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同時多発テロ直後のフランスで感じた空気、そして日本のこと。

2016年02月14日 15時44分 JST | 更新 2016年02月17日 00時37分 JST

「私たちだってテロで大切な人をなくしたのよ」

「テロで死んだのは白人だけじゃないのよ」

とあるニュース番組で見た、イスラム教徒が泣きながらそう叫ぶ姿が目に焼き付いた。

◇◇◇

テロが起きた2015年11月13日。それから一ヶ月ほどが経過した年末、私はパリに旅行した。パリの現状は「非常事態宣言」。130人が犠牲になった同時テロの直後は、市民に外出禁止令が出たり、美術館などの観光地や多くの店舗が営業停止となったりした。公共の場での集会は全面禁止。

「テロの再発が心配だ」「今行くのは明らかに危険だ」。周りにはこのタイミングでの旅行を止める意見も多かった。でも、実際に航空券は明らかに安くなっているし、観光地は例年よりも混んでいないだろう。そして何より今のパリをこの目で見たいという理由で決行した。実際に肌で感じた、パリの現状を、一学生・観光客・日本人という視点で書きたいと思う。

パリの初日は、夜だった。メトロに乗り、オペラ座のある駅へと向かう。テロ直後であることを意識しているからか、張り詰めた空気と緊張感を持って夜道を歩く。

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(パリのメトロ車内の様子)

15駅ほど離れた駅までの道のりで増えていく乗客に、白人の姿はたった一人だった。思っていた以上に多民族国家なのだということを実感する。

彼らはただいつも通り生活しているだけであろう。しかしニュースの画面で見た、あの容疑者たちと同じ人種であるというだけで、無意識に気を張ってしまっている自分がいるのも確かだった。

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(パリ中心部のデパート周辺のパトロール)

ラファイエットなど、パリの老舗デパートが立ち並ぶ街に到着し、外を歩く。端々にいる警察官たち。彼らがパリの緊張感を体現していた。

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(スーパーマーケット前のガードマン)

デパートに入る際にも必ずセキュリティチェック。スーツに身を包んだ体格の良いガードマンが、荷物の中身を確認している。「本当に見ているのか」と不安になる程度のチェックにすぎないのだが、人が集まる場所の警備は厳重だ。

モノプリというフランスのスーパーマーケットに入る際にも同じセキュリティチェックが。丁度アラブ系の人が入店しようとしていて、ガードマンと言い合いになっているシーンにも遭遇した。一観光客としてだが、聞き慣れない言語で激しく言い争っているその様子は、怖いものがあった。では、テロから数カ月がたった今、水も漏らさない厳重なチェックを、市民は受け入れるのだろうか。私だったら受け入れられるだろうか。

翌日は朝から再びメトロに乗り、パリ中心部の駅に降りた。有名な観光名所を回ることにした。

ルーブル美術館は、朝早かったこともあったのかがら空きだった。テロ直後には閉鎖されていたことの名残もあるに違いない。日頃は、見るだけのために行列ができ、写真を撮るにしても必ず大勢の観光客の後ろ姿が写ってしまうというミケランジェロの銅像も、その日は前に誰一人いなかった。銅像を「貸切状態」だった。

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(エッフェル塔前の様子)

エッフェル塔の麓も、普段は売り子や観光客であふれているというが、この日は写真のとおり。やはり観光先としてあえてパリを選ぶ人は少なかったのだろう。

とは言っても、近くの広場には優雅にランニングをする市民も多かった。永遠のように続くマルシェも賑わってはいた。

道を歩くと至るところにフランス国旗が掲げられ、英雄の銅像がそびえる。日本とは違うところだ。常に国民はフランス国民であるという「帰属意識」を持っているのだろう。そうした帰属意識を完全には持てない、移民2世の若者たちの意識もこの国の論点だと感じた。

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(ノートルダム大聖堂の前で待機する軍隊)

昨年6月まで約1年間フランスの大学に留学していた友人に話を聞くと、やはり、2015年1月のシャルリエブド事件以来、なにかと規制が厳重になったという。フランスの学生達は、今でもキャンパスに入る際に学生証チェックがあるし、街中に軍隊が出ていることも日常茶飯事の生活をしているらしい。

それでもパリ市民は、あえて外に出て、「自由を謳歌」していると言う。市内のテラス席に座り「#JeSuisEnTerrasse」というハッシュタグを投稿する人にあふれた。「街を満喫中」という意味。テロという現実に立ち向かうのだという意思が伝わる。

シャルリエブド事件から一年が経った今も、その名残は消えない。先日も、ISに忠誠を誓う男が警察署襲撃を試み射殺された事件が起きた。市民はそれをどう捉えるのだろう。

家族を失ったパリ市民は?何の罪もないのに差別されてしまうムスリムたちは?国民たちの行く先は?

本来ならば、この広場にはもっと人が溢れていて暖かかったのだろうか、そういうことを考えながら道を歩いていると、ふと一本のワインボトルが目に入った。道に無造作に捨てられたワインのボトル。フランスの人権、自由、寛容が揺れ始めているいま、それでもパリの地で、優雅に自由でいたいんだというフランス人の強くて静かな思いが、そこに落ちているようだった。

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(セーヌ川沿いの広場の様子)

◇◇◇

そして日本に帰ってきた。

スーパーに入っても、カフェに入っても、そこで何かが起こるかもしれないという心配をする人はいない。今回のテロも、どこか遠い、自分の毎日とは懸け離れた世界での、画面の向こうのことだと考えている人が多いのではないだろうか。実際に現地に足を運ぶまで、私もその一人だったのだから。

エッフェル搭は今日も光る。

東京タワーも光っている。

私たちにできることは?

安保法案の可決をめぐる議論、また東京オリンピックに向けたテロ対策など、日本も動き出している。「平和ボケ」していると言われ続けた日本人も、自覚を持ち始めなければならない。平和であることは人間にとっていかに大切か。しかし同時に戦わなければならない現実もある。

私が実際に肌で感じたパリの空気を、この文章でどこまで伝えることができたかはわからない。しかし、日本では感じられない、恐怖と背中合わせの生活、そしてそれを乗り越えようと葛藤する人びとの姿がそこにあったことは、もう一度強調しておきたい。今回のテロは、対岸の火事ではない。

これからどうすべきか。私にもまだ、明確な答えはない。ただ私は今、完全に平和な状態にあるとはいえない日本の現状について、「平和ボケ」せず考えなおすところから始めたい。いまこの国は、テロや戦争の渦中にあるわけでも、恐怖に晒されているわけではない。その理由はなにか。そしてどのようにすれば、この状況を守っていけるのか。

さらに、戦争がないことだけをもって「日本は完全に平和だ」と言い切れるのか、ということについても考えるようになった。人権を侵害され続けている人もいるし、「子どもの貧困」のような問題もある。彼らの心のうちは決して平穏無事ではないだろう。構造的で目に見えづらい問題が深刻化しないよう、考え続けたいと思う。