるかが、常に意識されているという話でした。

今現在、公共劇場の経済的基盤、思想的基盤―そこから派生する美学的諸問題―はグローバル化の影響を受けつつあるものの、「娯楽性=商業性」は基本的には顧慮されずにきているということにも触れました。

そこでははっきり書きませんでしたが、要するに、ドイツの公共劇場そして舞台芸術はひろく人々に認知されている〈制度〉であるということになりましょうか。

それでは、東京2020オリンピック・パラリンピックと、それらとともに行われるらしい文化プログラムの実施を控えている東京という都市における舞台芸術にかかわる〈公共〉はどうなっているのか?ここでは、私見を少々書かせていただきたいと思います。

西洋(この場合、基本的には大陸西ヨーロッパ、それもフランス・ドイツを指す場合が多く、場合によっては英国のこともある)を模範に近代化を進めてきたとされる日本ですが、古典芸能をのぞく舞台芸術においては、いわゆるバブル期が終わる時期まで、本格的に整備された公的助成金もなければ公共劇場と呼べる組織も存在していませんでした(民間の財団ではありますが、1987年創設のセゾン文化財団―現在は公益財団法人―が、舞台芸術への助成を先駆的に行っていました)。

そんななか、1990年に開場した水戸芸術館ACM劇場がおそらく史上初の大陸ヨーロッパ型の公共劇場だったと思われます。演出家の鈴木忠志氏の指導のもと、ここでは鈴木氏の演劇美学に沿った劇場が設計・建設され、所属の劇団とスタッフが存在していました。

その後、鈴木氏は静岡県においても、静岡芸術劇場や舞台芸術公園といった、より規模の大きな公共劇場的空間と組織の創設に尽力し、静岡については、今は演出家の宮城聰氏がその理念を引き継いでいます。

この間、1997年の新国立劇場の開設が象徴するように、大陸西ヨーロッパ型の公共劇場を模範にして(と想像しているのですが)、芸術監督制を採用した公共劇場がいくつかできることになります。

その背景には、1990年の芸術文化振興基金の設立以降、国家、より具体的には文化庁を中心とした国政機関からの公的助成金が整備され、その額が、少なくとも近年までは、増大していったということがあるでしょう。

と同時に、この事態が、国内的には経済不況がつづいた時期にあたっており、広い意味での国内市場や経済活動そのものは縮小していっていたなかでのことだった、ということにも注意が必要です。

わたしはいち批評家として、〈公共〉という理念を議論すべきであるといったようなことを以前、書いていましたが、批評が力を持ち得ないこの国の舞台芸術界においては、なかなかオープンな議論は進まないままで、ヨーロッパ型の公共劇場を目指すのか、あるいは、日本演劇の歴史的文脈にのっとった新しいタイプの公共劇場を目指すのか、はっきりしないかたちでずるずると時間が経過したように思っています。

半ば自戒を込めてではありますが、「なるようになった」というか、「なるようにしかならなかった」というふうに見えているわけです。

新国立劇場には、開場後しばらくして演劇研修所(2005年)ができるなど、ヨーロッパ型の公共劇場にならうような動きもありますが、全体としてみれば、ほぼすべての公共劇場において、その組織のあり方については、水戸と静岡の事例をのぞけば、所属劇団は存在せず、芸術監督がフルタイム/常勤ではない、というのがデフォルトになっていったようです。

フルタイムではないというのはつまり、人事権や予算決定権を明示的には与えられていないということで、芸術的責任をとるということに名目上はなっているのかもしれませんが、人事権も予算決定権もないのに、責任などとれないのは自明のことでしょう。

それでも新国立劇場の場合は、かなりの数の常勤スタッフはいるようなので、自治体系の公共劇場よりは恵まれている、ということになるのかもしれません。

ただ、ちょっと距離を置いてみると、ふんだんな予算があるように見受けられる新国立劇場でさえ、日本の行政システムの「写し絵」のようになっていて、トップ(=芸術監督)は頻繁に代わるが、官僚(=常勤スタッフ)は代わらないということで、一時期国政レベルで話題になった「官僚支配」と同じ問題があるように思えてしまいます。

数年前の芸術監督交代問題(2008年)というのは、その矛盾がちょっとだけ吹き出した事例でしたが、このコラムの読者で、この問題を覚えている人がどれくらいおられるでしょうか。

ドイツの公共劇場のような全権をもった劇場監督(芸術監督)がほぼ存在しないどころか、自前のスタッフすらあまりいない自治体系の公共劇場にいたっては、結果的に、制作そのものを外部の業者に委託することが多くなってしまいます。

その結果、ヨーロッパやアメリカ合衆国でははっきりしているような商業演劇/劇場と公共演劇/劇場の区別さえ、よくわからないということになっています。

それは、新自由主義批判でよく登場する〈公〉/〈公共圏〉のプライヴァティゼーション―私物化とか民営化とか訳すとちょっとちがうので、カタカナ表記にします―というグローバリゼーションがもたらした事態と、わたしにはどうしても重なって見えてしまうのです。

公的資金(税金)を私企業がもっていく(予算を執行する)ということです。もちろん、公共事業といわれるものは今も昔も基本的にそうであり、法的問題があるわけではないですが、グローバリゼーションと新自由主義で大きく変わったのは、これまでは〈公〉が担うべきとされてきた領域―もっともわかりやすいのは軍隊ですが―に私企業が参入して、公共事業化するというのか、利潤の確保/資本の蓄積のために、その領域を支配する活動をするようになった、ということです。

そのことの弊害はもうずいぶん長い間指摘され、批判されていますが、改善されたという話は聞きません。

日本の公共劇場のほぼすべては、こうしてみると、当初から、〈公〉が全面的に担うべきとはされていなかった一種の公共事業的位置づけをされていたということになります。

わたしも関係している大学組織でいうなら、いわゆる国公立大学ではなく、私立大学の扱いだったということになります。

それが何かの、あるいは誰かの決断の結果なのか、ただ単に、バブル崩壊期にあって、終身雇用の人件費は出せないが、年度ごとの補助金・助成金なら出す、という現実的な判断であったのかはわかりません。

おそらく現実は、ケースバイケースであるのでしょうが、いずれにせよ、結果的には、公共劇場/演劇と商業劇場/演劇との差異が見えないという結果をもたらしたことは認めておく必要があるでしょう。

もっともわかりやすい例としては、ベルリンの公共劇場では、オペラであっても、税金が投入されている関係上、入場料はかなり低く抑えられています。

他方、日本の場合はどうか。わたし個人でしっかり調べたわけではないですが、商業演劇/劇場の入場料と公共演劇/劇場の入場料がどれくらいちがうのか、どこかに統計がないでしょうか。

税金が投入されているとするなら、その分、入場料が安く抑えられてしかるべきだと思うのですが、そういうふうにはなっていないように感じてしまうのです(間違っているかもしれないので、その場合は、どうかご指摘ください)。

あるいは、現状では、公共劇場におけるプログラミングの評価は、ドイツの場合のように、メディアと専門家/有識者(研究者を含む知識人や同業者)による公的な言説空間における評価ではなく、観客動員数のみに依拠するしかありません。

ですから、「社会的使命」など関係なく、そのときどきの流行にしたがった演目をならべ、「人気」アーティスト、すなわち多くの場合はいわゆる芸能人を中心に起用するしかないので、商業的な演劇と区別がつかなくなるわけです。

わたしはここで、ドイツのような西ヨーロッパ型の公共劇場のシステムを導入すべきだ、と提案しているわけではありません。

一時期、そういう夢想をしていたことは確かにあったのですが、大規模な公的助成金が導入されて25年以上が経過し、各地に公共劇場ができていったなかで、水戸・静岡とごく少数の例外をのぞけば、誰もそういうシステムを導入しようとしなかったのだし、そのためのロビー活動をしたという話もあまり聞きません。

と同時に、ヨーロッパの公共劇場のシステムが、国民国家の形成から帝国主義に進む時代に育まれた〈制度〉であり、いわゆる支配的市民階級のため(だけ)の〈公共〉であったこともまた、考えておく必要がある歴史的事実です。

いまだにフランス「では」とかドイツ「では」とか言う人々がいることは重々知っていますが、それは単に無理、という話にしかならないとわたしは、今は思っています。

公的助成金が整備され、各地に公共劇場ができたこの25年というそれなりに長い時間、そういう主張をし、またロビー活動などして、恒久的な予算を確保するよう「団結」しなかったのですから、今さらむずかしいだろう、ということですが、歴史的経緯が異なる国・地域のシステムを何の媒介もなく移植するのは、明治維新のような革命的事態でもあれば別ですが、どう考えても無理だろう、ということです。

ただ、現状のままでよい/仕方がないと言っているわけではありません。

というのも、ちょうどこの時期、グローバリゼーション、ないしはポストモダニティと一般に称される状態が加速度的に進行し、世界史的な新局面に入っていることが、かなり広く意識化されたとわたしが理解しているからにほかなりません。

ベルリンあるいはドイツの公共劇場のシステム自体が、前回のコラムで書かせていただいたように、こうした時代状況に応じて、フリーシーンと呼ばれる〈シーン〉を活性化させているのはその典型的な兆候ですが、他方、公的助成金が整備され、公共劇場の建物と脆弱な組織だけが作られてきた日本では、その地理的歴史性に即応しつつ、時代状況に応じた〈公共〉の理念が作られ、共有される可能性が、逆説的に聞こえるかもしれませんが、まだあるのではないか、と考えています。

ユートピアンな提案だと思います。ただ、アメリカの批評家フレドリック・ジェイムソンが示す下記のような時代認識―元々、日本はそうだったという言い方も含め―は、多くの人たちに共有されているのではないでしょうか。

[前略]脱植民地化とともに、[中略]サバルタン的他者―自身を支配することはもちろん、自身のために語ることができない―が、歴史上初めて、サルトルが言ったことで知られるように、自身を語る声と自身の実存的自由を獲得したのである。いま、突如として、ブルジョワ(=中産階級)的主体は、他のかつての諸他者と同等なものとなり、新しい種類の無名性が世界の社会全体を占めるようになっている。これは善き無名性であり、それは、ここまである種の複雑な思いでその消滅をわたしたちが受け入れてきたブルジョワ(=中産階級的)個人主義と、いくぶんかの倫理的満足感をともなって、対立させうる無名性である。何億ものリアルな人びとがいまや存在し、それは何百万の自国民、自国語を話す人びとだけではないのである。(「単独性(シンギュラリティ)の美学(The Aesthetics of Singularity)」、New Left Review 92, 2015, p. 129.強調および()内補足と和訳は引用者。)

ブルジョワ的個人主義が浸透しなかった(とされる)日本語圏では上記のようなことは起きていない、となるでしょうか。あるいはその逆に、前からずっとそうだったということに?

いずれにせよ、SNS等の可視化装置の発達と広がりにより、同じ日本語を話す/書くとはいえ、また、「何億」ではないかもしれませんが、そこらじゅうに「他者」がいる、より正確には「諸他者」がいる、つまり、リアルに、そこらじゅうに了解不能な人びとがいる、ということが、今世紀に入ってからは特に、誰もが否が応でも自覚するようになったのではないでしょうか。

そして、わたしは、ジェイムソンの言う「善き無名性」という倫理的アイデンティティのカテゴリーに、大きな魅力と可能性を感じるのです。

こうした事態に直面しているわたしたちは、ジェイムソンに言わせれば、家族や地域、あるいは国家や国家的アイデンティティを喪失した脆弱な〈個=主体〉は、無名性の無数の〈個=主体〉がうごめく広大な領野に放り出されていることになります。

もちろんわたしたちは、そうした個のあり方に耐えられないために、「しばしば、より古い集団や宗教的構造へ退行したり、偽-伝統的エスニック・アイデンティティを発明したり」(ibid.)して救われようとします。

「その結果もたらされるのは、大量虐殺から贅沢な趣味までのあいだにあるなにかである」(ibid.)。広大な無名性の領野に放り出された主体(egoism)―これは〈剥き出しの生〉に晒された〈個=主体〉とアガンベン風に呼んでもいいです―と偽-集団性(pseudo-collectivity)の弁証法が、ポストモダニティの行為主体性にかかわる現実を構成しているとジェイムソンは考えるのです。

話がやや抽象的になってしまったかもしれませんが、1990年代のプチ・ナショナリズムと呼ばれた現象から、近年の排外主義や「日本の伝統に帰れ」という実証的根拠などないにもかかわらず(いつの、どの、だれの伝統に帰れというのか?)、それなりに人をひきつけているように見える呼びかけは、ここでジェイムソンが説明するグローバルな状況の、日本的な表現だと考えられるわけで、もしかしたら上記をお読みになった読者の方々にはもうすでに、これってまるっきり日本の話じゃないか、と思っていただけたかもしれません。

こうしてみると、現在顕在化/現実化している可視的に遍在する「善き無名性」とかかわる〈公共〉とは、他者の他者性を奪うことなく、ただそのものとしてたちあげるような〈場〉の別称だと考えるべきだとわたしは思うわけです。

演劇という形式は、その歴史的規定性により、「古い集団や宗教的構造」への「退行」を促したり、「偽-伝統的エスニック・アイデンティティ」を臆面もなく生産/ねつ造して分有しようとするメディウムであった/あることは否定できません。

それが、「贅沢な趣味」、すなわち高額な入場料を払って「みんなで」「感動」するためのものであれば、それほど罪はないのかもしれませんが、なにかのきっかけで逆方向に振れると、「大量虐殺」にいく〈心性〉を育むものだということを、わたしたちはよくよく考えなければならないでしょう。

したがって、演劇という形式は、「善き無名性」のための〈場〉になりえない、と断言したいところなのですが、わたしとしては、少なくとも今しばらくは、その手前で立ちどまっていたいと思っています。

日本の文脈において、といっても、その文脈そのものが、分断され、いろいろなところに穴があいていることは確かなわけですが、にもかかわらず、というべきか、だからこそ、というべきか、その文脈における「善き無名性」とは何か?何であり得るのか?それに〈場〉を与えることこそ、〈公共〉の使命ではないのか。

今のところ、「善き無名性」については、「・・・である」ではなく、「・・・ではない」としか定義できないところがむずかしいところです。

「・・・ではない」というなら、当たり前のことですが、それは、無名の俳優志望の若者のことでもなければ、社会から疎外されていると思い込んでいる者―それはふつう、〈疎外された者たち〉という伝統的近代を特徴づける偽-共同性へと退行するだけでしょう―の上演でもありません。

そうではなくて、(分断されているとはいえ、だからこそ、すぐに召還されるものとしての)共同体にとっての他者、すなわち国籍、エスニシティ、階級、ジェンダーやセクシュアリティ等についてみれば、それぞれの支配的カテゴリーには少なくとも属さない他者にこそ、「善き無名性」を胚胎する可能性があると考える必要があります。

もちろんそうした他者に対しては、偽-共同性に回収して他者の他者性を奪い、了解しようとする構造的力が、必ずや稼働することでしょう。

そうした力に抗うことは可能か?〈剥き出しの生〉に晒されていることを、そのまま晒すことはいかにすれば可能か?〈公共〉とは、そのことを問いつづけることを可能にする〈場〉なのだと、そして、演劇という虚構の形式には、その可能性がまだかすかにあると、ここではひとまずの結論として言わせていただきたいと思います。

(2016年8月5日アーツカウンシル東京「コラム&インタビュー」より転載)