ビジョンに共感していれば、会わなくても仕事ができる──「自由な働き方」を推進する企業経営者×敏腕プロデューサー

ITの進化によって、時間と場所にとらわれない働き方ができるようになった。だが、実際の現場を見ると、まだまだ私たちビジネスパーソンの働き方は古い制度や働き方に縛られているように見える。

ITの進化によって、時間と場所にとらわれない働き方ができるようになった。だが、実際の現場を見ると、まだまだ私たちビジネスパーソンの働き方は古い制度や働き方に縛られているように見える。今、一番変わらなければならないのは会社なのか、それとも私たち自身なのか。長年ビジネスの現場を見続けてきた日経ビジネス・日経ビジネスオンラインのチーフ企画プロデューサー 柳瀬博一さんを案内役として、ウェブ上で企業と個人の仕事を繋げるランサーズ社長の秋好陽介さん、クラウドでの情報共有サービスを提供しているサイボウズ社長の青野慶久さんら3人が、新しい働き方の可能性を語り合った。

10年後にはホワイトカラーの3分の1はオンラインワーカー

柳瀬:実は私、先週まで海外出張でパキスタンにおりました。日本からかなり離れていますが、一睡もできないくらい仕事がくるんですね。というのも、海外でも、Wi-Fiが完備されている。そうすると、日本から時差に関係なく仕事の発注がきてしまう。ヘタをすると、こちらだけ仕事が24時間化するんです。

海外出張と言えば、昔は極楽だったんです。ちょっと仕事をすれば、あとは遊べるのというのが海外出張でした。

ところが、今はウェブで全部繋がっているし、会議までできてしまう。東京とやりとりをしていると、24時間休みがなくなるんです。本当にヘトヘトになるのですが、これはクラウドのせいかなと思います(笑)。

それはさておき、秋好さんは『満員電車にサヨナラする方法』(ビジネス社)という面白い本を刊行されました。なぜこのタイトルなのですか?

1964年生まれ。日経ビジネス記者を経て、『小倉昌男 経営学』『矢沢永吉 アー・ユー・ハッピー?』などのベストセラー本を手掛けたカリスマ書籍編集者。TBSラジオのパーソナリティも務める。現在、日経ビジネス、日経ビジネスオンラインで、リッチコンテンツのプロデュースを担当。主なものにJICA(国際協力機構)との広告企画記事「池上彰と歩くアフリカビジネス」などがある。今年50歳、アナログとデジタル両方の時代を知る。

秋好:クラウドソーシングは時間と場所にとらわれないので、発展していくと、通勤がなくなり、結果として満員電車もなくなる。そういう意味で、タイトルを付けました。

柳瀬:満員電車はお嫌いですか?

秋好:大嫌いですね(笑)。

青野:私も大嫌いで、創業して17年になりますが、会社の側にずっと住み、徒歩通勤をしています。

柳瀬:超職住接近ですね。

秋好:私も徒歩通勤です。

柳瀬:かつてのサラリーマン時代はいかがでしたか?

青野:バス、電車で片道1時間くらいかかっていましたね。バスは揺られるので本は読めない。電車も乗り換えが多く、何ができるわけでもない。本当に時間を無駄にしていました。

柳瀬:ある本で読んだのですが、満員電車通勤を一時間毎日続けると、ギリシア時代のガレー船で数年間、奴隷が漕いでいるのと同じくらいのエネルギーを消費するのだそうです。

満員電車通勤をなくすために、クラウドはどう機能すればいいのでしょうか。

秋好:一般論として2020~25年にかけて、今のホワイトカラーの3分の1くらいがオンラインワーカーになると言われています。それはクラウドソーシングであろうがなかろうが、です。世の中の流れとしては、そうなっている。

例えば、朝は家で仕事をします、夕方から会社に行って会議をしますという選択的な働き方が3分の1くらいになる。世の流れとして将来、満員電車はなくなっていくのではないかと思います。

ワークスタイルが違う人々をどうまとめるのか?

柳瀬:サイボウズ自体はどんなワークスタイルをされていますか?

青野:私たちの会社の働き方は選択制を採っています。ハードワーカーもいれば、そうしたくない人もいる。ならばと、働き方の選択肢を用意して、自己責任で選んでもらっています。グループウェアで業務連絡のやりとりをしています。

柳瀬:ワークスタイルがバラバラで、どうやってまとめているのですか?

青野:ITの力によるところが大きいです。「遠くで働いていたらどう評価するんですか」「遊ぶ人がいたらどうするんですか」とよく聞かれるのですが、あまりモラル・ハザードのようなことは起きていません。

なぜかといえば、在宅で働く人は、会社にいないから、自分の仕事のアピールをしないとサボっているように見えるわけです。すると「私、働いています」とアピールするようになるのです。

その結果、むしろ社員それぞれが自分のアウトプットが何なのか、よく考えるようになりました。なんとなく会社にいたら仕事をしている気になっている。それを見直し、仕事の中身を問うきっかけになりました。

柳瀬:どこでも仕事ができるようになると、その人が仕事をしているかどうかが、かえって可視化されるんですね。

会わない人ともうまく仕事をするには?

青野:それこそ秋好さんのビジネスであるクラウドソーシングは、アウトプットである成果物が明確ですね。企業も個人もお互い気持ち良く仕事ができるのではないでしょうか?

秋好:ランサーズはオンラインだけでやっているので、フェイス・トゥ・フェイスのような関係にはならないと思われがちですが、ある時、発注している企業の方と受注する個人の方、別々に話を聞いて驚いたことがあります。

彼らは、オンラインで一度も会わずに電話すらしたことがない関係にもかかわらず、互いのことを分かり合っていて、会ってもないのに会ったかのように話すのです。

柳瀬:ただ一方で、私も経験があるのですが、顔も見ていない誰かに仕事を頼んで、大失敗することがあります。うまくいくかどうか、その違いはどこにあるのですか?

秋好:その違いは企業側も個人側にも両方とも言えることなのですが、どれだけ相手のことを思って、リスペクトして仕事をしているのか。単純に「おカネを払うから仕事をしてよ」「ちゃんと納品物だけやればいいんでしょ」という態度になると、リアルでもウェブでも結果はあまり変わらないはずです。

どれだけお互いを思いやっているのか。それがオンライン上のうまくいっている発注関係の共通ポイントだと思います。

青野:私もいろんな会社のチームワークを見てきましたが、グループウェアを入れて、会社の風通しがよくなって、良い会社になったところもあれば、反対に掲示板が炎上して、書き込み禁止という事態になったところもあります。結局そこに何の違いがあるのかというとビジョンなんですね。会社がどこに向かうのか、全員が共感していると、うまくツールを使って、もっとビジョンに近づこうとする。

例えば、経営者は社員をこき使おうと思っている。社員は経営者にこき使われたくないと思っている。つまり、矛盾しているわけです。そうすると、せっかくのクラウドも意味を果たさない。まさにリスペクトにも繋がると思うのですが、同じゴールをお互いが見ているかどうかです。社長である私の一番の仕事は、共感するビジョンをつくって伝えることだと思っています。

企業という枠組みは意味がなくなっていく?

"柳瀬:私はたくさんの企業を取材してきましたが、実際にはうまくいっているほうが少ないという感じがします。青野さんは、うまくビジョンが伝わるかどうかの差は一体どこにあると思いますか?

青野:働く人一人ひとりのビジョンに重ねられるかどうかだと思っているんです。そもそも会社にはいろんな人がいますから、その人たちのやりたいことの共通項を見出さない限りは、共通のビジョンにならないんですね。

もし共通項を持てない人がいれば、会社から出ていってもらう。それくらいの勇気をもって、経営していかないと一体感のない組織になってしまうと思います。

柳瀬:では、企業と個人ともう一つ、チームという枠組みで考えると、ワークするグループウェアやクラウド空間のあり方を含めて、青野さんが考えるチームとはどういう定義になりますか?

青野:これから企業という枠組みは、あまり意味をなさなくなってくると思います。各企業を見ると、すごく一体感のあるところもあれば、バラバラなところもある。もし働き方が自由になれば、企業という枠組み自体が試されるようになる。大事なのはビジョンがあって、共感する人たちがいるかどうかにかかってくるのです。

今も社外の人たちと仕事をしていますが、そこにも短期間のチームができるわけです。ビジョンがあって、共感していれば、ITを使って、まったく顔を合わさなくても仕事ができる。

柳瀬:秋好さんの本の中で、ランサーズの仕事の一つは、新しいチームをつくることだと書いていらっしゃいますが、秋好さんのイメージするチームとはどんなかたちでしょうか。

秋好:組織というものは、これからも残っていくと思うのですが、どちらかというと、ビジョンを共有して、プロジェクトチームとして集まっていくというかたちになり、個人と法人の垣根がなくなっていくと考えています。

理由の一つとして、例えば、かつて靴職人としてのスキルを身につければ、親子三代200年にわたって、そのスキルだけで生きていけるという世界があったわけです。

ところが、今はC言語のスキルを身につけても、どれくらいもつのかというと、十数年もてばいいほうだと思うんですね。

つまり、職能の寿命よりも人間の寿命のほうが長くなった。これまでは一つのスキルを身につけていればよかったのが、二つ以上身に付けなければならない。ならば、そのスキルを使ってビジネスをするところは、もっとフレキシブルにならざるを得ない。

そのときこそ、個人をつなぎ合わせるプラットフォームが必要だと思うのです。ランサーズでは今、チーム単位でも発注できるようになりました。日本とアメリカとケニアのエンジニアがウェブ上に集まって、一つのチームになって、発注を受けるということができるようになったのです。ヨーロッパのギルドのオンライン版のようなものが、増えていくのではないかと思っています。

働き方を変えるには評価とセットで

柳瀬:グループウェアを使ったクラウドワークが向いている仕事、向いていない仕事もあると思います。とくに大企業の場合、今のところ導入が難しいと思っているのですが、そのあたりはいかがでしょうか?

青野:例えば、IT企業のシスコシステムズは超大企業ですが、働き方はクラウドです。会社の規模はあまり関係ないのではないかと思います。

柳瀬:シスコではうまくいって、日本の某社ではうまくいってないような感じもするのですが、何が違うと思いますか?

青野:私はインクルージョン(多様性のもとで各個人が対等に機会に参画できる)という言い方をするのですが、上司がそれを受け入れるのかという違いかと思います。ちょっと変わった働き方をする部下が出てきたときに、上司がイエスと言う組織なのかどうかが問われていると思います。

私は社長として育児休暇を取りましたが、サラリーマンとして取れたかというと、自信がありません。出世に影響することや、周りからどんなふうに見られるのかが不安だからです。

そんなとき、もし上司から「育児休暇を取る働き方はカッコイイから取ってくれ」と言われれば取ると思うんですね。

働き方を変えるというのは、上の人がどう評価するのか、それとセットになってないと変えられないでしょうね。

柳瀬:上司には上司がいますから、究極的にはトップということですね。

青野:風土を変えるのは、トップの仕事だと思っています。

柳瀬:上の首をすげ替えなければ、なかなか難しい(笑)。

青野:でも、トップの方々は今何をやらなければいけないのかということはわかっていると思うんです。働き方も自由にして、女性も活用する。そうしなければ、スピードの早くなった時代についていけないわけですから。

柳瀬:それが中間管理職まで下りてきてない。

青野:それはあると思います。

リアルな仕事もクラウドで

秋好:クラウドソーシングの場合は、向いている仕事は納品物が明確にある仕事です。逆に言うと、納品物さえあれば、何でも向いている。デザイナーやエンジニアの仕事もそうです。

ただ、今はテクノロジーがすごく進化していて、医者のような仕事であっても、遠隔で手術ができるようになると言われています。今後5~10年というスパンで考えると、想像し得ない仕事もクラウドに流れていくのではないかと思います。

柳瀬:私もGEヘルスケアの取材をしたことがあるのですが、遠隔手術や遠隔治療をクラウドとテレビ会議的なものでやるというのは、明らかに将来の構想の中に入っていますね。近くの専門の違う医者よりも、遠くの名医にちゃんと見てもらったほうがいい。

そのためには処方箋や普段の医療チェックのデータをクラウド上に共有しておく。もしカルテのデータが共有化されると、どこでケガや病気をしても、個人のデータを引き継ぐことが簡単になりますからね。

柳瀬:例えばアマゾンが出てきたことで、田舎の家電店がアマゾンと戦わなければならないということが、個人の仕事でも起こってくるということですね。

秋好:私は将来的にリアルな仕事もオンラインにデータベースを溜め、例えば、自動車の期間工など手に職を持っている方々の空いた期間の仕事をマッチングし、よりよい生活ができるようにしたいです。

ウェブ上でのアピールと評価

柳瀬:私はウェブって実はテキスト社会だと思うんですね。成果物以上にテキストで表現することがうまい人のほうが見かけ上の評価は高くなるということはありませんか?

秋好:自分の実力以上にテキストを書いてしまうと、その内実が分かった途端、悪い評価に繋がっていく。ちゃんと世の中のエコシステムで淘汰されていくのかなと思っていますね。

柳瀬:むしろ、その逆の場合が心配です。さきほどの期間工の方の話ではないですが、すごい実力なのに、テキストで表現したり、メールしたりするのが苦手な人。そういう人の実力がウェブ上から漏れてしまうときがあるじゃないですか。こうしたケースを救う方法はないのですか?

秋好:まさしく我々プラットフォームの会社の役割だと思います。プラットフォームが間に入って、本当に実力のある人を漏れないようにする。そのための適切な評価ができるような仕組みもつくっていきたいと思っています。

柳瀬:青野さん、グループウェアを提供されていて、そのあたりはどうすればいいと考えていらっしゃいますか?

青野:今ちょうど新卒採用シーズンですが、ギーク(コンピュータやインターネットについてマニアックな知識を有する人)の学生がいっぱい受けにくるわけです。ギークは面接になると、すごくアガってしまう。テキストを書かせても、2ちゃんねる的な感じになる(笑)。

でも、私たちは行動を見るんです。最近だとプログラム好きのSNSがあって、そこを見ると出来るヤツかどうかわかるんです。

確かにテキストでアピールできないかもしれないけれど、今はマルチメディアなので、いろんな表現ができます。例えば、自分が絵を描けるのであれば、画像を張ればいい。絵を描いているところを動画で撮ればいい。いろんなかたちで、自分のスキルを見せることはできる。

ここからが大事なのですが、それがクラウド上にあがって、もし実力以上に見せていれば、それ自体が証拠として残ってしまう。もしデータが残らない時代であれば、劣勢になるとそんなことしゃべってないと強弁できる。ところが今はデータが証拠となって残っていますから、本当のその人が見えやすくなっているのです。

柳瀬:すなわちテキスト以外の、その人の得意なアウトプットの仕方を利用すべきだし、評価する側もそれを見るべきだということですね。

青野:そうです。成果物を見せてもらえばいい。

後編に続く

撮影:谷川真紀子、執筆:國貞文隆、編集:渡辺清美

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