私の本当の名前は鈴木綾ではない。
かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。
22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。
もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。
ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。
◇◇◇
夜10時だった。マック渋谷店で彼のメールを待っていた。携帯の電池は残り5%しかなかった。
私はなんで待っていたのかな。
彼はその日お客さんと接待があったけど、早く終われば頑張って会える時間を作るって言っていた。
その約束はどのくらいの確率で実現するだろう。20%?10%?確率は低いだろうけど、可能性がなくはない。
大好きな人を待ってるとき、決断するのがすごく難しくなる。
諦めて家に帰った方がいいのか。だけど笹塚はどこからも遠いし、万が一家に着いた後に彼からメールが来たらどうすればいい?
彼は一体どこで接待してるのかな。店を知っていたら近くまで行けばいい。場所聞いとけばよかった。新宿?恵比寿?
くよくよ悩んでいた間に残り電源は3%まで落ちちゃった。
携帯を機内モードにした。
ー夜のマックで一人で待ってる自分がみっともないなーと思って周りのお客さんを見渡した。
みんなスマホを弄ってた。
テーブルに座っていた男性が携帯を見ながら笑っていた。彼女から面白いメールきたのかな。
私だけが携帯を見てなかった。そうだよ。携帯を見れば見る程電源が落ちるんだけど、でもどうやって太郎のメールを確認すればいい?
もう少し我慢して待つことにした。
IT時代の恋人たちは常にスマホを持っているから、昔の「君の名は」のようなすれ違いがない。
だけど「私の24時間繋がっていられる世界」は電池切れにおびやかされる。
そう。
それまで、私は「飯と宿さえあれば生き残れる」と思っていた。
でも今、この世界で自分が生き残るための「情報」という新しい生存条件を発見した。
その生存条件は、同時に私に無限の可能性を与えてくれる。
携帯の電源が切れない限り、ありとあらゆる情報が手に入った。
シェアメイトたちも一緒だった。
みんなパソコンも持ってなかったのに、ピカピカなスマホを持っていた。(とても皮肉だけど、みんなたくさんのデータにスマホでアクセスできるのにキーボードが全然使えない。スマホだとキーボードを使う必要がないから。最近若者のパソコンスキルが落ちているのはこのせいかな。)
パソコンを持っていた私でさえ、結局この小説をiPhoneで書いちゃってる。
太郎と付き合ってすぐだったのに、一日に何回もLINEしあってた。
「太郎から返事きたのかな?」と私の手はいつも携帯に伸びていた。
まだセックスしてなかったけど、IT時代におけるセックス並みの「親密な関係」になっていた。
はじめてあった夜、主にスパムしか受信しない携帯のメールアドレスを太郎に教えた。そのあと、個人のgmailを教えた。そしてこの人と付き合いはじめるって感じた時にLINEを交換した。
これってもう、セックスをしたに等しい。
不思議だよね。私達はネットに個人情報たくさん載せるくせに、恣意的に「この連絡手段は親しくない人たちとしか使わない」とか、連絡手段によって親密さを見せるよね。
携帯では親密な関係になっていたのに、オフラインの関係はまだそこまでになってなかった。
「仕事いつ終わる?」「今週末いつ会おう?」って、彼の都合を直接聞くのを何となく遠慮しちゃってた。
だからああやってバカみたいにマックで待っていた。
彼とのメールが人生の最大の喜びと同時に最大の不安の原因だった。
それが現代の恋愛。
私はますます不安になってた。
異性にモテる女性は相手を待たせる。男性はしつこい女性、いつも暇にしてそうな女性が好きじゃない、とよく女性雑誌に書かれてるよね。
だったら私は彼を待ってないことにすればいい。たまたま渋谷で遊んでいたことにしよう。
向かいのカラオケ館に入った。携帯の電池は残り1%。
キリンジを歌ってできるだけ彼のことを忘れようとした。
30分が経った。携帯の機内モードを外した。
ちょうど5分前に彼からメールがきてた。
返事をしたら、肺を吐き出しそうになるぐらいキリンジを絶唱した。
さっきまであんなに不安だったのに、負けない気がした。これは恋だ恋だ恋だー
一人で上京して、立派な会社に就職できて、素敵な彼ができて、24時間世界とつながっている。それを妨げるのは、ケータイの電池だけ。それが最大の敵なんだったら、どうにだってなる。エブリシング ガナ ビー オールライト!