サイバーエージェントはなぜ成功したのか? 「一番大事なことは...」共同創業者が語る

2015年07月16日 00時06分 JST | 更新 2015年09月04日 16時27分 JST
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インテリジェンス時代の同期、藤田晋氏とサイバーエージェントを共同創業した副社長・日高裕介氏。苦しい時代を経ながらも、多岐にわたる事業の責任者として同社の急成長を牽引。現在はゲーム事業を統括する彼のWEB・IT業界で生きるキャリア論とは。

起業が当事者意識を生み出す

― 日高さんと藤田さんはインテリジェンス時代の同期という間柄ですよね。起業のきっかけはなんだったんですか?

ちょうど社会人の1年目が終わるぐらいの時に、藤田から電話がかかってきて、「一緒に会社を作らないか」と言われたのがサイバーエージェントの始まりですね。私は大阪勤務、彼は東京で離れていたんですけど、内定者時代から仲が良かったんです。

新卒の時の二人の働き方は真逆でした。藤田は新人離れした仕事ぶりで営業成績も良く、一方私自身は何かと理屈をつけて、あまり働かない。私を誘った理由は少なくとも、仕事ができそうという理由ではないでしょうね(笑)。

― もともと起業志向があったりしたんですか?

いえ全くなかったですね。もともと勤労意欲みたいなものが薄く、大学生のバイトも2ヶ月と続いた事がありませんでした。思い返しても批評家であり無責任な人間でした。就活の時も、なぜ盲目的に大企業に入ろうとするのか?ブランドが欲しいだけでは?、と必死な人たちを斜めに見ていました。と言いながら、今考えれば、ただ自分が一生懸命に就活をやりたくなかっただけですね。

そして、人と同じことをしたくないという思いを持ちながら、努力から逃げ回っていた時に起業に誘われました。若い時に会社をつくるのは人と違ったことが出来そうで面白そう、と軽い気持ちで乗ったという流れです。

― いざ起業し経営者という立場になると、キャリア観も変わったりしたんでしょうか?

言い訳は一切通用しなくなるというか、言い訳する相手がいなくなりました。何かを批評しているうちに会社がつぶれてしまっては元も子もない。

キャリアという視点で考えた事はないですが、設立した頃はインターネット広告も黎明期で全てが手探り。売上を上げるために必死になってひねり出した企画や手法の積み重ねで、会社を大きくしました。もっと言えばインターネット広告という産業の一端を創ってきた感覚がある。自分の成長によって会社が大きくなり、産業を創っている実感を持てる。仕事から逃げていた私が感じた仕事のやりがいはそこでした。

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アップダウンのある仕事人生が当たり前

― 日高さんは創業からこれまで、様々な事業の責任者として関わってこられています。

創業当初は何を事業ドメインにするか決まっていなかったので、とにかくインターネットを主軸に様々な営業代行や広告代理事業を行ないました。

創業翌年である1999年頃、ネットプライス(現BEENOS)の立ち上げ時期も個人的に大きな転換点です。大学からの友人である創業者の佐藤(佐藤輝英氏)が社長、私は副社長でした。ネットプライスの立ち上げはサイバーエージェントの立ち上げと違って、あれもこれも自分で決めなければいけないことだらけ。よく二人で骨董通りのジョナサンに通い、夜な夜な事業について話し合っていました。

モール事業を立ち上げ、オープンまでに楽天市場を超える加盟店舗を集めましたが、開発がオープン日に間に合わず、「サービスオープン」というCMが放送され続け...、クレームの電話が朝まで鳴り止まないような修羅場もありました。

当時インターネットバブルの崩壊と重なり、会社全体が社会から叩かれていた時期。振り返ってみると精神的にはつらいタイミングでした。でもその頃の経験で、メンタルの強さはかなり鍛えられました。2009年からゲーム事業を立ち上げ、時流にも乗って、私が携わった事業では最も大きな事業となっていますが、これまでの修羅場や失敗してきた事業の経験が大きく役に立ってます。

― ネットバブル崩壊当時はどんな思いでいらっしゃったんですか。

インターネットビジネスの可能性を口で言ってもしょうがない、結果で証明して見返すしかないと思っていました。

サイバーエージェント本体も世の中のバッシングの渦中にありましたし、私自身も子会社のネットプライスの立ち上げで悪戦苦闘している時期で、方角もわからないけど真っ暗闇の中を走っているような気分でした。

事業創出は「文化にあう」+「ビジネスポテンシャル」がキー

― これだけ多くの事業に携わるなかで、「自分がやりたい」と思う領域にコミットしたいという考えは生まれなかったんですか?

ないですね。もともと起業志向がなかったこともあるかもしれませんが、事業へのこだわりはそんなにない。

― 個を殺して組織を活かすと?

そうではなく、一番大事なことは、自分たちがやるからこそ伸びる、伸ばせる可能性のあるビジネスです。ネットの強みが活かせて、最終的にはサイバーエージェントの本業にできるポテンシャルがあるか。やはり事業は会社の文化が色濃く出るので、私がどうこうではなく、「サイバーエージェントならこれが向いている」という思考です。

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サイバーエージェント副社長・日高氏から見た社長・藤田氏

― 少し話題を変えさせてください。共同創業者として起業された日高さんからみて、社長の藤田さんってどんな存在ですか?

「社長」...ですね。内定時代からの友人、創業来ずっと一緒に働いてきた上司、いろんな要素はありますが、どんな存在かと問われると「社長」です(笑)。

藤田が創った会社でなければ、自分がこんな没頭できることに出会えなかったでしょう。藤田みたいなタイプの人間を見たことがないですね。目標は高いけれど、地道に歩を進めながら自身も成長する。世の中とのコミュニケーションの方法を心得ていて、最終的にサイバーエージェントで大きいことを成し遂げることに賭けるものがあるというのを感じます。だいぶ身内びいきな発言ですかね?(笑)。でも私も他の多くの社長をみて、「個人というよりは組織の目標を常に高く持つ。けれど地道に、そして世の中とのバランスをとりながら」という難易度の高さは分かっているつもりです。

業界のメインプレイヤーになるとビジネスは楽しい

― ありがとうございます。それでは最後に、日本のWEB・IT業界の変遷を経営者として第一線で見続けてきた日高さんからこの業界で働いている方に、何かアドバイスがあれば頂きたいと思います。

1998年からインターネットビジネスをやって思うのは、インターネットビジネスにはいつでも新しいチャンスがあるということです。私自身がまさかゲームのビジネスをしているとは考えてもみなかったし、これからサイバーエージェントで力を入れていく音楽配信「AWA」や動画配信「AbemaTV」なども以前の当社では考えられなかったビジネスです。

ビジネスの醍醐味を楽しむには、自分の関わる分野のメインプレイヤーになることだと思っています。インターネットビジネスには年齢、経験に関わらずそのチャンスがたくさんあります。

今私が行っているゲーム事業では新卒入社5年以内の若い社員たちがメインです。ではインターネットビジネスは新しい人たちだけのものかというと勿論そうではなく、インターネット広告で業界NO.1の当社の広告代理事業は、入社10年以上の経験豊富な社員の活躍が事業を牽引しています。若くて経験が無ければ、インターネットの中でも新しい分野に飛び込むことで第一人者になれるし、インターネット広告のように業界の経験がキャリアとして大きな価値を持つ働き方もできる。どんなアプローチで働いてもその分野のメインプレイヤーになれる働き方が楽しいと思います。

[取材・文]松尾彰大

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