「ランチはひとりで食べるな」と役員が指示する会社 「コミュ障と思われる?」と私はビクビクしていた。でも今...

今から5年くらい前、私が楽天で働いていた時の話だ。ある役員が、よくこんなことを社員に言っていた。「いいか、ランチはひとりで食べるなよ。知り合いになるチャンスなんだから、必ず誰かと一緒に食べろよ」
I photographed the man who took a break in an early afternoon.
I photographed the man who took a break in an early afternoon.
chachamal via Getty Images

今から5年くらい前、私が楽天で働いていた時の話だ。

ある役員が、よくこんなことを社員に言っていた。

「いいか、ランチはひとりで食べるなよ。知り合いになるチャンスなんだから、必ず誰かと一緒に食べろよ」

新卒採用した社員への挨拶の時だけでなく、少なくとも年に3回くらいは聞いたと思う。

それを聞いて、中途採用の私はビクビクしていた。それまでフリーランスや中小企業で勤めた経験が長く、会社で誰かと食事をする習慣がなかったからだ。

「ひとりでランチをしようものなら、“積極性がない”“コミュ障”といった烙印が押されかねない」と私は、勝手に考えてしまった。

役員の心象を悪くしたくはない。「誰かと一緒に食べろ」は、「いつもアンテナを張って、色々な人とランチを食べろ」へと脳内変換されていた。

なぜ彼は、「ひとりでランチを食べるな」と言っていたのだろうか。ハフポストの企画「#だからひとりが好き」の開始にあたり、聞いてみたいと思った。

改めて電話して聞いてみた。すると、彼は次の2つのメリットがあると教えてくれた。

  1. いろいろな人から話を聞くことで、会社がやっていることを知ることができる。

  2. 長年いる社員にとっては、自分の話を繰り返し話すことで、自分がやっている事業への思いを強くすることができる。

「新卒よりも、むしろ中堅社員に、色々な人と話してもらいたかった」と彼は言った。

「だって、長く同じ会社にいると、考えが凝り固まっちゃうでしょ? 他の人から色んな話を聞いたり、相手の相談を受けて一緒に考えたりすることで、新しいアイデアも湧くようになると思うんだよね」

楽天の社員食堂は社員が無料で利用できるようになっており、ほとんどの人がこの食堂を利用していた。役員たちも、普段から社食で食べている。

いわゆる「ぼっち席」とも言えるような、窓側に設えられたカウンター席もあった。しかしそこに、彼が座っていることを見たことはなかった。彼が社員食堂にひとりでいることはほとんどなかったし、ひとりで長机で食べ始めても、必ず誰かしらが彼の周りに集まってきた。

私も彼を見習って、色々な人とランチに行った。一緒に仕事をしたことがある人には、「久しぶりじゃん。今度ランチどう?」とメッセンジャーでアポを取る。全く知らない人であれば、「なぜ一緒にランチをしたいのか」をアピールして、誘った。

もちろん、ひとりで食べることもあったけれど、それなりに様々な人とランチに行ったと思う。同好会メンバーのランチ会にも、チャンスとばかりに出席した。収穫はあったし、人脈も増えた。会話力も上がったと思う。

だけど…

正直、私は疲れてしまった。

無料の社員食堂だから、一緒に食べていなくても、どこか近くに同僚がいた。そのうちの誰かが、私が誰と食べているのかウォッチしているかもしれないと感じた。

おかげで、私がかぶった「猫」は、すくすくと育った。ランチ相手や周囲の顔色を伺って、楽しいひとときを必死で演出する。それも「猫」の栄養となった。

「いろいろな人から話を聞いてみなさい」とは、ビジネスではよく言われる話だ、それが悪いとは思わない。私の「猫」を育てたのは、他の誰でもなく、私自身の「ひとりで食べるのは、かっこ悪い」という解釈だ。

そんな私の前に、この役員とは真逆のことを言う人間が現れた。新聞記者をしている15歳ぐらい歳上の従兄弟だ。

「本当の世の中を知りたいなら、ひとりで立ち食いそばに行け」。

理由は、「様々な業種の人が食べに来るから」。食べている人のちょっとしたしぐさ、表情、持ち物などから、その人のことを想像する。それを多くの人に対して繰り返すことで、世間を俯瞰してみることができるという。

「ひとりで来ている人も多いし、素の表情になってる人も結構いるんや」。

従兄弟の一言によって、「ひとりで食べるのは、かっこ悪い」との意識から開放された。「今日は何を食べようかな」と考えるのと同じように、「今日のランチ、自分に必要なのは、ひとりで世の中を見ることか? それとも、誰かの話を聞くことか」を、自分で選べるようになった。

それは、今の編集という仕事で役立っているとも言えるが、単に「上司や同僚、周りの人たちの、顔色を読まなくてもいいやあ」と思えたことが、何よりも収穫だった(すみません)。

実は、2013年5月に設立されたハフポスト日本版では、「ランチをひとりで食べられるかどうか」が採用基準のひとつとなっていた時期があった。当時は社員数も少なく、忙しかった。

記事を書き上げるタイミングもバラバラ。仕事の区切りのタイミングを誰かと合わせて、一緒にランチで外出できることのほうが少なかったからだ。

おかげで、社員が増えた今でも、ランチをひとりで食べていようがいまいが詮索しない社風が続いている。CEOからスチューデントエディタまで、気軽に一緒にランチに行けるし、「一緒にランチ行こうよ」と誘われても「今日はひとりで食べたいの」と断ることだってある。

社外の人とのランチ会に出かけている人もいる。

まさに、「自由」なランチタイムだ。私がかぶっていた猫は、いつの間にか消えていた。



ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。

学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。

企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。

読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

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