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ホームエデュケーションは「逃げてもいい」の先の出口戦略になり得るか(後編)

呪縛からの解放だ。

2017年09月06日 16時26分 JST | 更新 2017年09月06日 16時26分 JST
(CC) 2009 Wiiii, File:Diet of Japan Kokkai 2009.jpg - Wikimedia Commons.

「ホームスクール」は違法なのか。どんな場合に違法になり、どんな場合には合法なるのか、私の調べた範囲の結果をシェアさせて頂きます。

(「前編」はこちら)

教育機会確保法

さらに、今年2月から画期的な法律が施行されました。教育機会確保法です。*2 立案当初は、不登校の子がフリースクールや家庭などで学ぶことも義務教育として認める内容だったようですが、最終的に基本理念や行政の基本指針を示すに留まる法律として成立しています。*3, *4

ともあれ、この法律は、家庭などで学ぶ児童や保護者を、「就学させる義務の督促対象」から大きく転換して、初めて法的に「支援の対象」と規定しています。条文をみてみましょう。

(学校以外の場における学習活動の状況等の継続的な把握)
第十二条 国及び地方公共団体は、不登校児童生徒が学校以外の場において行う学習活動の状況、不登校児童生徒の心身の状況その他の不登校児童生徒の状況を継続的に把握するために必要な措置を講ずるものとする。

(学校以外の場における学習活動等を行う不登校児童生徒に対する支援)
第十三条 国及び地方公共団体は、不登校児童生徒が学校以外の場において行う多様で適切な学習活動の重要性に鑑み、個々の不登校児童生徒の休養の必要性を踏まえ、当該不登校児童生徒の状況に応じた学習活動が行われることとなるよう、当該不登校児童生徒及びその保護者(略)に対する必要な情報の提供、助言その他の支援を行うために必要な措置を講ずるものとする。

もちろん、第十二条が言うように、家庭での学習状況を、学校や役所に報告したり、把握してもらう必要はありそうです。

ただ、こうして「休養の必要性」すなわち学校から「逃げてもいい」というメッセージが法律に盛り込まれたことは、早稲田大学の喜多明人教授の言葉を借りれば「学校でなければならない、という精神的呪縛からの解放」を意味します。

13 条では、不登校の子どもに対して、学校外の学びの場に対する情報提供を行うだけでなく、すでに学校以外の多様な学びの場に学んでいる子どもや保護者に対しての学習支援や情報提供などを含む。そのこと自体が、これまで学校に行けない、行かない事だけで社会的なプレッシャーを受けて苦しんできた不登校の子どもやその保護者にとっては大いに救いとなると思われる。

そのような意味での精神的な呪縛、つまり「学校でなければならない」という社会的な圧力、その精神的な呪縛からの解放は、⻑年現場で取り組んできた基本問題の一つであったが、どんなに実践を積み重ねても決して解決し得ない法制度上の問題であったといえる。

(略)残念ながら本法に反対してきた方々は、この法律によって不登校の子どもや保護者が追いつめられると主張してきたが、逆ではないかと考えられる。

この法律の 13 条をしっかり読めば、「学校でなければならない」という呪縛から解放されていく一つの制度改革につながると理解できる。*5

喜多明人(早稲田大学教授)

この解釈に、私も大いに賛同できます。以前にも書いたとおり、われわれ親子が求めていたのも、まさにこの呪縛からの解放だったからです。

www.huffingtonpost.jp

なお、法案成立とあわせて出された附帯決議には、この点がより明確に謳われています。これに照らせば、立法意図が児童保護者を追い詰めるもので無いことは明らかでしょう。

(略)全ての児童生徒に教育を受ける権利を保障する憲法のほか、教育基本法及び生存の確保を定める児童の権利に関する条約等の趣旨にのっとって、不登校の児童生徒やその保護者を追い詰めることのないよう配慮するとともに、児童生徒の意思を十分に尊重して支援が行われるよう配慮すること。

(略)不登校は学校生活その他の様々な要因によって生じるものであり、どの児童生徒にも起こり得るものであるとの視点に立って、不登校が当該児童生徒に起因するものと一般に受け取られないよう、また、不登校というだけで問題行動であると受け取られないよう配慮すること。

(略)例えば、いじめから身を守るために一定期間休むことを認めるなど、児童生徒の状況に応じた支援を行うこと。

(略)不登校児童生徒の環境や学習活動、支援などについての状況の把握、情報の共有に当たっては、家庭環境や学校生活におけるいじめ等の深刻な問題の把握に努めつつ、個人のプライバシーの保護に配慮して、原則として当該児童生徒や保護者の意思を尊重すること。*6

ちなみに、喜多博士を始め、この法律の専門家たちは「ホームエデュケーション」という用語を使っています。以後、このブログでもこの用語を使っていきます。

文部科学省の見解

実は、教育機会確保法の施行から十年以上も前に、すでに文科省からは、事実上、不登校児童の家庭での学習を容認・支援する通知が出されていました。平成17年に出された通知では、「一定の要件を満たした上で、自宅において教育委員会、学校、学校外の公的機関又は民間事業者が提供するIT等を活用した学習活動を行った場合、校長は、指導要録上出席扱いとすること及びその成果を評価に反映することができる」としています。*7

さらに、昨年9月には「不登校児童生徒への支援の在り方について」と題した通知が出され、再度「ICTを活用した学習支援など、多様な教育機会を確保する必要があること」を念押しするとともに、平成17年通知についても、「その際、不登校児童生徒の懸命の努力を学校として適切に判断すること」とまで踏み込んでいます。*8 

ここで「指導要録」とは、一般には馴染みのない用語ですが、どうやら年度単位で児童個人の出席・学習評価などを学校に保管しておく記録のようです。したがって、ホームエデュケーションでの学習の成果が、そのまま通知表に反映されるわけではない点には注意が必要です。

ともあれ、奇しくも蟲愛づる娘が不登校を開始したその月に、文科省からこのような通知が出されていたとは、私も最近まで知りませんでした。もっと評価されていい通知だと思います。

さて、ここまで明らかになった以上親としても黙ってはいられません。二学期が始まるにあたって、早速この2通の通知をプリントアウトして学校に持参し、担任の先生と面談してきました。

私としては、娘が家庭で毎日取り組んでいる「スマイルゼミ」「チャレンジタッチ」の学習記録を毎月提出するので、指導要録と、できれば通知表にも出席と学習評価を反映して頂ければ、娘もどんなにか励みになるだろう旨、お伝えしました。やはり先生も教育相談員の方も、この通知の存在を認識されてなかったようで、校長先生と対応を検討して下さることになりました。

結果は後日、こちらでご報告致します。

最後に、「学校に行くぐらいなら死んでしまいたい」と思っている子たちに、改めて申し上げます。逃げてもいいです。

References

(2017年9月4日 AS Loves Insects - 小包中納言物語「ホームスクールは「逃げてもいい」の先の出口戦略になり得るか」より転載)