サイボウズ式:「私は長時間働いているのに、あの人は......」とならない理想の立て方──クラシコム青木耕平 ✕ サイボウズ青野慶久

「今、国をはじめとして、大規模のものが少しずつ崩壊していっている。その受け皿は何だろうと考えたときに、『それって会社じゃないか?』と考えるようになりました」

めちゃくちゃ面白い! 共感するし、これを上場企業が実現している価値は計り知れない。こういう先人がいてくれる有難さ。

サイボウズ 社長の青野慶久の書籍『チームのことだけ、考えた。』を読んだ感想のつぶやきを見つけました。その主は、青木耕平さん。ECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムの代表取締役です。

クラシコムは、いい意味で「変わっている」。ECサイトなのにメディア化を強烈に推進したり、18時には必ず全員が退社する働き方を徹底していたりするからです。この"変わっていること"を"常識にとらわれない"と解釈した場合、サイボウズとなんだか似ているところがありそうだと感じました。

そうだ、青木社長と青野を引き合わせると、予想もできなかった話が聞けるかもしれない。そう感じた瞬間に、クラシコムで編集の仕事をしている長谷川さんにメッセージを送っていました。

いやー、面白いというか、こういうのを縁というのでしょうねぇ。青木がその投稿をした後に『サイボウズの青野社長に、僕らが話を聞くみたいなコンテンツができないかな』って言われたところだったんです。

5分後に返ってきたメッセージには、こうありました。以心伝心。

こんなことがあり、クラシコム青木さんとサイボウズの青野が出会うことになりました。あいさつもさながら、ゆっくりと、2人の話が進んでいきます......。

北欧、暮らしの道具店とサイボウズ式とがコラボレーションして、ふたりの対談をお届けします。テーマはチームワーク。「会社の中の話」に加え、より広い概念でのチームワークについて、考えてみたいと思います。クラシコムでの記事「【チームを考える】前編:家族も、仕事も。「チームワーク」はどうすればうまくいく?(対談!サイボウズ青野社長×クラシコム代表青木)」も合わせてどうぞ。

バラバラになった社会で"受け皿"役を果たすのは会社

青野:『チームのことだけ、考えた。』を読んでくださり、ありがとうございます。

青木:僕が直近1年間で読んだ経営者本で、かなりおもしろかった本の1つです。

一番心に残っている文章を選ぶとしたら、「人間は理想に向かって行動する」(P.50、53他)です。この一節に出会っただけで本書を読んだ価値があった、と思うくらい珠玉の一行だったんですよね。

これって多分、顧客インサイトであり、スタッフインサイトでもある。人間インサイト、というほうが正確かもしれません。それを軸に、ルールや物事を厳密に定義し、施策を構築していくといったことが書かれていて、すごいなと驚嘆したんです。

青野:そこに共感してくれると、最高にうれしいです! この本の真髄はそこなんですよ。

でも、うちの社員からは「最初の創業物語がすごくよかったです」みたいな感想ばかり。僕としては「いや、そこじゃなくて、その次に感動してよ」って思うんですけど(笑)。

青木:僕はこの1行にシビれましたよ。エンジニアとしてキャリアをスタートした青野さんが、創業メンバーとしてマーケティングを担当するあたりも興味深く拝読しました。

インサイトを突き詰めるマーケッター的要素と、「正直」や「公明正大」をキーワードに施策を進めていくエンジニア的要素の1つひとつに納得がいって、ひとりで「わかるわかる」とうなずきながら、興奮気味に読んでいたんです。

青野:うわー! そう読んでいただくのが一番幸せです。

青木:御社の理想として「チームワークがあふれる社会」像がありますよね。僕にはその言葉がささりました。シンプルながら、この時代にすごく必要なことだと思うんです。

青野:ええ。

青木:今、国をはじめとして、大規模のものが少しずつ崩壊していっている。世界規模で見ると、崩壊したものを補う存在として、部族や民族、あるいは宗教などいろいろなものがありますが、日本はそういうものが1つひとつ壊れてしまっている社会です。

だからこそ、その受け皿は何だろうと考えたときに、僕は「それって会社じゃないか?」と考えるようになりました。

青野:なるほど。青木さんは起業する前、どちらの会社にいらっしゃったんですか? 結構大きい会社?

青木:いえ、僕は大企業に属したことがないんです。今の会社を始める前はいくつかの中小企業で働きました。業務の標準化、システム化、組織改革などを担当したり、共同創業者として起業に参画したりしていました。そもそも毎日働くようになったのが20代後半になってから。ひどい話です。

青野:えー、すごいです。比較的めずらしい経歴をたどりながら、一般のルールに毒されることなく、ここまで進んできたんですね。

青木:結果的にこうなってしまった、というのが正しいですけど(笑)。みんながいろいろなところでチームワークを実感できる社会って、企業のお題目としてではなくて、本当に必要だなと思っていたので、心から共感しました。青野さんは昔パナソニックにお勤めだったんですよね。

青木耕平さん。株式会社クラシコム代表取締役。1972年生まれ。サラリーマンとしての勤務や、共同創業者としての経験を経て、2006年にクラシコムを創業。2007年より、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」の運営を開始

青野:はい。パナソニックといえば、創業者の松下幸之助さんが残した理念、ビジョンのひとつに「水道哲学」があります。

水道の水のように安価ですぐに手に入るものは、生産量や供給量が豊富であることから、商品を大量生産・供給することで価格を下げ、人々が水のように気軽に商品を買える社会を目指すという考えです。

でも、この水道哲学、どこに行ったんだって思いませんか? 高くて気軽に手を出せないものばかり売るようになっていて......。

青木:はい、はい。

青野:議論したいのは、その良し悪しではなく、大きな理想や目標を掲げてみんなをしばってしまうと、新しいことができなくなるし、ぶれてきたときに違和感だけが残って、次に立てた理想や目標が、無理矢理になってしまう、ということ。

簡単に言うと「そこに共感できないよ」って話です。会社全体の売り上げが増えるのは確かに気持ちいいことだけど、その程度のことだよね、みたいな。会社という枠組が変わらないと、それ以上の気持ちは生まれないだろうと思います。

理想を宣言するから、満足した状態で働ける

青木:もうひとつ、本を読んで気になっていたことを伺ってもいいですか?

サイボウズさんは、選択できる働き方や多様性といったコンセプトを掲げながら、仕組みやルール、制度など、決めごとが多い会社だな、と感じました。

表現として適切かどうかはわかりませんが、いわゆる"自由"と決まりごとの関係性って、どうなっているんだろう、と。

青野:まだあまりうまく言語化できないんですが、お話ししますね。東京糸井重里事務所取締役CFO・篠田真貴子さん、ご面識ありますか? 昨夏、対談の機会をいただきまして

青木:ええ、僕も仲良くしてもらっています。頼もしい方ですよね。

青野:対談中に「人事制度は社員をしばるためのものではない」といった話になって。これがすごくおもしろかったですね。

そこで、改めて考えました。サイボウズで選べる9つの働き方は、社員をしばるためではなく、「自分はここに行きたい」「自分はこうありたい」といった理想を宣言するためにある制度である、と。

青野 慶久(あおの よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。2011年から事業のクラウド化を進める。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。

青木:働き方の宣言ではなくて、理想の宣言! ものすごく腑に落ちますね。

青野:どれを選んでもいいわけですが、なぜあえて制度として設けているかというと、「私はこんな働き方をします」と宣言すれば、みんながその人の理想を共有できるからなんですよ。

「Aさんは長い時間働きたいけど、場所は自由でいたい人だ」「Bさんは指定された場所に出向くけど、できるだけ短い時間で働きたい人だ」とか。そうやって個人の理想をクリアにできるわけです。

青木:ええ。

青木:同じ目標に向かって動いている組織で、お互いが理想を宣言することで、それぞれの理想に共鳴し合うわけだ。

青野:宣言しなければ、「どうして俺が長く働いているのに、あいつは......?」とか「俺はどうして会社に来ているんだろう。あいつは好きな場所で働いているのに......?」と、ややこしい話になっちゃう。

でも、1度宣言しておけば、「あの人は家で働きたい人だよね」「あぁ、俺は会社に来て働きたいって言ったわ」と、理想のあり方を選んでいる実感がある。欲求が満たされている感覚もある。

青木:なるほどなぁ。今お話をしていて、ローマ帝国のことが頭に浮かびました。

僕、歴史が大好きなんですよ。寛容の組織・寛容の帝国といわれている時代に、ローマ帝国には、異なる宗教・民族の人が次々と入ってきたわけです。

おもしろいのは、ローマ本国にルーツを持つ人だけでなく、属州にルーツを持つ人、ラテン民族以外の様々な民族の人が皇帝になったりする寛容な風土。実際に当時、アラブ系やゲルマン系など、様々な民族出身の皇帝がいました。そういう意味で、とても開かれた環境にあった。

多様性を持つ人が共存共栄できて、平和に暮らしていた時代だった一方、非常に発達していたのは法と司法でした。自由に選択できる寛容さと法と司法は、表裏一体なのかもしれないなと思うんです。本書を読みながらうっすらと感じたことでもあります。

青野:それはおもしろいですね。

青木:今、再確認できた感覚です。「多様性を持とうよ」「自由にやろうよ」みたいなコンセプトを提唱する会社さんって、決してめずしくはないですよね。ただ、サイボウズさんほど突き詰めているところが、成功を生み出すんだろうな、と僕は思うんです。

人によっては「えっ、そこまで決めてるの!?」と引いちゃうくらい、特徴的に細かいところまで詰めている印象があって。僕は好きですけどね。

あくまで仮説ですが、御社の社員さんにとっては、多様な選択ができる環境下にあるからこそ、ルールがたくさん必要になるのかなとも考えました。

青野:なるほど。確かに、僕たちは年々ルールを増やしていますが、その度にむしろ選択肢が増えている感覚があります。おもしろいなぁ。

青木:めちゃくちゃ興味深いですよ。

18時退社だからこその心苦しさもある

青野:本には入れなかったんですけど、大事なことをひとつ。松下幸之助さんが書かれた本に「この宇宙の動き、いいかえれば、この宇宙全体に働いている理法とはいったいどのようなものなのでしょうか。一言でいえば、宇宙に存在するいっさいのものは、常に生成し、絶えず発展しているということです」といった文章があります。

青木:ええ。

青野:生々発展とは、簡単に言うと「変わる」ということ。ある方向に向かって変わり続けながら、進化していくことだ、とおっしゃっているんです。

変化のわかりやすい例のひとつに「多様化していくこと」が挙げられます。今僕たちが参加している社会も、この先ますます多様化していくでしょう。

たとえば、「働く=会社にいること」が前提だったのが、今やどこでも働けるようになりました。働き方も多様になっていて、サイボウズでは現在9種類のワークスタイルがあります。クラシコムさんとしては多様性のある会社にしていきたいという思いはあるんですか?

青木:多様にならざるを得ない、と考えています。今、クラシコムでの働き方は「9時から仕事を始めて、18時で絶対に帰る」。この1種類だけなんです。

クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」

青野:絶対、ですか。18時ちょうどに注文が来たらどうするんですか?

青木:18時以降も随時入ってくるわけですが、ご対応は翌日の業務開始後に対応させていただいています。

青野:問い合わせの電話が来たときは......?

青木:17時には電話を止めさせていただいています。もし17時55分にお問い合わせをいただくと、18時を過ぎたからと言って途中で対応を中断するわけにもいきません。そのためにお客様には恐縮なのですが、電話応対は17時までということでご理解いただくようお願いしています。実は9〜18時までの営業時間中、3時間は電話を止めさせていただいています。

青野:えーっ! それは、お昼どきと17時以降?

青木:はい。9〜10時の朝イチも受注対応が集中するタイミングを生産性高く乗り切るために止めさせていただいています。

青野:すごいすごい! 徹底してますね。その反面、つらいこともありそう。

青木:正直つらいです。僕の自宅、会社から徒歩5分のところにあって、6時5分には家に着いちゃいますから(笑)。習いごとをしている息子よりも、父のほうが早く帰宅するという。本当は、仕事がしたくてたまらない人間なので、後ろ髪を引かれる思いで退社しています......。

青野:18時になると会社には誰もいなくなるし、ミーティングもできないわけですしね。それでも、多様性を否定しているわけではないんですよね。

後編に続く。

執筆:池田園子/写真:田所瑞穂/企画:藤村能光(サイボウズ)、長谷川賢人(クラシコム)

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本記事は、2016年2月25日のサイボウズ式掲載記事「「私は長時間働いているのに、あの人は......」とならない理想の立て方──クラシコム青木耕平 ✕ サイボウズ青野慶久」より転載しました。