サイボウズ式:子育てはキャリアの中断ではなく、キャリアアップだ──ライフネット生命 出口治明さんの女性活躍論

「オジサン」が若い女性向けの商品・サービスを開発できるのか
出口さん、伊佐さん
私たちはなぜ「働き方改革」をすべきなのか。日本人の生産性について伺った前編に続き、後編では働き方改革の柱のひとつである「女性活躍」について掘り下げます

男女雇用機会均等法施行から30余年。いまだに「仕事のチャンスは男性の方が恵まれている」と、女性の約8割が感じています(エン・ジャパン調べ)。

また、「女性活躍」「女性登用」と叫ばれる中で、「それは逆に女性差別ではないのか」「女性だから登用するのではなく、能力を見て平等に判断すべき」と感じる女性もいます。

「女性活躍」が本当の意味で実現されるためにはどうすればよいのでしょうか。ライフネット生命保険創業者の出口治明さんに、伊佐知美さんが質問しました。

「オジサン」が若い女性向けの商品・サービスを開発できるのか

伊佐:女性の活躍は成長戦略の柱と叫ばれていますが、出口さんはどう考えていますか?

出口:そもそもなぜ女性活躍が必要かというと、人権問題であると同時に、前編でもお話しした「生産性」のために重要なんですよ。

出口治明さん

出口治明(でぐち・はるあき)さん。ライフネット生命保険株式会社・創業者。1948年三重県生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。2008年、戦後初の独立系生保会社として同社を開業、社長に就任。13年から会長。17年6月に退任。

出口:日本は生産性を上げていかなきゃならない。現在の日本経済においては、GDPの7割、雇用の7割をサービス産業が占めている。そして、サービス産業の消費をけん引しているのは女性でしょう? デパートに行っても、女性向けの商品が売り場の大半を占めています。

50代、60代のオジサンに、消費をけん引する20代~40代の女性の欲しいものがわかりますか、という話です。

伊佐:わからないですよね。

出口:これは男性差別ではなくて、需要サイドと供給サイドのミスマッチの問題なんです。供給側=働く側に、もっと女性が増えないとサービス産業が発展しない

女性が消費側だけではなくもっと供給側にもまわるためには、これまで女性が主に担っていた家事・育児・介護をもっと男女でシェアしないと女性が働けない。

伊佐:なるほど、そういう意味でも長時間労働の是正が必要なんですね。これまでのような長時間労働型の社会だと男性が家事・育児・介護を分担できないし、女性だって長時間働くのはイヤだし肌も荒れちゃうし。

出口:そうです。働き方改革のそれぞれの柱はすべて連動しています。女性活躍がうまく進まないと、日本の生産性が上がらないんですよ。

逆に差別? 「女性活躍」「女性登用」に感じるモヤモヤ感

伊佐:日本が女性活躍を推進する理由はわかりました。でも、実は私......ここ10年くらい、ずっと気になっていることがあって。

出口:なんですか?

伊佐:「女性だから」と性別を理由に役員などに登用するのは、いたずらに「女性」を強調しているだけな気がして、差別というか、なんだか違和感を抱いてしまうんです。

私も、以前勤めていた会社で、いわゆるエリート部署への異動を命じられたことがありました。たとえばそんな女性が何人かいると、メディアは「女性登用が進んでいる会社!」と取材に来る。当時は、そういうことに少しモヤモヤしていました。

出口:見世物にされているような?

伊佐:そうです。今でも「男性ばかりだとアレなんで」などと、はっきりと「女性だから」という理由で仕事が来たりします。わたしは幸い「ラッキー!」と思っちゃえるタイプではあるのですが......(笑)。

伊佐知美さん

伊佐知美(いさ・ともみ)さん。灯台もと暮らし編集長、ライター、フォトグラファー。1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。「灯台もと暮らし」を立ち上げ編集長を務める。2016年は世界一周しながらのリモートワークに挑戦。これまで国内47都道府県・海外40カ国を旅した経験をもつ。著書に『移住女子』(新潮社)。

出口:先日、ある企業の幹部候補生の研修に行ったんです。人材育成に本当に熱心な社長が主催している研修です。研修会場に集まった幹部候補生は、全員男性でした。社員の4割は女性なのに。

社長に聞いたら、「この1年間、少しでも可能性がある女性を必死で探したんですが、1人もいなかったんです」と。

伊佐:「1人もいなかった」? なぜでしょう。

出口:社長によれば、自分は男女を能力で平等に見て判断をしている。でも、社内に能力の高い女性が見つからなかったので、幹部候補生は全員男性になった、と。

伊佐:なんと......! でも、よくありそうな話な気はします。

出口:この話のポイントは、その社長の前提認識がまず間違っているというところ。それは「そもそも女性の中で、今すでに仕事ができる人が少ないのは理由がある」ということです。

伊佐:その理由とはなんなのですか?

出口:それは、ロールモデルがいないからです。これまで女性役員も、出世している女性もいないんですから、下の世代が育ちようがない。それではいつまでたっても変わらないから、そこで多少目をつぶってでも女性を役員に選ぶんです。これがヨーロッパで行われているクオータ制の核心です。

伊佐:現時点の能力や実績に多少目をつぶっても女性を役職者に登用する......。会社にとっても、抜擢された女性本人にとっても、大きな転換期になる気がします。

出口:いきなり登用されても、最初はうまくいかないことが多いかもしれません。でも、女性登用を繰り返すうちに世代がかわって、「能力で平等に判断して登用したい女性」が必ず育ってくる

会社にとっても、女性が活躍しなければ国が貧しくなるのだから、商売どころじゃありません。日本が本気で女性活躍を推進しようと思ったら、クオータ制の導入が必要です。役職者の30%なり40%なりを強制的にでも女性にしないとダメ。あみだくじでもいいから女性の中から選ぶんです。

伊佐:あみだくじ!

出口:先ほどの社長が言っていた「能力のある女性がいない」のは女性の責任ではなく、能力のある女性が普通に育たない社会の責任なんですよ。だから、先に社会の仕組みを変えるんです。これが、クオータ制の意義なんです。

伊佐:強制的にでも増やしていかないと、いつまでも「できる女性」が育たないんですね。

出口:そうです。

伊佐:なぜ女性活躍の推進をこうまで主張しないといけないのか。それって「なんか違うんじゃないか」という長年の引っ掛かりが解消できました。

出口:日本の男女格差って、国際社会の中では144カ国中111位(2016年 世界経済フォーラム)なんですよ。世界3位の経済大国としては、恥じるべき数字です。

それがようやく分かってきて「女性活躍」と力を入れ始めている。「女性だから」と登用されて「逆に差別じゃないの?」なんてムッとしてる場合じゃない。波に乗ってしまえばいいんです。111位から順位を上げることが先決です。

伊佐:わかりました。

出口:伊佐さんも、そのまま「この時代の女性でラッキーだったかも!」って思って走り続ければいい。そのうち、本当に年齢や性別フリーで能力と成果だけで判断される時代が来るんですから。それはそれで厳しいことですが、今は過渡期ですね。

子育ては「キャリアアップ」。大学院留学と同等に評価すべき

伊佐:働き方と女性を考える上で、もうひとつ大きな話題が出産・育児に関するものですよね。妊娠中や子育て中は2軍扱いされるなど、マタニティハラスメントの話も聞きます。女性自身が、産休・育休で休むことの後ろめたさを感じてしまうこともあると思います。

出口:子育ては、キャリアの中断ではなくてキャリアアップなんですよ。実証研究によると、子育てをすると賢くなりますから。

伊佐:復帰したときに給与が下がったり、降格させられたり、雇用形態を変更させられたりする問題もありますよね。

出口:それは極論を言うと、日本でも最高裁まで訴えるべきですよ。フランスではシラク3原則(※)で、育児休暇から帰ってきた女性のランクダウンは法律で厳罰に処されます。

※シラク3原則 (1)子どもをもつことで、新たな経済的負担を生じさせない(2)無料の保育所を完備 (3)育児休暇から女性が職場復帰するときは、その間ずっと勤務していたものと見なし、企業は受け入れなくてはいけない。

出口:大企業はエリート社員に大学院に2年間留学させますよね。育休でも留学でも同じように賢くなって帰ってくるんですから、扱いは同じにすべきです。

出口さん、伊佐さん

伊佐:たしかに、留学で席を空けることはなんだか名誉な気がするのに、産休・育休に入るときはなんで「ご迷惑をおかけします」と言わなきゃいけないような雰囲気があるんだろう!?

わたしもなんとなくそう感じてしまっていたし、友人らが「とても肩身が狭い」と言っているのを何度も聞きました。まるで妊娠・出産が悪いことみたい。人口を増やして、人によっては妊娠中も働いて納税だってしているのに〜!

出口:なぜ肩身が狭いかというと、その人のせいじゃなくて、職場のせいですよね? 何も考えていない職場だと、休む人の仕事をそのまま残りのメンバーにプラスオンしてしまうから、休む人の肩身が狭くなってしまう

職場は、産休・育休をとる社員がいたら、それを機に全体の仕事を見直して無駄な仕事をどんどん削ったり、もっと効率的にできる方法を考えたりしなければならない。生産性を上げるためのいい機会なんです。

伊佐:そうとらえ直すと、とても前向きな気分になれます。

出口:もっと効率化して、全体の業務をさらに圧縮すれば、育休を取る人がいても、全員がこれまでより早く帰れるようになる。

休む人は「申し訳ない」どころか、もっと堂々と「わたしが休むおかげで業務の見直しができた」ぐらいに思っていればいいんですよ。

管理者の適性がない役職だけの"管理職"を放置していては社会は良くならない

伊佐:「女性活躍」が叫ばれている昨今ですが一方で、「責任のある仕事を任されない」「出世コースから女性が外されている」という声もよく聞きます。そんな女性たちは、今後どうしていけばよいでしょうか?

出口:女性に責任のある仕事を任せない、出世コースから外すような上司や役員がいるということですよね。その場合は、どんどん進言すればいいんです。

伊佐:本人にですか?

出口:本人にも、周囲にも。人間はそれぞれ、顔も考えも能力も全部違います。いろいろな人が働いているんだから、以心伝心で何もかもがうまくいくはずがない。ていねいにコミュニケーションを取って、交渉して、状況を改善していくんですよ。

伊佐:本人に直接伝えるのは、なかなかハードルが高そうです......(笑)。

出口:本人に言いにくかったら、通報制度を利用して通報すればいい。制度がなければ周りの人や、会社外の窓口に相談しましょう。スムーズに全員がわかってくれない場合もあるかもしれませんが、行動を起こさなければ何も変わりません。

伊佐:そうですよね。

出口:そういう対応をする職場や上司を放っておいたら、みんなが迷惑するわけですから、尻込みする必要はありません。管理者の適性がない人がいつまでも管理職にいては、社会は良くならないですよ。

出口治明さん

伊佐:今日出口さんのお話を聞いて、「きっと答えのないことなんだろう」とモヤモヤしたままだった問いが、いくつも解消できました。

出口:記事を読んだ人の中で「頭の固い上司に何とか分かってもらいたい。職場を変えたい」という人がいれば、いつでも僕を呼んでください。10人以上集まる場なら、どこへでも出かけていきますよ。

伊佐:出口さんが職場に直接来て、働き方に関する悩みに答えてくれる......! それは頼もしいです! 今日は本当にありがとうございました。

文:玉寄麻衣/編集:田島里奈(ノオト)/撮影:栃久保誠

」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。 本記事は、2017年10月18日のサイボウズ式掲載記事
より転載しました。

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