アメリカに挑む 日本の若き起業家5傑

安倍晋三首相は今年4月、現地を訪れて「5年で200社の日本企業をシリコンバレーに送り込む」と宣言した。多くの日本人が「いざシリコンバレーへ」状態だ。

シリコンバレーに行きたい、と思って気合いを入れて訪ねても、最初は拍子抜けする人が少なくない。黒いリスが走り回る野原ばかりの田舎。外食は高い。ブルーボトルコーヒーはおいしいが、日本の清澄白河と青山でも飲める。最先端のテクノロジー企業が集まる地域といえども、SF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のように乗り物が空を飛んでいるわけではない。

シリコンバレーの魅力の源泉は、目に見える大げさな「箱物」や形のある「インフラ」では決してなく、都市が抱える無形の「人のパワー」だ。Google、Facebook、Appleといった世界的なIT企業の社員。人工知能や遺伝子の新興企業を作ろうとしている若者たち、さらにはスタンフォード大には、将来のスーパーエンジニアたちが集まり、そこら中に「すごい人たち」がウロウロしている。

カフェのはじっこの席でかちかちとパソコンを打っている人、アプリの「Meetup」を通してミニ集会に来る人、ビールとピザを飲みながら何気なく紹介される人。人に出会えばビジネスプランを一緒に磨いてくれ、採用を買って出るときもあれば、場合によっては資金調達を手伝ってくれる。

在サンフランシスコ総領事館によると、シリコンバレーを含む管内の日系企業は2007年の516社から、2014年は815社に増えた。安倍晋三首相は今年4月、現地を訪れて「5年で200社の日本企業をシリコンバレーに送り込む」と宣言した。多くの日本人が「いざシリコンバレーへ」状態だ。

しかし、乗り込んではみたものの、日本人にとって、現地の「人の輪」の中に入るのが難しい。行けば何とかなる面もあるが、ちょっとした「きっかけ」が必要だ。

米国と日本に拠点を置く「btrax」が開く Japan Night は、そうした場を提供するイベントのひとつだ。サンフランシスコ(広義のシリコンバレーの一部)に、日本の新進気鋭のベンチャー企業を連れて行き、現地の聴衆にビジネスの内容を聞いてもらう。その後のメディア露出や投資家と出会う大きなチャンスだ。

2015年10月、サンフランシスコに連れて行く企業を選ぶ審査会が東京都内で開かれた。「ひらがな」をモチーフにしたアクセサリーを作る会社から、音楽の演奏の仕方を変えてしまうサービスを展開する企業まで、次のスターベンチャーを目指す企業の創業者らが続々と集まり、数百人の前で英語のプレゼンをした。

5社が「ファイナリスト」に選ばれ、11月3日にサンフランシスコで開かれるプレゼン大会への切符を手にした。

(1) SPACEMARKET:寺や古民家、イベント会場などの空いているスペースを気軽に借りられるサービスを展開する。世の中の建物の付加価値を格段に上げている企業だ。

(2) Comic English:ゲームをしながら、人とチャットをする感覚で英語を学べる。アメコミ風のイラストがかっこいい。

(3) HiNative:こちらも言語学習サービス。世界各国の本物のネイティブスピーカーに、「自然な外国語」を教えてもらえる。

(4) Colavi:iPhoneで撮った動画をキレイに編集してくれる。私も取材で使ったことがあるが、今後は文章も動画も、ほぼ同時に作るジャーナリストが増えそう。

(5)Drivemode:車を運転中、簡単な操作でスマートフォンを使えるサービス。スマホに集中するあまり事故を起こしてしまう現代社会への問題提起でもある。

ちなみにこの5社を選んだ基準も公開された。(1)世界的にスケールする可能性(2)プレゼンのうまさ(3)ユーザーにとっての価値の高さ(4)ビジネスモデルの秀逸さ(5)テクノロジーの魅力、という軸を重視したという。

会場で様々な人と話していると、(2)のプレゼンのうまさ、を審査基準にすることに懐疑的な人に出会った。英語が流ちょうに話せる人がどうしても有利だし、ビジネスの中身より「ハッタリ」が効くケースもあるからだという。

外資系企業が日本進出のために幹部を採用する際、英語ができる人を重視した結果、フタを空けてみて仕事ができない人で困った、というケースは、たまに聞く。「英語力のみに高い値段をつけてしまった」問題だ。

上記のような批判は確かに当たるものの、プレゼン全体が持つ「迫力」は他の審査基準に勝るとも劣らず重要だと私は思う。実際、選ばれた上記の5社は、必ずしも、英語が抜群にうまいというわけでもなかった。発音は日本人風でも声を大きく出していたし、言葉につまっても、その間(ま)を聴衆を引き込むきっかけにしていた。

シリコンバレーには世界各国から優秀な人が集まる。尖ったビジネスプランを四六時中聞いている投資家や新規事業担当者も多く、差をアピールするのは難しい。彼らの「人の輪」に入るには、プレゼンの舞台や、パーティでのちょっとした自己紹介など耳目を集める時の、起業家自身の身振りや声の張りが効いてくる。

そもそも近代以前の中世においては、文字や言葉以上に、人間の動作が他人に訴えかける最良のコミュニケーションだった。阿部謹也「『教養』とは何か」(講談社現代新書)によると、石工職人の新入りはステップを間違えないダンスを踊ることで正当な職人として認められたという。同書では、日本においても、たとえば葬式では、お悔やみの言葉より、下を向いてブツブツつぶやく「動作」が、日本という世間に加わるために重要であることも指摘されているが、シリコンバレーも所詮は世間である。自分たちの村社会やグループに合うかどうか。言葉を聞きつつ、身振り手振りを見ている。

それは、ルー大柴的な「大げさな外国人」のような振る舞いが良いというわけでもなく、日本人同士とは違う文化圏の人と向き合う覚悟のようなものだ。選ばれた5社がいかに、間違いのない、迫力あるステップを踏むことができるか。決戦はもうすぐだ。

竹下隆一郎 1979年生まれ。朝日新聞メディアラボ・2014年-2015年スタンフォード大学客員研究員

Email: takeshita-r@asahi.com

Twitter ID:@ryuichirot

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