サイボウズ式:「障害がある」からこそできるクリエイティブな仕事とは?──白黒反転手帳をヒットさせた弱視のモノづくりベンチャー

先天性の視覚障害がある安藤将大さんと後天性の障害で弱視になった浅野絵菜さんは、大学3年生で起業しました。

左)株式会社アーチャレジー取締役の浅野絵菜さん、右)代表取締役社長 安藤将大さん。大学3年生で起業した二人は、2016年3月に大学を卒業し、事業に専念している。

先天性の視覚障害がある安藤将大さんと後天性の障害で弱視になった浅野絵菜さんは、大学3年生で株式会社ア―チャレジーを設立。障害当事者ならではの視点で、日本初の白黒反転手帳「TONE REVERSAL DIARY(トーンリバーサルダイアリー)」等を開発・販売しています。

クラウドファウンディングで資金を集め制作した商品は、ハンズやロフトで「おしゃれな手帳」として健常者にも好評となり、2016年版は当初の予定を売り上げ増刷に。

視覚障害の人にもそうでない人にとっても、機能的で使って楽しいモノを開発したいと願う二人。「見えにくいのが当たり前」の先天性の障害と、「見えなくなる恐怖」を経験した後天性の障害がある二人の視点が、起業や製品開発にどう関係しているのかひもときました。

「白紙はまぶしすぎる」弱視だから生みだせた黒紙の手帳

遠藤:白黒反転手帳をはじめて見ました。なぜ作られたのですか?

安藤:視力が低かったり、視野が狭かったりという「見えにくさ」を抱える弱視の方のために、これまでになかったモノはないだろうかと考え制作しました。 白い紙は光を反射し弱視にはまぶしすぎるので黒い紙にしたのです。スケジュール帳としては日本初です。

白黒反転の罫線入りノート「トーンリバーサルノート」(左)と手帳「トーンリバーサルダイアリー」(右)。触って楽しいようにと裏と表の触り心地が違う上質紙にするなど素材にもこだわっている。ハンズやロフトでは白ペンやミルキーペンで書き込める「おしゃれな手帳」として販売。

浅野:黒バックの手帳は、発達障害や老眼の方にも使いやすいといわれています。

クリエイティブな仕事を堂々とするため"起業"を選ぶ

遠藤:どうして起業することになったのですか?

浅野:安藤にビジネスプランコンテストに誘われ、賞をとったら「起業しよう」といわれました。適当に返事をしていたのですが、実際に賞をとり、起業することになったのです(笑)

安藤:そのときのビジネスプランは、障害者の点字ブロックのデザインです。デジタルサイネージを使った周囲のデザインに溶け込む歩行支援があれば、車椅子の邪魔になりにくく面白いかもしれないと考えていたら、浅野が乗ってくれました(笑)

遠藤:安藤さんは、なぜ浅野さんに声をかけたのですか?

安藤将大さん。東京工科大学のコンピューターサイエンス学部を2016年3月に卒業。先天性の「朝顔症候群」という障害で、右目は見えず、左目が矯正不可で視力0.03。視野は中心から30度ほど。小学校時代は盲学校、中学からは一般校へ通う。2015年2月にア―チャレジーを設立。

安藤:ざっくりいうと中途視覚障害者だからです。私は見えないことが当たり前の生活をしているので、目が見えなくなる恐怖や、それを受け入れることの苦しさがわかりません。

でも視覚障害は中途の方のほうが多いので、ビジネスとしてやる上でその視点は持っていないといけない。今、まっただ中にいる彼女がその人たちのニーズや気持ちを私に教えてくれます。

あと私は芸術方面がちんぷんかんぷんだというのもあります。以前にきいていた浅野のアイディアにセンスを感じていました。私はこんな手帳のようなデザインはできませんから。

浅野:私は安藤に出会ったころは、授業でデザインの企画をやっていました。

障害者向けのデザインは、機能はいいのですが地味なんですよね。もっと福祉に飾りを入れたいという思いがあり、安藤に語っていたら、安藤も似たようなことを考えていたのです。

浅野絵菜さん。明治学院大学文学部芸術学科を2016年3月に卒業。「網膜色素変性症」という視野が狭くなる障害がある。視力はコンタクトをつけて0.5、外したら0.05から0.07、視野は5度。音楽も手帳などの製品デザインにおいても「つまらないものではなく誰にとっても楽しい、いいなと思ってもらえるものを作りたい」と語る。2015年2月、在学中にア―チャレジーを設立。

安藤:私はICTによって障害者の生活水準をあげるビジネスプランを研究するうちに「もっと障害者自身が、使いやすいように作れるのではないか」と思うようになったのです。

ビジネスコンペで賞をとったりしていたのですが、一人でやっていてもつまらないと思っていたころ浅野に出会い、ひきずりこみました(笑)

遠藤:なぜ企業への就職ではなく起業を選んだのでしょうか?

安藤:視覚障害者として就職をすると、自分の活躍の場が生まれないリスクがあります。「自分の見方がどうであるか」を人に伝えるだけでも、尽き果ててしまうくらい大変です。

晴眼者(視覚に障害のない人)にとっても私に任せるのと他の人に任せるのでは、どっちの効率がいいかと考えると、私にクリエイティブな仕事がまわってこない可能性があります。

だったら 自分で堂々とクリエイティブなことができる場を作ってしまおうと起業しました。

「働けないかも」という不安を乗り越え、福祉×芸術を仕事にする

遠藤:浅野さんはどんな障害があるのですか?

浅野:「網膜色素変性症」といって視野が狭まってくる障害です。視力はコンタクトをつけて0.5、視野は5度ずつです。だいたい向かい合っている相手の肩が全部入らないくらいですね。

遠藤:晴眼者の視野は、どのぐらいなのでしょうか?

浅野:成人晴眼者の視野は、上下に約150度、左右に約180度といわれています。

遠藤:いつ発症したのですか?

浅野:小2の時に暗い所が見えにくくなりました。高学年になると飛蚊症が出てきてお医者さんに行って判明しました。

遠藤:だんだん進行していったのですね。

浅野:大学2年生のときに視野が狭くなっていることを医師に告げられ「将来働けないのではないか」と落ち込みました。

病状の進行に心が追いつかないときもありましたが、友人に相談するなかで気持ちが整理でき、障害者手帳も取りました。

車いすユーザーや点訳会の人たちと関わるうちに、福祉を自分の専攻の芸術と組み合わせて何かできないか、そういう仕事につけないかなと考えるようになっていったのです。

怖がって世界が狭まるより遊べたほうがいい

遠藤:安藤さんは生まれたときから弱視だったそうですね。

安藤:私は先天性の「朝顔症候群」という疾患です。右目はまったく見えず、左目が視力の矯正不可で0.03。視野は中心から15~30度ほどで周辺は欠けています。

遠藤:どんな子ども時代でしたか?

安藤:まあヤンチャ坊主でしたね。ひたすら外で遊ぶ。近所の子と鬼ごっこやドッヂボール、キックボードもやり電柱にもぶつかりました(笑)。盲学校の先生にはよく怒られました。

遠藤:ものを壊したりとか?

安藤:いや頭を打つと失明する可能性があったからです。私は、怖がって世界が狭まるよりは「遊んでなにかあっても、遊べたのだからいいじゃないか」と思っていました。

安藤さんの趣味はカメラ。写真コンテストで大賞を受賞する腕前。

遠藤:なるほど、挑戦的ですね(笑)

安藤:中学からは一般校に進学しました。

遠藤:大変さはありましたか?

安藤:最初は、弱視について理解してもらえず大変でした。

たとえば机で教科書を読む時、視力が悪いので机にひっついてものすごく近い距離で読むのですが、友達からは「寝るな」と起こされる。「やかましい、寝てない」って(笑) おかげで理解されないことの耐性はつきましたね。

目が悪いからこそできることもある

遠藤:お二人には、とてもアクティブな印象をうけます。

浅野:私も、初めて会ったとき、私より見えていないはずの安藤が活発に動いているのを知り、衝撃でした。

安藤:私たちは周りの人と比べるとはるかに見えていませんが、起業くらいはできるわけです。目が悪いからできないこともあるけど、目が悪いからこそできることもあります。

私たちが挑戦していくことで、ほかの人が「あんなことをやっている人がいる、私でもできるかもしれない」と思うきっかけになれば嬉しいです。

障害者はもっと社会進出できます。

浅野:私は、弱視の人の存在をもっと知ってほしいと思っています。

【♪じゃくしTV】(おたまじゃくしテレビ)は浅野さんと安藤さんが出演するロービジョン(弱視)目線のフリートーク番組。

安藤:全盲は知られてきましたが、弱視に関しての理解は中途半端です。

ただ理解しようとするのは非常に難しい。私も視野が30度はあるから浅野が生きる視野5度の世界はわからない。「じゃあとりあえず知っとこう」と。【♪じゃくしTV】(おたまじゃくしテレビ)も弱視について楽しく知ってもらいたくて始めました。

デザインの力で障害者にも健常者にも嬉しい製品を増やす

遠藤:これからも文具にこだわっていくのですか?

安藤:いえ。文具にこだわっていてもしょうがないと思っています。

手帳は、起業を決めた後、第一弾の自社製品として開発しましたが、偶然の産物です。手帳を何冊も持ち運ぶ文具好きな友人と接するなかで、視覚障害者目線でつくったら面白いのではないかと思い開発しました。

うちの会社だけでできることは限られています。技術を持っている企業さんがいかに視覚障害者の方でも使える機能を持たせるか手伝いをするほうがメインの業務です。

これまでもFANCL(ファンケル)など企業のユニバーサルデザインに携わってきました。化粧品やサプリ、プログラムなど、どうすれば視覚障害者にとって嬉しいものになるのかをお伝えしています。

遠藤:ユニバーサルデザインのコンサルのようなものですね。

安藤:みんなが使えるものを障害者も使えるというのがベストです。当事者ならではの発想力で、製品の魅力になるくらいユニバーサルデザインの価値を引き出していきたいです。

見えないことはスキルになります。見えない人は、これから見えなくなる人にいろんなアドバイスができるわけです。

遠藤:長寿社会ですし、ユニバーサルデザインのニーズが増えていきますよね。視覚障害を専門に業務していくんですか?

安藤:視覚障害メインではありますが、いろんな方のことを考慮しないといけないですよね。

今後は多様な人材をいれ、視野を広げていきたいです。晴眼者の視点もいれていけると面白いですね。様々な視点が入ると、何かしら結びついて新しいものを考えられますので。

浅野:私は、障害のある方に留まらず、様々な方が気持ちよく過ごせる社会をつくっていきたいです。

文:遠藤一 / 撮影:尾木司 / 編集:渡辺清美

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本記事は、2016年5月26日のサイボウズ式掲載記事「「障害がある」からこそできるクリエイティブな仕事とは?──白黒反転手帳をヒットさせた弱視のモノづくりベンチャー」より転載しました。

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