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2016年は「VR元年」? 消えたグーグルグラス、3Dテレビにないものは  (井上未雪)

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Vive体験会場

■3次元お絵かき、くぐって下から見る
 
3次元でお絵描きするって、想像できますか?
 
実は簡単だ。まずテレビのリモコンのようなコントロールスティックを手に持つ。そしてボタンを押し、絵の具のチューブから絵の具をしぼり出す感覚で手を動かすだけ。すると、新体操で舞ったリボンが空間上にとどまったような絵が描かれる。その中をくぐったり、腰を屈めて見上げたりもできる。「私が描いた絵だよ」と言って友達に送ることもできる。
 
だがその「絵」は、現実のものではない。私はスキーのゴーグルのようなヘッドセットを装着していて、絵はゴーグルの中にしか存在しない「仮想空間」での絵なのだ。
 
これはグーグルが開発した「ティルトブラシ(Tilt Brush)」という新しいアプリだ。私は先月、東京・品川で開かれた「Japan VR Summit」で体験した。
 
体を動かせば縦横無尽。動ける範囲の限界に近づくと、空間上に浮かぶ十字サインが教えてくれる。「この先は行ってはいけませんよ」と。その範囲に動きが収まれば、現実世界の壁にぶつかることはない。
 
2次元の絵をつなぎ合わせるのではなく、最初から3次元でデザインを考える――そして、最初から3次元で発想する日も近いのではないかと感じた。
 
もう一つ体験した。こちらはゾンビが次々に襲ってくるゲームだ。
 
いすに座ってヘッドセットを装着する。コンピューターグラフィックが飛び込んでくる。サボテンの生える赤茶けた大地の映像だ。首を右に振ると右に見えるはずの景色が、左に振ると左に見えるはずの景色が見えてくる。
 
いすから立ってみる。手がある位置を見てみる。自分の手が見える。画像なのに、手があるべき位置に手があると安心する。自分がいると認識でき、体は赤茶けた大地に立っている感覚に乗っ取られる。
 
ゾンビが右に左に背後にいそうな気がして、360度回って確かめた。空を見上げればトンビが舞っていた。上空からも襲ってきそうで、頭のてっぺんもぞくぞくする。ゾンビが現れるたび「きゃああーーーー」。会場に私の叫び声が響きわたっていたかもしれない。ゾンビがリアルすぎなくてよかった。
 
ティルトブラシもゾンビのゲームも、仮想現実(VR)と呼ばれる技術の一つだ。わずか5分ほどの別空間への旅だったが、感覚を乗っ取られた感じがした。
 
人の視覚と聴覚がジャックされ、感覚に入り込んでくる没入感はこれまでのデバイスと全く違う。自分で制御するものの、自分の感覚が乗っ取られコントロールされている感じだ。 

対角線最大5メートルの 仮想空間の中で自由に体を動かすことができる台湾メーカーのHTCのVR「Vive」を試した。

■VR先進国だった日本の遅れ

もともとVRの考え方はそれほど新しいものではない。Japan VR Summitを、ゲーム大手グリーと共催した一般社団法人「VRコンソーシアム」会長で、脳科学者の藤井直敬さんは「私が生まれた年に最初のVRが生まれたんです」と話した。藤井さんは51歳なので、VRにも半世紀の歴史がある訳だが、私たちの生活に溶け込んでいるとは言えないだろう。

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VRサミットでモデレーターをつとめる人「VRコンソーシアム」会長の藤井直敬さん(左)
 
だが、最近の技術的進歩は目を見張るものがある。VRはもともとビデオゲームのようなコンピューターが作り出す「別世界」的なものだったが、最近は、実際の風景を360度で撮影し、それを忠実に再現してそこにいるかのような感覚を生み出す技術を指すことも多い。ティルトブラシのような全く新しい体験を生むものもある。
 
これまでは、高価で特殊な装置がないと本格的なVRは難しかったが、スマートフォンでもある程度の体験ができるようになり、手が届く値段のヘッドセットも販売されるようになった。
 
VR用ヘッドセットとしては、米オキュラス社の製品が知られている。これまで開発者向けに限定的に流通していたものだが、今年3月に一般向けの「Rift」の出荷を開始。業界のそんな盛り上がりもあり、今年2016年は「VR元年」とも呼ばれる。今回の会場も、VRに関係する企業や報道関係者で満員。関心の高さをうかがわせた。
 
モバイル中心のネットコンテンツを提供するgumiの國光宏尚社長は「2020年にはVRとAR(VRと似た技術で「拡張現実」と呼ばれる)の市場規模は、1200億ドルと予想される」と話した。
 
また台湾のメーカーHTCのRaymond Pao副社長は「VRの黎明期とされる現在は、ゲームのコンテンツが多いが、今後は医療、観光などさまざまな分野に展開される」と指摘。そして「VRだと3D(立体)のマインドで物事を考え、表現することができる世界(が当たり前)になる」。まさに、私がティルトブラシをしながら感じたことだ。
 
家具製造販売のIKEAは、「家具を置いたらどういう風に見えるか」を提供するサービスを持つ。またBMWが新車の開発にも活用している。米テレビFOXスポーツは、VR放送中継を実施するNextVRと共同で、VR放送の計画を発表している。日本でも不動産の「仮想内覧」に使っている企業がある。

今後は二次元のスクリーンの四角い画面にとらわれず、利用者が見たい視点から見ることができる映画やスポーツ観戦、旅行に実際行ったかのように体感できるコンテンツが積極的に開発され、こうしたBtoBの使われ方が拡大すれば、VR普及に弾みがつくと見込まれている。

このイベントを主催したグリーの荒木英士取締役は、デバイスやコンテンツの開発とVRスタートアップへ投資される資金を提供するベンチャーキャピタルの活性化というエコシステム(循環)が日本で成熟する必要性を訴える。「VRは根本的に人々の生活を変えるもので、欧米に比べて遅れているとされる日本の市場を皆で盛り上げていきたい」と話した。

■人間の認知や感覚そのものの概念を変えるVR

だが、今年は本当に「元年」になるのだろうか。不確定要素は少なくない。
 
VRのすごさは体験してみないとわからないからだ。関係者は「一度体験すると、いままでにない体験に驚き、一気に拡大する」というが、入手が比較的容易で便利さがすぐわかるスマートフォンと違って、VRの本当のすごさを味わうには技術的・コスト的な制約がまだ大きい。
 
藤井さんも警告する。
 
「日本ではセガや任天堂などがこれまで世界に先駆けてVR技術を開発してきたが、デバイスの開発は進んでもコンテンツの開発が追いつかなかった。連携が取れず、日本のVRの機運がしぼんだ」
 
歴史的にも、期待だけが先行し消えた技術や製品はいくらもある。数年前、3Dテレビが大ブームになったが、今はほとんど見ることがない。「生活を変える」と言われたグーグルのウェアラブル端末「グーグルグラス」は、一般向けの発売が見送られている。

結局、利用者に受け入れられるコンテンツが積極的に開発されなければ、VRはまたしぼんでしまうかもしれない。 

VRが3Dテレビと違うのは、VRゴーグルを脱いだ時、ジェットコースターに乗った後のような感覚が体中を駆け巡った。「VRは体験してみない限りそのすごさが分からない」といわれるがその通りだった。

現状では、目の前にあるものが「仮想」なのか「本物」なのかを区別できる。だからこそゲームとして成り立つのだろう。だが技術が発展すれば、映画「マトリックス」のように仮想と本物の境界のない体験も可能になるだろう。そうなると人間が認知する世界は、今の常識では測れなくなる。人間の認知や感覚そのものの概念を変える可能性をはらむVR。3Dテレビやグーグルグラスなどと同列には語れないと思う。

(朝日新聞社メディアラボ・井上未雪)

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HTCのRaymond Pao副社長

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グリーの荒木英士取締役

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VRサミットでのセッションの様子