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サイボウズ式:人工知能の発展は「人間は素晴らしい」幻想を崩し、それでも「人のいいところ」を浮き彫りにする──『AIの遺電子』山田胡瓜,

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人工知能が仕事を奪う――そんな意見を耳にしたことがある人は少なくないのでは。一方で、人工知能が新しい仕事を創造する、といった見解もあります。人工知能がさらなる発展を遂げるなかで、未来の働き方はどう変化していくのでしょうか。

昨今、人工知能を恐れるあまり「仕事を奪うのなら、開発をやめてしまえばいい」という意見まで現れています。単に「脅威」として捉えるのではなく、人工知能と人間が共存できる新たな働き方を描くことはできないのでしょうか。

人気連載『バイナリ畑でつかまえて』(ITmedia PC USER)や『AIの遺電子』(週刊少年チャンピオン)で知られる漫画家・山田胡瓜先生に「人工知能と未来の働き方」についてお話を伺いました。

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山田胡瓜。漫画家。2012年、『勉強ロック』でアフタヌーン四季大賞受賞。元ITmedia記者としての経験を基に、テクノロジーによって揺れ動く人間の心の機微を描いた『バイナリ畑でつかまえて』をITmedia PC USERにて連載中。Kindle版はAmazonコンピュータ・ITランキングで1位を獲得した。2015年11月より、週刊少年チャンピオンにて初の長編作品となる『AIの遺電子』を連載中

人工知能が仕事を奪うのなら、開発をやめればいい!?


伊藤:サイボウズ式編集部でインターンをしております、伊藤です。この前、バスで乗り合わせた大学生の話を聞いていて、びっくりしたんです。彼らは就活の話をしていたんですが、その流れで「人工知能って人間の仕事を奪うらしいじゃん。仕事なくなったら困るし、開発なんてやめればいいのに」と言っていて。学生もふつうに関心があるんですね。

山田:いま、ブームですからね。

伊藤:「人工知能ってよくわからないけど、なんだか怖い」といったイメージが先行している気がします。今日は「人工知能は私たちの仕事を本当に奪ってしまうのか」といったところから、お話を進めていきたいです。

山田:ぼくは『AIの遺電子』で人工知能を搭載したヒューマノイドが、あたりまえのように存在する近未来を描いています。

が、研究者ではないので、あくまで漫画家としての勝手な意見を述べていきます、とはじめに断っておきますね。ちなみに、これまでの歴史において、何度か人工知能ブームがあったんですよ。

伊藤:はい。

山田:第一次人工知能ブームがやってきたのは1950年?1960年代。楽観的な予測とともにいろんな研究が進みましたが、次第に課題も明るみになり、70年代に入ると研究への支援が続々と打ち切られる「冬の時代」に入ってしまいます。

それから1980年代に第二次人工知能ブームがやってくるものの、これもやがて尻すぼみになっていくんです。

「同じことを続ける」だけでは技術革新にうちのめされる


伊藤:「またブームきちゃったよ」と、けっこう冷めた目で見ている専門家は多いのでしょうか?

山田:専門家がどう考えているかはぼくにはわかりません。個人的には、多くの人が想像するような「人間的な人工知能」が生まれるには、まだいろいろな課題があると思います。ちなみに、米国の未来学者であるレイ・カーツワイル氏は、2045年に人工知能が全人類の知性を超えると予測していますね。

伊藤:30年も経てば相当大きな変化があるでしょうね。

山田:でも、意外と人間はまだ働いているかも。汎用人工知能の誕生を地球規模のライフイベントと考えると、30年後だろうが100年後だろうが誤差の範囲ですからね。

伊藤:確かに(笑)

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AIの遺電子』(山田胡瓜)

伊藤:山田先生は、人工知能に奪われる仕事とそうではない仕事がある、とお考えですか?

山田:現時点では職種によるところが大きいと思いますね。コールセンターや事務関連業務は人間よりも人工知能のほうが得意になるかもしれません。完全自動運転が実用化されたら、タクシーもなくなってしまうかも。ちなみに海外ではスポーツの試合を見て速報を書く人工知能がいます。簡単な記事なら人工知能が書けちゃうんです。

伊藤:それはすごい! そうなると生き残れる人というのはやはり......。

山田:やりようはあると思いますよ。やっぱり「人間にしてほしいこと」ってあるじゃないですか。たとえば完全自動運転が普及したとしても、タクシーの運転手をしたいなら、運転だけじゃなくてもうひとつ何か特技を身につけると強いですよね。

伊藤:トークがすごくおもしろいとか?

山田:それも差別化になりますね。たとえば「占いができるタクシー運転手」って、いいと思いません?

伊藤:いいなぁ。乗りたくなりますね!

山田:人工知能があろうとなかろうと「同じことをずっと続けていればいい」と試行錯誤をやめてしまうと、技術革新に負けてしまうんだと思います。

人工知能の発達で、今まで気づかなかった人間のいいところが見えてくる


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伊藤:漫画家のような、よりクリエイティブな仕事はどうでしょうか?

山田:長いスパンで考えると、どうなるかわからないでしょうね。ちなみに、3月にはある研究グループが人工知能に書かせた小説4作の一部が、「星新一賞」(日本経済新聞社主催)の一次審査を通過したことがニュースになりましたが、さすがに賞はとりませんでした。人工知能×囲碁の話題もよく出てきますが、囲碁はチェスや将棋と同じくルールが決まった完全情報ゲームですから、いままでの人工知能でもそれなりの成果が出ていました。でも小説で賞をとるとなると、言葉や文脈の理解はもちろん、人間の文化や感性といった複雑な要素が絡んできます。これを成し遂げるAIが出てくるのはまだ時間がかかると思ってます。

伊藤:でも、人工知能が進化して、ストーリーを完璧な形で書き上げられるようになると、クリエイティブな仕事だから大丈夫、とは言っていられなくなりますね。

山田:そうですね。「◯◯は人間しかできないよね」といった価値観を持ち続けるのは危険かもしれません。

そのうち、人工知能の汎用性が増してくると、「機械もスゴいけど人間はもっと素晴らしい」みたいな幻想は崩れて、人間がガックリくるケースがたくさん出てきそうです。でも一方で、人間が知らなかった、あるいは人間が悪いと思っていた人間のいいところが、見えてくるんじゃないかという予感もします。

伊藤:たとえば何でしょう?

山田:例えばですが、「忘れる」とかですね。

伊藤:『AIの遺電子』で出てきた「忘れることができなくてツラい」みたいなシーンを思い出しました。ああなると苦しいかも。

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山田:忘れるって高度な機能ですよ。でも、見たり聞いたりしたら、一瞬で思い出す。それってすごくないですか?

伊藤:確かに。

山田:ちなみに、ぼくは、人工知能について考える時、3段階で考えてます。直近フェーズでは、企画の立案や作品の創作といったクリエイティブな労働が代替されることはないと思います。臨機応変に知恵を働かせる仕事を、機械が簡単にできるようになるわけではありませんから。

でも、人工知能がそういった仕事に進出する日が、いつかはやってくる。そうやって中期フェーズにはいると、そのぶん、知的労働だから人間が必要、とは言ってられなくなるかもしれません。でも、人間にやってほしいことや、人の思いや人生が背景にあるような仕事には価値が残ると思います。それと、ぼくらが想像していないような、新しい仕事が人間に生まれているかもしれませんね。

その次の後期フェーズになると、まだ誰にも予想できないのではないかと思います。そのフェーズに至る前に、人工知能に対していろんな規制が設けられるかもしれません。ぼくに妄想できるのはここまでですね(笑)。

伊藤:ありがとうございます。

山田:歴史を振り返ってみてみると、人間は機械を作り、産業革命が起きて、たくさんの労働者が職を失い、ラッダイト運動が起きて......という道のりがありました。でも「機械がないほうが良かった」かというと、そんなことはないとぼくは思ってます。人工知能もそうやって受け入れられていくのではないでしょうか。

人間は、ミスする賢い人工知能をゆるせるか


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伊藤:ちょっとスケールの大きい話かもしれないですけれど、人工知能と人間との関係は、この先どうなっていくと思いますか。

山田:ぼく自身は人工知能が賢くなる過程で、ミスや間違いが起こり始めると思っています。人間ってルーチンでやっていた方法に飽きたら、よりよい方法を求めて変えることがありますよね? その結果、失敗することもあります。

これまで機械は人間が設定したとおりに動くのがあたりまえでした。でも、人間が設定するのが面倒になると「賢い機械があればいい」と思うわけです。賢い機械を使う=それに判断をも任せることにほかなりません。

人間のように「自ら考えて動く機械」ですから、そのぶんトラブルが起きる可能性は見ておかないといけない。知らないことをやらせて失敗する、なんてことも十分にあり得るわけです。

伊藤:「いわれた通りに動く=賢い」ではないということですね。

山田:賢い=自分で考えられること、です。だから判断を誤る可能性だってありますし、期待どおりに動かないことだってあるでしょう。それを社会が許容していかないといけない。そんな機械を見てあげるために人間が必要になるのかもしれない。機械が間違えそうなときに、止めるのが人間の役目になるかもしれないですよね。

伊藤:人工知能が賢くなると思うと、危うくそこに「完璧さ」を求めてしまいそうになります。

山田:完璧というのはルールが限定された狭い世界でしか成り立ちません。完璧かつ賢い存在なんて、そんなのはもはや神様です。

伊藤:そのとおりですね。

山田:間違える機械とどう付き合うかというのは、もしかすると、ウエットな感情を交えて考えたほうが対応しやすいかもしれないですね。「1度失敗したからもうダメ」ではなく、「失敗したけど大目に見てやるか」「このコも一生懸命頑張っているから長い目で見てやろう」みたいな広い心で(笑)。子供と一緒で、大きくなる前になるべくいろんな失敗をして、たくさんのことを学んでもらう。そんな風に人工知能を育てていく時代が、もしかしたら来るかもしれません。

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構成:池田園子/写真:尾木司

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本記事は、2016年5月18日のサイボウズ式掲載記事人工知能の発展は「人間は素晴らしい」幻想を崩し、それでも「人のいいところ」を浮き彫りにする──『AIの遺電子』山田胡瓜より転載しました。