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駅で電車を待ってたらシリア難民に会った話

2015年07月05日 01時03分 JST | 更新 2016年06月30日 18時12分 JST

今朝出かけるときには、思いもよりませんでした。

今日、シリア難民に会うだなんて。

2014年、アメリカは「イスラム国(ISIS)」を名乗る過激派勢力に対する空爆に踏切りました。イラクにつづいてその対象になったのがシリア。シリアでは日本人男性の拘束・殺害事件も発生するなど、たしかに、ISISの活動もさかんですが、空爆による死者は2015年2月の時点で1600人を超えたといいます。そして空爆だけでなく、すでに5年は続いている内戦での死者が20万人を超えて増え続けています。

......そんなニュースが私にとって、まだ「遠くで起きているたいへんなこと」でしかなかった、2015年6月25日。

私は妻と電車を待っていました。朝から早起きして、片道2時間の役所へ、滞在許可を受け取るために。

日本人はフランスにとって外国人ですから、フランス人と結婚しただけでフランスに住める訳ではないんです。cakesでも中村綾花さんが「私、パリの移民なんです」で書いていらっしゃる通り、とても面倒な手続きが必要になります。

そういうことで駅で待っていたら、フランスについたばかりの頃のことを思い出しました。「ボンジュール」と「メルシー」と「クロワッサン」しか知らず、フランス人である妻がいなくては何一つできない気がしていたあの頃のことを。

券売機のフランス語が分からなくて、iPhone片手におどおどとGoogle翻訳しながら切符を買ったあの日。

電車が突然止まり、何かフランス語で車内放送があったけれどこれも分からずに、不安な思いで車内に閉じ込められたあの日。

重々しい空気の中、誰かがフランス語で何かを叫び、それを聞いてみんなが笑ったので、私もよくわからないけど一緒に笑ったこと。その声の、うつろだったこと。

そんな毎日を重ねて、いつの間に3年が経ちました。私はもう、フランスの役所にフランス語で「滞在許可証をもらいに来ました」と言えるようになっています。受け取ったそれは、なんだか積み重ねた毎日の証のように思えて、とっても誇らしかったです。

役所を出て、会社に行く妻を見送ると、私は駅で帰りの電車を待ちました。朝10時。暑くなり始めるころです。駅のベンチに座り、腕まくりをすると、私は小さい桃を取り出してかじりはじめました。

ふと、人ごみに違和感をおぼえました。

「スミマセン」

と、か細い声。そこには、ものすごく困った顔をして、白いスカーフの女性が立っていました。たぶんムスリムなんだろうなあ、という雰囲気です。そちらから話しかけてきたのにその人は、私と目が合うと、おびえたような表情になりました。私はなんとなく、持っていたかじりかけの桃を隠しました。

「なんでしょうか?」

「あの、わたし、ここ、いく。このえき、でんしゃこれ?」

そう言って彼女が指さしたのは、ラインマーカーだらけの手書きのメモ。彼女のフランス語は私が聞いてもわかるほど発音が悪く、自信がなさそうに震えています。放っておけなくなりました。昔の自分を見るようで。

案内板の文字を指さすと、私はゆっくりこう言いました。

「ちがいます。あれをみてください。行き先、書いてない。この電車はちがう」

「でんしゃ、ちがう。でんしゃどれ?」

「私もわからない。聞きに行きましょう」

「だれ?」

「駅で、はたらいているひとに」

私はそう言うと、案内所に向かいました。"駅員"というフランス語の単語を思い出せないままに。

階段をのぼりながら、私は彼女がついてきているかどうか振り返りました。そこにあったのは、こちらをまっすぐ射抜くように見すえる、彼女のうす緑の瞳でした。

「Je suis syrienne.」

やたらとはっきり、彼女はそう言いました。そのフランス語は、私の頭の中でこう日本語訳されました。"私はシリア人です"。

「わたし、フランス、わからない。9月に、に......せん......じゅうよんねん、に、きた」

頭の中を、スマホ画面で見たシリアが駆け巡りはじめました。血まみれの赤ちゃん。泣き叫ぶ母親。鉄骨がむきだしの壊されたビルに、脅迫のように鳴り響く爆音......。

何と言っていいのかわからなくなりました。頭の中をかけめぐる、いろんな言葉を飲み込んで、うわごとのようにこぼれ出たのは、よりにもよってこんなことでした。

「私も、に......せん......じゅうにねん、に、きた」

とっさに移民ぶったフランス語で話してしまったのは、たぶん、私自身のためにしたことだったんだと思います。それを聞いて彼女がどんな顔をしたか、私は、見ませんでした。

家に帰った今になっても、彼女のあの目が忘れられないんです。行先への電車がなんと58分待ちという、私だったらブチギレるだろう事実を聞かされても、「わかりました。ありがとう」と静かにそう言った彼女の、あの目が。うす緑のガラス瓶へ、夜に降る雨を満たして、秘密のなにかを沈めたような、あの不思議な目が。いままでいったいどれだけのことを、あの目で受け入れてきたのでしょう。

シリアのニュースにふれるたび、彼女のあの目が浮かぶんです。2014年、フランスがシリア空爆に参加する意思を示したこと。シリア難民に難民認定を出さない日本に、国連が協力を求めたこと。食糧支援が資金不足で中断し、収容所の人々が人間扱いされていないこと......。

NHKによると、日本で難民申請をしているシリア人は、2014年時点で52人いらっしゃるといいます。違う国でのできごとは、同じ星でのできごとです。ただ駅で電車を待っていただけで、ニュースの見え方がまったく変わってしまうような出会いをすることもあるんですね。当たり前かもしれないけれど、いま身にしみて思います。ほんとうに、なにもかもは、国境線では切り離せないほどにつながっているんだなあって。

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cakes連載「『セーラームーン世代』を語り尽くす!」とのコラボ企画として、著者の稲田豊史さんと牧村朝子さんの対談を予定しております。対談で参考にするためのアンケートにご協力いただければ幸いです!

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牧村朝子(まきむら あさこ)

1987年生まれ。タレント、文筆家。2010年、ミス日本ファイナリスト選出をきっかけに、杉本彩が社長を務める芸能事務所「オフィス彩」に所属。2013年、フランスでの同性婚法制化とともに、かねてより婚約していたフランス人女性と結婚。現在はフランスを拠点に、各種媒体への執筆・出演を続けている。将来の夢は「幸せそうな女の子カップルに"レズビアンって何?"って言われること」。著書『百合のリアル』(星海社新書)、マンガ監修『同居人の美少女がレズビアンだった件』(イースト・プレス)。

Twitter:@makimuuuuuu