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とある農薬のはなし「クロロタロニル」について

2014年11月18日 19時10分 JST

Tshozoです。今回、少し気になった材料がありましたので紹介いたします。

気になったという材料は、下の材料。「クロロタロニル(正式名称2,4,5,6-tetrachloroisophthalonitrile)」というものです。

クロロタロニルとは

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クロロタロニル

正直この材料、見た目には健康的にはあんまりいい印象を受けません。Cl付いてるし、CN付いてるし。少しでも合成をかじった方なら普通下水に捨てたりする気は起きない代物でしょう。で、何に使うのか。結論から言うと、農薬の一種です。R. Carson著「沈黙の春」で議題となった薬剤DDT(Dichloro-diphenyl-trichloroethane)を思い出す方も居られるでしょう。プロレスラー橋本真也(故人)の必殺技を思い出すのは筆者くらいで十分です。

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いわゆる"DDT"。太平洋戦争後、シラミ駆除用途で人の毛髪に大量にぶちまけられていた殺虫剤の一種

農薬には大きく分けて

「除草剤」

「殺虫剤(忌虫剤)」

「殺菌剤(抗菌剤)」

の3分類があるのですが、それぞれ「草」属性、「虫」属性、「菌(カビ類)」属性を対象としたものです。今回お話しするのは一番最後の「抗菌剤」の中のひとつにあたります。

何故こんな材料が気になったのか。趣味のBASF関係の歴史を調べていたところ、「Strobilurin」という抗菌剤が目に入ったのがきっかけです。これはミュンヘン大学、カイザーラウテルン大学(Wolfgang Steglich教授, Tim Anke教授)との共同研究をもとに1995年に同社が上市した抗菌剤で、天然(キノコ類)から取り出した材料ということもあり高い生体適合性を持ち、1998年前後から急速にその使用量が増えていった材料です。構造が比較的単純なのに高い有効性を発揮して各農薬会社が競って同様の構造を持つ材料を合成・販売していきましたが、あっというまに耐性菌が出現し、現在その耐性菌に対する「いたちごっこ」が開始されていることを知ったのがきっかけでした。

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「Strobilurin」の基本構造。実際にはこれを基質に少し構造を変えたもよう。文献1から借用

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各社が続々と合成したStrobilurin系殺菌剤。文献2から引用

その調査を続ける中で今回の材料、「クロロタロニル」に目が行きました。

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クロロタロニルが含まれる農薬商品群。各社HPより引用(OEMを積極的に実施中)

こいつは今までほとんど耐性菌が発生せず(100%ではありませんが)、特にカビ系の菌類に対し強い抗菌性(殺菌ではなく、あくまで「抗菌性」がメインです)を示し、しかも50年近くに渡り国内外で継続使用されている材料です。普通は耐性菌とかがバンバン出て10年くらいで使用量が減っていくのが一般的のようで、こうして長年使用され今も生産量が増えているケー スは他にも数えるほどしかありません。そのため硫黄系や銅系の無機殺菌剤の次ではありますが、石油系では最も使用量の多い抗菌剤となっています。

ただ、最初はこんな危なそうな材料をまいてるのか、と驚きました。筆者のように合成中にトルエン突沸→下水ぶちまけ騒ぎを起こし、排水系への漏出に対しては厳重に防止するようキツクご指導を頂いた身からすると、発癌性が「疑われる」材料を一般の環境にまいていること自体非常に不自然に感じました。まぁ最終的には本件で農薬のことを調べるにつけ少しその印象が変わってきたのですが・・・そこらへんまで含めて書ければと思いますのでどうかお付き合いください。

クロロタロニルの歴史と概要

クロロタロニルはもともとはアメリカの「Diamond Schamrock(Alkali)」社により初めて開発され(1961年)、1966年に芝の黄変防止剤として使用され出しました。その後権利関係のゴタゴタがあったものの、現在は昭和電工傘下→出光興産に譲渡された「SDSバイオテック」社と、石原産業→Zeneca+Novartis→「Syngenta」社の概ね2社によりその7割以上が供給されている模様です。

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SDSバイオテック(商品名"Daconil")とSyngenta(商品名"Bravo")。SyngentaはZeneca(ICIの農薬部門)とNovartisの農薬部門の合体した世界最大級の農薬開発企業。画像は各会社のHPより引用

合成方法はいたって簡単、テトラベンゼンイソフタルアミドを五塩化二リンや塩化ホスホリル等で脱水して出来上がりです。

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基本的な合成方法。もしかしたら今はもっといい方法に変わってるかも

材料そのものはやはりあんまり低環境負荷ではなく、特に水生生物に対し高い毒性を持っている、とあります。また国際がん研究機関による発がん性評価としては2B(「発癌性が疑われる」)クラスで、気持ちいい材料ではなさげです。

ただこの「2B」という発癌性クラス以下の材料は結構微妙なゾーンです。というのも、お酒(エタノール)のように生活に近い材料が含まれる一方、昨年大阪の印刷会社で起きた胆管癌集団発生(文献2)に大きく関係したと考えられる危険な1,2-ジクロロプロパン・ジクロロメタンがかつて含まれていたからです(1,2-ジクロロプロパンは実はさらに低いゾーンにありましたが)。要は「決して危険ではない」ということでも「すげぇ危険」というわけでもなさそうな、長期間経ってみないとわからないゾーンと言えましょう。

ですが、その「気持ちよくなさ」が農薬としてはちょうどいいのか、2012年時点で65個の穀物類に適用され、また125種類の植物の菌を由来とする病気(べと病、黒点病、うどんこ病、その他水中のカビ、藻類・・・・)に適用できるという非常に広範な効果を持っています。

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左からべと病、黒星病、うどんこ病の例(文献5より引用)。一番下は芝生でよく目にする黄変/ハゲですがこれも実はカビ類の仕業というのは今回初めて知りました

使用方法・用途

基本的には原液をぶちまけます。 嘘です。

いや、実はそれに近いことをやります。特にアメリカは流石資本主義の国、ものすごく多くのゴルフコースが存在するのですが、このダコニールがその芝の黄変防止に頻繁に用いられ、その使用量がゴルフ場で使用される薬剤の全体量の7割を超えている年もあるとのこと。実際の使用方法としては、水に分散させて懸濁液にしたものを希釈して使ったり、下で見るようにワックスと併せて使ったり、変性防止剤と混ぜて効果を抑制したりしたうえで散布したりします。

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ゴルフ場での散布の様子。トルエンぶちまけ騒ぎを起こした筆者としてはちょっと腑に落ちない。文献4より引用

用途は、上記のゴルフコースの黄変防止からはじまり、バナナでのカビ発生防止、ピーナッツ、キュウリなどのウリ類、トマト、葉物の一部などに使用されているとされていますが、どうも日本国内では葉物系の農作物の一部には安全性の観点から適用されていないようです。しかし先に挙げたStrobilurin系の殺菌剤に対し抵抗を持った薬剤耐性菌にも効果を上げるケースがあり、その使用範囲は拡大する傾向にあります。

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こういう散布の仕方もある

作用機構

クロロタロニルは基本的に「油」なので葉表面や土壌表面にべったり付着することができます。しかし少し水に溶ける(<1mg/L)ため、雨が降ったり散水したりする度に表面の水膜を伝って葉や周囲に広がり、菌類の芽胞をアタックすることで効果が継続する特徴があり、まったく菌類泣かせな材料と言えましょう。なお油系の農薬にはクロロタロニルに限らず同様の作用を持ちます。

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Syngenta社によるDaconil作用機構のモデル。文献4の図を筆者が改編して引用

いっぽう、このクロロタロニルが菌類の何にどう作用しているのかは、生物学的分野のため、はっきり言ってよくわかりませぬ、申し訳ありませぬ。

が、色々見ていくと、多くの菌類に共通の「グルタチオン」(詳細はこちら)というペプチドにどうも効果的にきく、また特にその分子の中のチオール基(-SH)との親和性が極めてよく、そこに突撃して発芽を抑制する効果を示すとの文献が多数ありました。これは一応共通の認識のもようです。またこれ以外にもどうも明らかになっていない作用があるらしく、一つの効果に耐性を持ったとしても他の弱点にアタックできる「絨毯爆撃的」な作用で効いているためのようで、これが長年使われても耐性菌が出来にくい理由である、と供給元の一つであるSyngentaの資料に書かれていました(文献4)。

環境被害

会社群が出している資料的には「ほとんどない」だそうです。今回の主要文献(文献4)によるSyngenta社が2011年前後に実施した調査ではかなり広範囲で調査を行った結果を公表していましたが、水生生物を除き大きな環境負荷は無いというのが結論でした。その懸案の水生生物に対しても、「まず第一に地下水系への流出が少なく、菌類や日光による分解速度が速いことからまぁ大した問題はねぇんじゃね」と報告しています。

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Syngenta社が北米で行ったクロロタロニルの土壌・河川濃度調査結果。いずれも極めて少ないとしている。詳細は文献4を参照

上のデータを見てみると「少ないって言っても流出してるやんけ」という結果であるのと、たとえば水俣病でその原因物質を排出していた某社が実際にどういうことをやっていたか、などを考慮するとこの発表を鵜呑みにするわけにもいきません。しかしSyngenta社、SDS社いずれも色々工夫を凝らして出来るだけ水中への溶出を抑制する工夫はしているもようです。加えて日光や対象となる菌類以外のバクテリアによる分解速度が比較的早いとのことに加え、この50年連綿と世界中で使用され続けて少なくとも大規模な環境被害が見受けられないことを考慮すると(あくまで「比較的」ですが)同薬剤の環境負荷は比較的低いものと考えられます。

が、やはり水生生物への影響はゼロではないようで、2012年にはクロロタロニルの毒性を見直す決定をEPA(米国環境局)が行いました。そのきっかけになったのは南フロリダ大学の研究だそうで(元論文へのリンクニュースへのリンク)、ざっと読みするとかなり初歩的な実験ではあるようですが、ある特定の環境系において両生類が壊滅的な影響を受けているという結果が出たとのことです。実際フロリダでは特に庭先の芝生類への用途が広がっていることにより、両生類に致命的なダメージを受ける可能性があるようで、ここらへんはどちらか一方の言い分を鵜呑みにしない、公平な判断が望まれるところです。

ともかく、ニコチノイド系の殺虫剤が発売後十年以上経ってから「ミツバチへ影響がある」、との議論(詳細はこちら)が持ち上がったように、同薬剤についても本当に影響がないとはまだ言い切れないため、引き続きウォッチしていく必要があると言えましょう。少なくとも上記のような議論が出来るだけ、かの国家はだいぶマシだという気がします。

所感

個人的には農薬は昔から気持ちいいもんではありません。若き日に、殺虫剤がぶち撒かれた直後だと知らずにツツジの蜜を吸った日の晩、とんでもねぇ嘔吐を催し病院に担ぎ込まれた経験もある筆者にとっては、それだけでも恨み100年に相当すると偏った逆恨み印象を持っていたものです。

ともかく、確かに今回のクロロタロニルのように環境負荷的には厳しい材料を使わざるをえない「農薬」ですが、それ無しでは特に大量に生産される農産物の収率はとんでもなく低くなるのも事実です。なんといっても虫や菌類にとっては畑は「ごちそうの山」。それが大した門番も居ない状態で目の前に置かれてたら、虫や菌は食い倒すだけ食うでしょう。それがいやなら「門番(手)の回らんような規模で農作物を作るな」、って話でもあります。それをカバーしてくれているのが農薬類であり、そのリスクは大なり小なり絶対について回るものと考えねばなりません。

かつてインドでは穀倉地帯を襲う虫の大群は農民の大きな脅威であり経済に壊滅的な打撃を及ぼす要因でした。それを廉価なカルバリル系農薬(毒性が強すぎるので現在はあまり使われていない)が活躍した結果、収穫収率は大きく改善したという事例があります。そこらへんの事象は下に挙げる本に詳しいのですが、この本を読んでいくと結局農薬について「正しく理解し」「正しく生産し」「正しく使用する」ことが如何に大事かということを考えさせられます。企業、国家ともにそれをやらなかった結果が史上最悪の化学工場事故という人災であることは、なんとも救われない話でありますが。

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書籍「ボーパール午前零時五分」。英語版も?