循環器疾患も、在宅支援で予防する

高血圧による脳卒中の発症を、個々人の血圧データを使って予防しようとしている医師がいます。

脳血管疾患の発症数は年間約118万人(2014年厚生労働省患者調査の概況)。その原因の一つとして、4,300万人もが罹患している高血圧があります。高血圧による脳卒中の発症を、個々人の血圧データを使って予防しようとしている医師がいます。

自治医科大学循環器内科学講座 主任教授である苅尾七臣先生は、約25年前に高齢化率30%で将来の日本の姿と言われていた地域、兵庫県淡路島の北淡町で、高血圧をコントロールし脳卒中を予防する重要性を痛感しました。2015年同大学に地域医療循環器先端研究開発センターを開設し、ITを駆使して循環器疾患予防のシステム構築を目指しています。そのシステムとは、どういったものなのでしょうか。

--現在はどのような取り組みをなさっているのですか?

私は現在、在宅支援という形で高血圧のコントロールをして、脳卒中や心筋梗塞、さらに心房細動などの循環器疾患を予防し、いったん心不全を発症した患者では、再発までの期間を延長できるか、ということに取り組もうとしています。今はその素地づくりを行っています。

2015年5月、自治医科大学内に地域医療循環器先端研究開発センター(Jichi Medical University COE Cardiovacular Research and Development Cetner: JCARD)を開設しました。JCARDでは、24時間血圧計で計測した7000名のデータベースと、約4500名の家庭血圧計での結果を所有しています。また、約1000名の家庭データをクラウド型の血圧計で計測し、この研究センターに集めています。24時間血圧計は株式会社エーアンドディーと、家庭血圧計はオムロン株式会社と共同で開発したものを使用しています。

そして新たに、複数の医療機関の協力を得て、約300名の血圧データを、その日の気温と共にクラウドに集めています。

--なぜ、循環器領域の中でも、高血圧へのアプローチするようになったのですか?

循環器領域では、冠動脈疾患に対してのアプローチ法はほぼ確立してきています。例えば、カテーテル治療や動脈硬化へのアプローチなどです。そして、脳卒中も徐々に抑制できるようになってきました。

しかし細い血管に対するアプローチ、ここはまだ残された分野なのです。そして細い血管の疾患は、加齢自体が原因なのです。

それにどう対処するか。これが今残された課題だと思っています。平均寿命が延び高齢者が増えている中で、加齢による疾患の患者さんを、全員入院させて治療すればいいとは言っていられません。そうすると、在宅支援での入院予防、さらに再入院までの期間の延伸が重要になってくるわけです。

自宅にいる段階でいかに入院を防ぐか。飛行機に例えると、機能が低下しても超低空飛行でもいいので地面につくことを避ける、入院という一線を超えないようにスーッと飛び続ける必要があるのです。

在宅で血圧の変動性や心拍数のモニタリングをしていけば、イベントリスクを察知したときにすぐさま医師が介入して回避することができます。このようなことを、毎日リアルタイムでできるようになることは、循環器領域の在宅支援となり得ます。

--循環器領域での在宅支援の重要性に気付いたのは、どのようなことがきっかけだったのですか?

私は自治医科大学医学部を卒業し研修後、出身地兵庫県にある淡路島の北淡町に赴任しました。その時、いかに在宅での支援が重要かということを、身を持って体験しました。

北淡町に赴任していたのは今から約25年前ですが、当時すでに65歳以上の人口が全体の30%を超えていたんですね。ですから、「25年後の日本の状態」言われていました。そこで多くの高齢者を診ていたことが、高血圧のコントロールの必要性を感じた最初のきっかけです。

この地域は、兵庫県の中でも脳卒中が最も多い地域でした。通常寒いところで多く発症するものなので、兵庫県内ですと、日本海側に面している地域の発症率のほうが高いはずです。しかし、兵庫県の南部、冬でも比較的穏やかな気候である北淡町のほうが、脳卒中が多かったんです。

理由を探ってみると、漁師町ということが関係していました。漁師町は塩分摂取量が多い傾向にありますが、この地域にも1日に25グラムも塩分を摂っていました。健康診断では、血圧180mmHg以上の方がかなりの人数いて、それが原因で高血圧になり、脳卒中を引き起こしていたのです。これは大変だと思い、当時母校の循環器内科の教授であった島田和幸教授(現・臣小山市民病院院長)と兵庫県立淡路病院院長であった松尾武文先生(現・自治医科大学客員教授)の指導を受け、すぐさま高血圧対策・脳卒中予防に取り組み始めました。

--具体的にはどのようなことをなさったのですか?

当時の血圧測定と言えば血圧の上と下を計るくらいでした。ところが、ちょうどその頃に24時間血圧測定ができる機器が登場し、それを活用することにしました。

脳卒中患者は、24時間まんべんなく診療所に来るわけではなく、朝方に集中していたため、受診の際だけ血圧を計っていても原因は探れないと考えたからです。そして24時間血圧計で計測してみたら、夜間に急激に血圧が低下して、その分、朝方ものすごく血圧が上がっているひとがいることが分かったのです。

当時は、夜間血圧が低下しない方がリスクになりそうだということは報告され始めていましたが、朝方に血圧が上がることと、朝に脳卒中が起こりやすいということは知られていました。ところが、朝に血圧が10mmHg上がる人と、20mmHg上がる人のリスクの違いを示した研究はありませんでした。

しかし実際には、24時間血圧測定で見てみると、朝方の血圧上昇率が高い人のほうが、より高い確率で無症候性脳梗塞や、脳卒中を起こしていました。そして発症も朝です。「これはやはり朝がキーポイントになる」と思い、初めて24時間のデータベースを作っていったのです。

3年半の追跡調査の結果、外来で計った平均の血圧値とは独立して、朝の血圧が高い人ほどリスクが高くなっていました。それで「モーニングサージ(早朝高血圧)がリスクである」という研究結果を発表しました。これが2003年、米国心臓病学会(AHA)の雑誌に掲載されたため、2004年に「早朝高血圧」という本を出し、早朝高血圧の概念を国内外へ広げることもできました。

--今後の展望としてはどのようなことを見据えているのですか?

先程もお話したように、現在、医療機関に協力していただき、500名の血圧データをその日の気温と併せてJCARDのクラウドに集めています。今後、これを、在宅診療所と協力して行いたいのです。在宅診療所の患者さんにクラウド型の血圧計を貸し出し、計測されたデータを全てJCARDへ送ります。それを私たちが解析してお返しするというシステムを構築したいと思っています。

私たちは、その日の気温と一緒に血圧のデータを1年分蓄積します。すると翌年には、次の日の気温予報によって、血圧がどれくらい上がるか下がるかの予測ができ、翌日のリスクを患者さんにアラートできます。そうすることで、入院を回避し、在宅支援という形で循環器領域のイベントに対応できます。これが、私たちが作りたいシステムです。

気温と血圧データを送れる血圧計を、年内中に1000台貸し出すことが目標です。そして最終的には5000名のデータを4年間記録していくことを目標にしています。どの程度気温に依存した血圧上昇が見られ、その程度がイベントリスクにつながるか、どのような治療が有効かをリアルワールドで明らかにできます。

さらに私たちは、朝の血圧が10mmHg上昇すると脳卒中、心筋梗塞、心不全、大動脈解離の発症リスクが何%上昇するかを算出する換算式を持っています。これを利用して地域ごとに、年齢とどのようなリスクを併せ持っているかというデータから、血圧が10mmHg上がると脳卒中リスクが何%上がるか、ということを明らかにしようとしています。

人によってリスクは違います。しかし個人のデータを蓄積していき、それに基づいてイベントリスクを予測することは、ITが発展した現代であれば十分可能です。私たちはこれを「予見医療(Anticipation medicine)」と呼んでいます。予見医療では、一人ひとりに対してリスクの回避ができ、「100%」に近い安心感を提供できます。成し遂げたいことは、そこに尽きるのです。

先程も言いましたが、イベントが起こるところを予測し予防することで、超低空飛行でもいいから入院を回避させる。これが循環器疾患のプライマリーケアのポイントであり、それを在宅支援という形で行っていきたいのです。

(インタビュー・文 / 北森 悦)

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■医師プロフィール 苅尾 七臣

自治医科大学循環器内科学講座 主任教授

兵庫県生まれ。1987年自治医科大学医学部卒業。1989年、兵庫県北淡町国民健康保険北淡町診療所に赴任。1996年より自治医科大学循環器内科学講座助手、2000年より同講座講師、2005年より自治医科大学COE(Center of Excellence)及び、循環器内科学講座教授。2009年より現職。その他、コーネル大学医学部循環器センター・ロックフェラー大学Guest investigator、コロンビア大学客員教授、ロンドン大学医学部Cardiovascular Science研究所客員教授、上海交通大学医学院客員教授を歴任。2015年より自治医科大学地域医療循環器先端研究開発センターの主任教授も務める。

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