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韓国映画「弁護人」と韓国人の「疚(やま)しさの良心」(後半)

2014年01月19日 01時07分 JST | 更新 2014年03月20日 18時12分 JST

【前回の記事】韓国映画「弁護人」と韓国人の「疚(やま)しさの良心」(前半)

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87年6月民主抗争デモにて(中央でマスクをかけた二人の人物の右が若き日の盧武鉉、左が前大統領候補である文在寅)盧武鉉大統領公式HPより

韓国大衆に独特の「疚(やま)しさの良心」を考えるためには、韓国の近現代史を振り返る必要がある。朝鮮半島の長い半鎖国時代が日本の干渉によって終わりを告げ、その全域が国際経済に組み入れられたことによる社会変動は人々の流動化と政治参加の欲求をも含む人々の上昇志向を生んだ。最終的に日韓併合で主権を握った朝鮮総督府による学制などの近代制度の導入により、そうした人々の欲求の不満はある程度は吸収された。国家主権は外国に簒奪されたとは言え、どんな階層に生まれても教育を通じて社会の指導層に入れるルートが開かれたのである。

グレゴリー・ヘンダーソンの『朝鮮の政治社会』(1973)にもある通り、もともと中央集権のもとでの緩やかな身分制や科挙による官僚登用制度によって比較的自由で流動性の高い社会であった朝鮮の人々は日本の作った近代制度に見事に適応した。慶尚北道の田舎の貧農の子でありながら刻苦精励の末に日本陸軍士官学校へ進み、関東軍中尉として満州で終戦を迎えた朴正煕はその典型だろう。

しかし、そうした制度や社会資本は、日本の敗戦と力なき脱落に続く混乱とそれに続いた朝鮮戦争によってほぼ完全に破壊された。戦場にもならず占領軍の保護のもと社会体制のほとんどを温存できた日本とは異なり、韓国は人々の上昇志向を受け入れる道が質的にも量的にも突如ふさがれてしまったところにその「恨」多き現代史の出発があった。「恨」とは実際には日本の植民地支配に因があるのではなく、その日本の「脱落という罪」によって生じた苦難に対する怨恨だと言えるだろう。政治秩序と制度の崩壊はあらゆる不正腐敗や暴力、そして無秩序を生み、結局のところそれを軍人たちが強権によって抑え込む以外にこの国に安定をもたらすことはできなかった。

韓国人自身が「民主化」という正面の鏡に映った自己の背面に鏡を置いて合わせ鏡にしてみれば自身の後ろ姿というもう一つの自己の本質が見える。政治秩序と制度、そしてその基盤となる国力を失い人々の上昇志向を受け止める窓口が極端に減ってしまったところに大群衆が押し寄せて、列を作ることはおろか、あちこちで割り込みや口論や喧嘩が始まる。まさにホッブスの言う「万人の万人に対する闘争」の世界であり、それは蜘蛛の糸に群がり弱い者を蹴落としながら這い上がろうとする地獄に落ちた餓鬼どもの後ろ姿のようなものだった。教育伝統と日本による近代制度化のためにより活性化された流動化や上昇志向とそれを吸収できる制度化水準の非対称から来る民衆のそうした苦悩と人を押しのける生の「疚しさの良心」が、最終的に「秩序を強要する軍事政権に対する人民の蜂起へと繋がり「民主化」という正面の顔を生んだのである。

韓国に「ユギオドゥンイ」という言葉がある。6・25(ユギオ)戦争つまり1950-53年の朝鮮戦争時に生まれた世代の人々を指す。イデオロギーの相反する二種類の軍隊の戦車がかわるがわる国土を蹂躙し人々が逃げまどう中で生まれ廃墟の中で育ったこの世代は長く戦後韓国社会発展の中心勢力だった。彼らはエネルギッシュで行動的だが、戦争のトラウマのせいか早いもの勝ちを旨とするせっかちさと人を押しのける虚栄と金とコネだけを信じる現実家たちの群れである。盧武鉉はこの人々よりも数年前(1946年)の生まれだが、むしろその物心がつく時期に上の混乱期を過ごしたことで心に受けた傷はさらに深い世代かもしれない。

朝鮮ではたとえ猫の額ほどの田畑であろうと自分の土地を耕す地方の自作農のほとんどは昔の宰相や官僚の流れを汲む名家の姓を名乗り、男子の孫が生まれれば毎日仕事に出る夜明け前に祖父が鞭を執ってその孫を前に座らせ手ずから「千字文」(漢字教育用の長詩テキスト)を教え込む。こうした朝鮮の伝統的教育を受けた最後の世代がその「ユギオドゥンイ」前後の人々だろう。釜山郊外の洛東江河口に近い金海烽下村の貧しい農家に生を享けた盧武鉉もそうした教育を受け6歳ですでにその千字文を諳んじた神童であった。

しかし彼の生家にこの優秀な少年を大学まで進学させる経済的余裕はなかった。解放後の混乱期の韓国ではそうした経済的困難のために最高学府まで進むことのできないこうした田舎の秀才たちを受け入れた学校がまさに各地方都市にあった「サンゴ」(商高:公立商業高校)であった。いかにその「サンゴ」に優秀な学生が集まったかは現在も慶尚道の財界人や高位官吏に大邱商高や釜山商高出の人々が多いことで分かる。彼らは大学へ進めなかったその逆境をエネルギーとして大学生以上に刻苦精励し、卒業後の彼らの活躍は実業界のみならず各界に広がっていった。そして、その象徴のような人物が、釜山商高を卒業後7年間の苦難の末に司法試験に合格した盧武鉉であった。

地獄の池で浮き沈みする餓鬼の群れの中から天から降ろされた蜘蛛の細い糸を実力で奪い取り人を蹴落としながら這い上がっていく彼のような人物が俗物弁護士と呼ばれながらも自らの苦悩の代価を求めるのは韓国社会では至極当然なことである。そして、韓国社会でどうやら息のつける生活を送る者たちには誰しも大なり小なり彼と同じような人生を歩んで来ざるを得なかったし、同時に心の隅にある「疚しさ」といったものを抱えて生きているのである。つまり、人には「認知を求める欲求」がある。「成功」は人々に認知されてはじめて「成功」となる。殺伐たる弱肉強食の自由競争社会ではそこに一定の秩序を与えるために「疚しさ」の道徳的観念が各自に要求される。この国では勝者に対して必ず「ソンムル(俗物)」という否定的評価が与えられるが、彼は「疚しさの良心」に従ってなんらかの道義的態度を見せない限り最終的に周囲に本当に成功者として「認知」されることはない。

この映画で主人公を演じた俳優の宋康昊(ソン・ガンホ)氏の18番がその俗物の演技である。2007年の李滄東作品「密陽-シークレット・サンシャイン‐」でも「この世はコネだってことを誰も否定できないだろう」と言って凄むような「俗物」の男が真実の愛に目覚めて行く過程をリアルに演じた。そして、「盧武鉉」を演じたこの「弁護人」においても「デモしてるソウル大の学生どもは勉強でもしてろ」と公言する「俗物弁護士」が正義に目覚めその学生たちを擁護する「人権派弁護士」に変貌する過程を生きいきと演じ切り、それが「疚しさの良心」を抱える韓国人大衆の心の疼きを一時的にも癒し、大喝采を浴びたという訳である。

全国が自治権を持つ無数の小国に分かれ、強力な身分制に縛られて来た伝統を持つ日本社会には「分を弁えて」誠実に生きれば細分された小さな精神の王国でそれなりに満足の行く人生を送れる無数の階段が用意されているが、韓国は大群衆が一本の梯子に群がって「万人の万人に対する闘争」をしつつ成り上がって行くアングロ・サクソン的自由世界である。長い軍事政権の下で徐々に国力を蓄え、民主政権のもとで制度化水準を上げて行った韓国はある程度はその市民社会に秩序と安寧を与えることができたが、今もその苛烈な「自由競争社会」の基本は変わらない。97年末の通貨危機に際してはその人々の「自由のスピリット」を逆に「解き放つ」ことで見事にグローバリゼーションに適応したが、その国力の増強のうらはらに極端な格差社会が現出し、その輸出大企業優先の経済構造は大量の高等教育機関卒業者に行き場のない深刻な現実を生んでいる。

韓国社会が通貨危機の挫折から立ち直って一息ついた2007年、李明博大統領のもとでの保守政権が出帆した頃から、それまでの知識人中心の指導層に代わって、経済発展によってある程度の「対等願望」を満足させた「大衆」が韓国社会の前面に登場するようになった。そして、その頃にその大規模な大衆の「疚しさの良心」が奇妙な現象を生むようになって来たということが韓国社会の新しい変化として記憶されるだろう。大衆はその「疚しさ」を癒してくれる道徳的イシューを求めているが、以前の「民主化」や「人権」を追い求めた知識人のようにその道徳の「深み」は求めない。道徳は「薄く」分かりやすく、それが「人権」であろうと「反日」であろうと一見「普遍的」であればそれでいい。それに至った複雑な各当事者の事情や歴史にはお構いなしである。

それは李政権初期に政権の屋台骨を揺るがせるに至った二か月間にわたる米国産牛肉輸入阻止の大衆抗議行動にも見られた。一人ひとりが火を灯した蝋燭を囲った紙コップを手にした群衆が深夜のソウルの街頭を覆い尽くしたおどろおどろしい示威が実はBSEに関するマスコミによる誇張された報道と事実誤認に基づいたものであったことは、その後の大衆抗議行動のすべてに通じる「薄い道徳」を象徴していた。その李明博政権末期の「独島(竹島)」騒動から引き続いた現政権下での「従軍慰安婦問題」、「靖国参拝問題」、「安倍の右傾化」、果ては「故意の731番」から「旭日旗」の問題に至るまでもろもろの「反日」という「規範問題」も、日本の対応の不味さもその原因の一つにはあるが、韓国の大衆のその問題の発端となった歴史的事情やら事実に対する関心の薄さが韓日のコミュニケーションを阻んでいるのである。

「疚しさの良心」は弱肉強食社会に一定の秩序を与える薬にもなるが、それが過剰となり爆発すれば社会の土台を突き崩す爆薬にもなる。さらにそれが「薄い道徳」を土台としたものであれば噂やデマに容易に動かされる。先日まで韓国社会を揺るがせた鉄道労組のストもまたその「合理化」を「民営化」と強弁する左派のマスコミのある種の歪曲表現によって騒動が広がったし、教学社の歴史教科書問題もこれまたマスコミの「親日・独裁美化教科書」という記述内容の説明検討なしの決めつけ報道に大衆が動いた。しかし他の大統領と異なり朴槿恵大統領は政権出帆当初から「反日」姿勢を前面に出すことによって大衆の「疚しさの良心」を牽制しつつ国内の不満が爆発することを微妙に制御することで「これまでは」比較的うまく切り抜けて来たとも言えるだろう。

映画館から暮れかかる街角に出ると大邱盆地を囲む山々から降りてきた凍るように冷たい風が肌を刺しようやく韓国らしい冬を感じた。昔の古く陰鬱な食堂とはちがってガラス張りの現代的な焼肉屋の明るく広いフロアーで若い恋人同士が仲良く並んで座り最新式のロースターで焼き上げたサンギョプサル(豚の三枚肉)をつまんでいるのが見える。女の子は恋人に肩を預けるようにして、なぜか大きな手鏡を片手に自分の顔をうっとりと眺めながら肉を噛んでいる。これが今の韓国の大衆である。彼らは生まれながらの自由競争社会の戦士であり、彼らの「疚しさの良心」は旧世代知識人のような「道徳の深み」を必要としない。「薄い道徳」で良いのである。それで彼らは自由人としてやすやすと国境を越えて行く。

グローバル化時代の自由競争社会を秩序化する「疚しさの良心」は「薄い道徳」を求める。そして今、その「薄い道徳」に脅かされているものは、日本の天皇を中心とした同質性神話に基づく国民の一体感とプライドであり、それが日韓歴史認識問題の根本にあるものだろう。「薄い道徳」は「普遍的」という形容詞を付与されて多分韓国だけでなくグローバル化時代の全世界に広がる傾向にもあると思うが、とにもかくにも今後それに日本社会がどう対応し、新しい時代の世界とのコミュニケーションを可能にして行くか、これが我々に問われている問題ではないだろうか。

(2014年1月14日「鏡の向こう側-私の日韓政治秩序研究ノートー」より転載)