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ピカソの稀少芸術が解体!? ノルウェーのテロ爆発現場の未来で議論

2014年12月03日 17時40分 JST | 更新 2015年02月01日 19時12分 JST

世界的な画家、パブロ・ピカソが残した稀少作品が、ノルウェー政府の決断により、取り壊されようとしています。一体なにが起きているのでしょうか?

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議論の対象となっているピカソの『漁師』 とYブロックPhoto: Trond Isaksen/Statsbygg

2011年7月22日、アンネシュ・ベーリン・ブレイヴィークによる残酷な連続テロ事件は、政府庁舎爆破事件で8人、ウトヤ島銃乱射事件で69人もの命を奪いました。損傷を受けた政府庁舎は、大規模な改修が必要とされています。現在、国内で議論となっているのが、この首都オスロにある建築物の行方です。

政府庁舎はいくつかの建物群で構成されており、そのうち2つの建物には大きな芸術価値があるとされています。激しい損傷を受けた、中心部に建つ「高層ブロック」(ノルウェー語ではHøyblokka)と、Y字型の形をしている「Yブロック」(Y-blokka)です。

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テロ事件から3年目、2014年7月22日の様子。記念碑には花が手向けられていた。右側のシートで覆われているのが高層ブロック、左側が取り壊される予定のYブロック Photo: Asaki Abumi

政府が「解体する」と最終決定→反発の声、強まる

当初、ノルウェー政府はこの両方の建物を解体し、新・政府庁舎を建てるとしていましたが、世論の反発もあり、2014年5月に「高層ブロックは残し、Yブロックを解体する」と発表・最終決断をくだしました。一部の国内外の建築関係者はこれに猛反発! 「Yブロックも残すべきだ」という声が次第に強まっています。なぜこの建物の保存に強くこだわる人たちがいるのでしょうか?

実は、政府庁舎は丸ごと芸術作品

両館は、ノルウェー人建築家のアーリン・ヴィクショによって設計されました。ニューヨークにある国際連合本部ビルからインスピレーションを受けた高層ブロックは1958年に完成、ユネスコ ニューヨーク本部からインスピレーションを受けたYブロックは1969年に完成したものです。

ブルータリズムという建築様式で、コンクリート素材を用いており、装飾デザインは複数の芸術家が担当、オスロにある代表的な建築物のひとつです。特に、Yブロックは世界的に有名なパブロ・ピカソによる2つの稀少な作品、『漁師』(The Fishermen)と『カモメ』(The Seagull)を含みます

両作品の下図を描いたのがピカソで、そのスケッチをノルウェー人建築家のカール・ネシャールがサンドブラストという技術によって完成させました。他にも、建物内部には高度な建築技術が隅々で採用されています。

建築関係者「国際的な芸術作品を壊すなんて、本気ですか?」

ノルウェーデザイン建築センターDogAに勤務する、建築ディレクターのへーゲ・マリア・エーリクソン氏は、「文化的価値のあるYブロックを解体するなどあり得ない」と政府の決定に警鐘を鳴らしています。

ノルウェー政府の言い分、「安全面と、よりより市民空間のために」

政府は、Yブロック解体の理由として、主に3つの理由を挙げています。

  • 第一に、安全面。

現在の建物の一部は一般道路をまたいでおり、外部攻撃の際に狙われやすいという弱点が指摘されています。

  • 第二に、よりよい公共空間。

都市開発のための機能的なパブリックスペースという観点から、現在Yブロックがある土地をオープンスペースとして使用したほうが、市民生活の役にたつということ。

  • 第三に、政府一極集中。

分散されていた省庁を、政府庁舎に集中させることで、連帯力を強める狙い。人員増加でさらなるスペースが必要とされるために、高層建築物を建てたい。

ピカソの壁絵は取り外され、他の場所へと移動し保存されることになります。しかし、「高層ブロックとYブロックはもともと一体としてデザインされたもので、一部がなくなれば芸術価値がなくなる」と反発の声も目立ちます。

ピカソの家族は驚いたが、最終的には同意

政府は当初ピカソの家族に一連の流れを知らせていませんでしたが、ノルウェーメディアからの取材が殺到したことにより、「そのような話は聞いていない」と驚愕。2014年9月にオスロを訪問し、政府から説明を受けた上で、作品を移動させることに同意しました。ノルウェー国内では、「家族はNOと言う事もできたのでは」という残念な声も聞かれます。

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Yの形状をしているYブロック Photo: Teigen Fotoatelier/Dextra Photo

民主主義国家なのに、政府が強行決定した?

一部の建築関係者を中心に人々が政府に反発している大きな理由が、今回の決定が、ノルウェーという国が舞台でありながら、一般に「クローズ」な状態で決定された印象が強いことが挙げられます。

「民主主義」と「討論」を重要視している国なので、政治家が国民の声を無視をすると、想定以上の怒りを世論から買う場合があります。今回の議論で頻繁に指摘されているのが、閉ざされたプロセスで手順が踏まれ、「オープンなディスカッションが十分にされなかった」と感じている人が多いことです。「設計デザインを大規模に募集し、ビジュアル化した設計図候補を国民に公開したうえで、Yブロックの解体や生き残らせる道をみんなで探るという選択肢もあったのではないか」とエーリクソン氏は語ります。

さて、このあたりで、このような疑問がでてくるかもしれません。政府が最終決定したのなら、いまさら反対の声をあげて、何の意味があるの?

実は、ノルウェーでは政府が「最終決定」を公式発表しても、メディア、関連する専門組織のプロたち、世論が反発の声を挙げ始めると、決定がくつがえされるというケースが「常識」となっています(良い例が、ムンク美術館の移転など)。

つまり、ノルウェーでは、政府の「最終決定」は「最終」ではないのです。世論の動きによっては、政府の最終決定はいくらでも再検討される可能性があります。新・政府庁舎は、予定通りにYブロックを解体し、2025年に完成するのでしょうか? 

Text: Asaki Abumi