聞き手の心をキャッチするために必要なものとは?

コミュニケーション能力を高めるにはどうすれば良いのでしょうか。話し手は、いかに上手に効果的なプレゼンやアウトプットをしていくかという方法論ばかりに注意を向けがちです。

人に話を聞いてもらうときに、見過ごされがちながらも重要なファクターがあります。聞き手の心をキャッチする意外なコツとは?

◆聞き手のコンディションが重要

コミュニケーション能力を高めるにはどうすれば良いのでしょうか。話し手は、いかに上手に効果的なプレゼンやアウトプットをしていくかという方法論ばかりに注意を向けがちです。しかし、実際には話し手のアウトプットテクニックと同じくらいに重要なファクターがあります。それは、聞き手のコンディションです。

おなかをこわしていたり、対人ストレスを抱えていたりするとき、集中しなければならないとわかっていても聞き手は集中力を欠いてしまいます。みなさんも一度はそうした経験をしたことがあると思います。

もちろん就職試験などでは、面接官は万全の体調で試験場に現れるわけですが、そうであっても話し手の発する話しことば以外の情報に気が取られてしまうこともあります。ノイズによって冷静に聞くことができなくなる。そんな状況が生み出されてしまうことがあるのです。

◆聞き手を左右するのは、話しことばだけではない

話し手が発信する情報には、

1)話しことば、音声として発せられる聴覚言語

2)アクセント・イントネーションといった表現としてのパラ言語

3)資料やスライドとして呈示される書記言語や画像情報

などがあります。

成功するためのプレゼンを教えるセミナーではもっぱらこうしたテクニックの伝授に時間が割かれていますが、聞き手はそれ以外の情報にも左右されます。声のトーンや声質、清潔感という意味での匂いや臭い、提出された資料の質感や触感、呈示された資料やスライドの色調やイメージの洗練さ、そして話し手の身だしなみやジェスチャーなどです。聞き手は、聴覚だけでなく、視覚・嗅覚・触覚など他の五感も駆使しているのです。

◆聞き手に届くかどうかのカギは「アブミ骨筋」

音声という聴覚情報は、耳介で捕捉され外耳道を経由して鼓膜に達します。鼓膜の振動は鼓膜についている耳小骨から内耳に伝わり、そこで電気的シグナルに変換されて最終ゴールの脳にたどり着きます。耳小骨にはツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨の三つがあり、このうちのアブミ骨には「アブミ骨筋」という小さな筋肉が備わっています。

アブミ骨筋の役割は、音の大きさを抑制したり、特定のリズムの音を聞こえやすくしたりする音の選別(フィルタリング)機能です。アブミ骨筋の活躍によって、やかましい音も聞き取りやすくなり、雑音や音楽の中から必要な音声だけをクローズアップすることができるのです。

こうしたアブミ骨筋の働きを調節しているのは、感情をコントロールする扁桃体です。大脳皮質下にある扁桃体はリラックスモードの時に受容の感度が最大化されます。

アブミ骨筋は表情をコントロールする顔面神経に支配されているため、ヒトの表情を見ればアブミ骨のコンディションまで伺い知ることができます。特にアブミ骨筋の状態に影響するのは、自然に湧き上がる感情です。うれしい時にはアブミ骨筋はとてもよく動きますが、気分が害されているときは耳小骨や鼓膜さえも動きを固めてしまいます。つまり、アブミ骨筋の一挙手一投足によってわたしたちが話した声が聞き手の脳までどれほど届くかが異なってくるのです。

このように、聞き手が心理的にネガティブな状態にあると、いくら聞いていても音声に含まれる熱意や感情といった情報はピックアップできないことになります。さらに、感情のコントロールユニットである扁桃体が嫌悪感や怖れの気持ちでいっぱいになっていると、聞き手は話し手のニュアンスを汲み取ることが困難になるだけではなく、聞こえる声の大きさまでも小さくなってしまうのです。

聞き手に話を聞いてもらうためには、まず相手の心理状態をベストな状態に誘導し、笑顔を引きずり出すことがとても大切なのです。

◆話し始める前から決まっている

話しことばで何かを人に伝える時は、アクセントやイントネーションを巧みに使い、言外の意も盛り込んでいます。隠喩や暗喩といった二重性は、ことばに抑揚を持たせることではじめて伝わります。しかし、聞き手の心が開かれていない状態、つまり聞き手のアブミ骨筋が固まった硬い表情の状態では聞き手の耳が拒否してしまうため、いくらことば巧みに話してもそれが伝わらないのです。

このことは、別の意味で不利に働くことがあります。事前に得ることのできる情報によって、話をする前に聞き手にバイアスがかかってしまうことがあるのです。(認知科学ではこれをプライミングと呼びます。)例えば、就職試験の面接における学歴や縁故などのバイアスがあります。

ただし最近の大手企業はこのようなバイアスを有害なファクターと認識し、避けようとしています。面接官や試験官にはその手の情報を知らせず、面接時の「ありのまま」から判断する方針のところが増えてきているのは朗報といえるでしょう。

このように話し手の身なり、第一声、立ち振る舞いなどの印象によって、聞き手は話を聞き始める前の段階ですでにある心理状態に入ってしまっているのです。ですから聞き手に受け入れてもらうためには、TPOを押さえた服装、ヘアスタイル(ヘアカラー)、そして聞き手の文化や慣習を配慮した所作・立ち振る舞いといった見た目で武装し、落ち着いたさわやかな印象の第一声で自己紹介を始めていくのが大切なのです。

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【医師プロフィール】

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中川 雅文 耳鼻咽喉科

1986年 順天堂大学医学部卒業。医学博士

順天堂大学医学部講師、私学事業団東京臨海病院耳鼻咽喉科部長、順天堂大学医学部客員准教授、みつわ台総合病院副院長などを経て、国際医療福祉大学病院 耳鼻咽喉科 教授

著書に『「耳の不調」が脳までダメにする』(講談社)『耳トレ!-こちら難聴・耳鳴り外来です』(エクスナレッジ)ほか

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