サイボウズ式:「転職したらいくらで給料を決める」は通過点──「働きたくなる会社」をサイボウズの人事制度から考えてみたら

サイボウズは新しい事業を打ち出して、組織が大きくなっていくフェーズ。つまり、ルールを変えていくのが当たり前という前提があります。

ハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)とサイボウズ式で考える「働きたくなる会社」──。日本企業の未来について、サイボウズをモデルケースに議論をします。

DHBRの第1回討論会では「給料を市場性で決めること」の議論が起こり、「自社特有の社内スキルだけを身につけた人材はどうすべきか?」という新たな議題が浮かびました。

このテーマについて、サイボウズ社内でディスカッションを実施。副社長の山田理、事業支援本部長の中根弓佳、コーポレートブランディング部長の大槻幸夫が話します。モデレーターは、サイボウズ式編集長の藤村能光。

藤村:サイボウズ式の2016年の初コラボはなんと、ハーバード・ビジネス・レビューです。

大槻:なんと、あのDHBRとサイボウズがコラボする日が来るとは。何をするんですか?

藤村:DHBRの読者と編集長が、ユニークな人事制度や企業文化を持つサイボウズをネタにして、日本企業のこれからの働き方を議論し、疑問点をサイボウズにぶつける。それをサイボウズが打ち返していく「リレー討論」形式で進めます。

大槻:なかなかレベルが高そうですね。ちゃんと答えられるのかしら......。

藤村:読者の中心は経営者や将来のエースの方とお聞きしておりますので、手強いと思います。そこでサイボウズ式 編集部に加え、副社長の山田と事業支援本部長の中根も参加し、社内でも議論されていない深い点まで考えてみることにしました。

ちなみに山田は現在サイボウズのUS法人の社長で、アメリカにいらっしゃいますので、基本的にテレビ会議での参加になります。山田さん、こんにちは。

山田:どうもどうも。こちらはいま夕方です。

サイボウズUS社長の山田は、アメリカからビデオ会議で参加

藤村:そろそろ仕事が終わるころですかね。こちらは朝の9時です。では早速進めていきましょうか。

大槻:読者のみなさんは、どんな議論をされたのでしょうか?

藤村:まずは「サイボウズは、市場価値で給料が決まる」というテーマをもとに、議論が始まりました。前段として、サイボウズは給与を社内評価だけでなく、市場価値で決定しています

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藤村:この点をハーバード・ビジネス・レビューの岩佐文夫編集長が取り上げ、まずは「こんな決め方でほんとにいいのか?」という点を話しました。

途中で「経営者の観点から見たら(サイボウズ社長の)青野さんはラクしすぎ」という鋭い意見が出たり......。

中根:おー(笑)

藤村:討論会を終えてまとまった質問は、「自社特有のナレッジって必要ない?社内スキルだけを身に付けた人材が育っていかないのでは?」です。ここからサイボウズ側の議論をはじめてみます。

市場性のない人なんて絶対にいない

山田:その質問の前提にあるのは、「市場性がない仕事がある」という考え方ですよね。社内で重要な仕事をしている人の市場性がなくなって、「転職したらいくら」という値段がつかなくなるとどうなるの?という質問ですね。

藤村:はい、まずは「市場性」の話から掘り下げていきましょう。

山田:市場性がない人は絶対にいないんですよ。なぜなら会社で働いている人はみんな、すでにお給料をもらっているからです。

仮にサイボウズでしか通じない仕事だけをやって、600万円をもらっていたとする。その人にはそれだけの市場価値の実績がついていることに間違いないんですよ。ただそれがほかの会社で、いくらになるかはわからないですけど......。

自分が欲しい給与・金額の根拠を説明できますか?

山田:その人が「650万円欲しいです」といってきたときに、長く、気持ちよく働いてもらうにはどうすればいいか。「なぜ650万円欲しいの? 自分の市場性がなぜ650万円だと思うの?」と質問をしてみます。

この質問に答えられる人はなかなかいないと思うんですよ。何かの指標がないと、欲しい金額を説明できませんから。

でも、その人には650万円欲しい理由があるはずです。 例えば「家族ができ、子どもを養わないといけないから、600万円じゃ無理なんです」。これは十分な理由だと思います。

山田理:サイボウズ株式会社 取締役副社長 兼 サイボウズUS社長。「kintone」をグローバル展開中

中根:「650万円欲しい」という価値観の背景に目を向けるといいですよね。なぜその給料を求めるか、ほかの報酬とのバランスはどうなのかなどを、考えていく必要があると感じています。

山田:「この仕事を本当は続けたいけど、650万円の仕事を探さなきゃならないんです」と言っていた人に、ほかの会社から同額でオファーが来た場合はどうするか。サイボウズから抜けられたら困る人だったら、サイボウズも650万円を出すと思いますよ。

中根:なるほど。

山田:もらう側が「なぜその金額を欲しいのか」を説明する責任もあるんですよ。渡す人だけが一方的に金額の正しさを説明するのではなく、もらう側もロジックを組み立てなければならなくなってきています。

「こういう仕事だったらこの金額になります」「今年これだけ頑張ったので、何%か上げて欲しいです」「物価は何%上がっていますから」といった会話が、もらう側からも出てこないといけないと思います。

それによって外に目を向けることにもなるし、仕事の価値を考えるきっかけにもなる。自分の仕事の意味や報酬って何だろう、お金に対してどこまでこだわっているんだろう、とかね。

「働く」の報酬は給料だけなのか?

中根:市場価値の話を社外ですると、「転職したらいくらなのか」というトピックに興味が集まります。でも、給料って、人が働くときの外発的な動機づけの1つだと思うんです。

山田:市場性について、社員全員にたくさんのオファーが集まる状態が「市場性がある」とは思っていないことが大事なポイントです。

お金も会社も仲間も、自分の仕事も大事です。人によって何のために働くかのポートフォリオがあって、お金だけが欲しいという人ってほとんどいないと思うんですよね。

中根:給料以外にやりがいや喜びを感じる人もいますし、子育てと仕事の両立や複業など、給料以外の報酬もあると思うんです。そのバランスをみながら給料をいくらにするのかを考えるのが、長期的にもいいと思っています。

中根弓佳:サイボウズ株式会社 執行役員 事業支援本部長

藤村:サイボウズでは現状、9つの働き方が選択できます。これも「報酬」の1つでしょうか?

中根:そうですね。どういう仕事ができるかもそうですし、ポジションや役職、どういうチームで仕事をするか、誰と働くかも報酬の1つですね。

大槻:シェアNo.1の影響力を求める人も多いですよね。多くのお客様に対して仕事ができることも。

山田:サイボウズっていう会社のブランドも多少あるのかな。副業してもいいし、子どもが生まれてからまた働きに戻ってこられることもそう。

報酬や動機を一言で語ろうとするからややこしくなってくる。だいたいみんなの動機は複雑だと思うんですよ。総合的な組み合わせで決まっていて、動機が1つだけということはないのかなと思っているんです。

その会社でしか通用しないスキルに市場価値はあるのか?

藤村:第1回の討論会では、リニア新幹線を運転する技術者が話題になりました。リニアを運転できるのは、その運転手さんのみという状態。

その方が転職してリニアのない企業に行くと、当然今までのスキルにまったく価値がつかなくなる。この手のハイスペックな社内スキルについてはどうですか?

中根:さっきの社内的価値の話ですよね。

山田:そうですね。市場価値がない人はどうか?については、その人がリニアの運転で給料をもらっているという事実が、「市場価値があること」だと思います。

もし「給料がほかの電車の運転手と変わらないので、リニアの運転手をやっていられません」とその人が言うのならば、給料のつけ方がおかしいと思うんです。

コストを掛けて育てて、その人にしかできない仕事をやってもらっているならば、社内価値は結構高いはず。だったら給料もほかの運転手よりも上げるべきかなと。少なくとも、僕だったらそうします。

藤村:「固有の社内スキルだけを身につけるべきか」についてはどうでしょう?

山田:社内スキルを身につけて欲しいかという質問ですね。それは身につけて欲しいと思いますよ。

ただ、すごく難しいのは、例えば大企業で慣習化されている仕事です。昔からやってきたことを継続しなくてはいけない。しかも組織独自のもので、変えちゃいけないものがすごく多いんですよ。

例えば銀行の社内稟議の書き方。融資や銀行員のお作法やノウハウはどこの銀行でも身につくんですけど、どういう稟議の書き方がいいのかとか、規定集の何ページ目に何がどう書いてあるかとか、めちゃくちゃ詳しい人がいるんですよ。生き字引みたいな人。

でもそれって、ほかの会社ではあまり役に立たない。長くなるほど、その会社での地位は強くなっていくのですが......。

藤村:今のサイボウズの企業フェーズでは、そんな仕事はありますか?

山田:サイボウズは新しい事業を打ち出して、組織が大きくなっていくフェーズ。つまり、ルールを変えていくのが当たり前という前提があります。

今サイボウズには、同じやり方を10年間続けてきて、今年も続けていかないといけないといった業務がないんですよね。

中根:確かに。

山田:サイボウズが40年、50年と続く企業になった時に、社内スキルに長けた人材をどう評価するかは、結構悩ましいところですね。

そのスキルだけに賭けて「これが大事」「私はこの会社で死ぬ」と言っているよりは、ほかのやり方を学ぶ方が大事だと思います。

自分の給料を上げたいためだけじゃなくても、社外を見るのが大事になってきます。ほかのノウハウを得ようとする機会にもなりますから。

年功序列は給料を一切考えさせない奇跡的なシステム

中根:年功序列の話もありましたね。

山田:年功序列って本当に給料のことを一切考えさせなかった、ある意味奇跡的なシステムなんですよ。みんなの思考を停止させているから。

上司が「あれやれこれやれ」って言って、みんな「はい」って言って、自分の評価のために仕事をする。どれだけ頑張ってもお給料は決まっているのに。あれほどすごいシステムはないなって思います。

今や右肩上がりの成長も見込めず、価値観も多様化している。「働くって本当に100%自分の人生を掛けなきゃいけないことですか」と言い出す人も出てくる。答えがない世の中ですし、お金も含めて、自分でいろいろ考えていかなきゃいけない世の中になっていくと思うんです。いいこと言った?(笑)。

中根:大体通じていると思います(笑)。

大槻:市場価値で決めることの本質は、今までは社内価値で判断し、年齢が増えるごとに給料が上がっていくのが基本でしたが、そうではなく社外の視点で考えようとなることかなと思います。

大槻幸夫:サイボウズ株式会社 コーポレートブランディング部長 兼 サイボウズLive プロダクトマネージャー

中根:そうですね。社内評価のみ、社外評価はなし、ではないですから。いくらでオファーします?という中途採用といっしょですね。

「給料が下がることもある」事実がフリーライダーを防ぐ

中根:年功序列といえば、フリーライダーの話もありましたね。のらりくらりとしている人も会社に居続けられるのか? 答えとしては、「チームが必要としていたらいられる」と思うんです。

「必要とされていること」が大事だと思っていて。つまり社内の信頼度ではかり、必要とされていて価値も妥当であれば、いてもらっていいと考えています。

読者の議論でこの疑問が出てきた背景にあるのは「日本の大企業は基本的には給料を下げない、下げにくい」ということかなと。給料を下げるという考え方は、歴史的に年功序列評価になっていると難しいのではないかと思います。

市場性は、上がる場合も下がる場合もある。それは自己責任だと思うんですよね。200万円もらえて、この場所でこの仲間といっしょに仕事ができる、必要とされているならそれでいいという人もいますし、その選択もいいと思います。

ちなみに、若ければ若いほど、お金への興味がある人は多いと思いますが、年齢や環境が変わるとともに考え方が変わり、価値観も変わる。これは十分あり得ると思うんです。

山田:フリーライダーやチンタラワーカーが本当に増えてきたらどうするのかなぁ? 本人が一生懸命働いているつもりでも、まわりから見たら「さぼっている」と思われているかもしれないし、いろんな見え方がある。

実際チンタラワーカーが何なのかを定義するのは難しいですけど、感覚的には一生懸命やってない感じがする。

この感覚って「給料をあれだけもらっているのに、仕事のアウトプットがあれだけしかない」という感じ。このギャップをなくしてあげたらよくて、チンタラしている人はチンタラな給料にしてあげたらいいだけかなと思います。

釣った魚を渡すのではなく、魚の「釣り方」を教える会社に

山田:今後はサイボウズでも、給料が下がっていく人が出てくることもありえます。今までは頑張ったら評価され、給料は上がっていきました。何も考えなくてよかったともいえますが。

10年20年と同じ価値観で働いて疲れてきた、でも働くのをやめたいわけじゃないというケースもあるでしょう。この場合の働くモチベーションは何か。

働く時間を半分に減らして、半分の価値を埋める別の活動をやってもらった方がいいかもしれない。第2・第3の人生をサポートしていくことも大事だと考えています。

その1つが、独立支援や副業支援かなと思います。その人が変わるタイミングでモチベーションが保てる研修やコミュニケーションをやっていかないと、ふと気づいたときにガクンと落ち込む人を大量に生み出すんじゃないかと思いますね。

山田:サイボウズはまだ若い会社です。で、これからサイボウズを卒業した人が違う場所で価値を生んだり、培ったノウハウをもとに別の事業で貢献していく人材を輩出していけるといいなって思っています。

お金だけをわたして「後は自分で考えろ」だけではダメだと思っていて。釣った魚を渡すんじゃなくて、魚の釣り方を教えてあげるほうが大事です。

僕がもし副業するとしたら、自分のノウハウでマーケティングすることが大事だと思っていて。つまり、何の価値を誰に対して、どういうふうに提供していくかを考えないといけないということ。この発想って、会社の中にいるとあんまり出てこないんですよ。

社外で働くことが幸せな人もいる

山田:そうすると、「サイボウズ以外で働いた方が稼げる」という人も出てくると思います。

社内価値が下がっても、社外価値が大きければ、その人が社外で働いた方がいいと判断できる。社内価値と社外価値を天秤にかけるイメージです。

これってある意味、社外にあなたのことを求めている人がいるんだから、こんな小さな世界(サイボウズ)にいない方が幸せになる、というメッセージでもあるんですよね。

「クビにするってことですか」って言われると、そういう風に受け止められてもしょうがないなと覚悟していて。本当にその人が幸せなのかを考えることが一番だと思っているんです。

中根:ええ。

山田:「あの人は何やっているの? 新聞ばっかり読んで」っていう人がいたとします。「クビにできないからいてもらおう、でも窓際に寄せていこう」というように飼い殺すのがいいとは思えないんですよね。雇用を維持するためだけに、その人の人生を束縛することになりますから。

だったらどうするか。きちんと窓の外に追い出してあげるといいんです。ただし、いきなりビルの5階の窓から追い出すのではなく、1階に連れていって「出口はこちらですよ」「あなたを待っている会社はここにありますよ」と導いてあげる。

これは、会社として本当にその人の人生を考えたときに、やるべきことじゃないかなと思ったりします。チンタラを許容する状態を作り続けることは、会社としていいことではないですから。

といいつつも、雇用した責任もあって、本当に価値が産み出せない状態で外に放り出すことは、責任を一部しか取れてないと思うんです。その人が外で働けるスキルを会社がつけてあげないといけない、ということです。

藤村:なるほど。

山田:何が言いたいかというと、若いうちから外に目を向けてもらいたいということです。

離職率は上がってもいいと思っているんです。離職率が上がるのは、僕らの会社に魅力がないということ。戦いですよ。

サイボウズは辞める人が年間10人くらいいて、僕らの会社は負けているんです。10人分。ただ、辞められる人を採用した、辞められる人に育てた事実もあるわけですよ。

「サイボウズにいたくないけど、サイボウズに所属せざるを得ない」。この言葉だけは、あんまり発してもらいたくないかな。

人事制度の本当の理想は「制度自体をなくす」こと

山田:価値観が多様化する中で、サイボウズは副業もOK、育自分休暇も取れるなど、いろんな制度を作っています。市場価値を取り入れた評価制度はその1つで、複合的に物事を見て、制度を作っているんです。

100人100通りの働き方を認めたいという点では、多様性を尊重しているともいえます。100人分のやり方を作るといいながらも、本当の理想は制度をなくすことですよ。辞めてほしくない人に対して、辞めずに幸せに生きられる仕組みをどう作っていけるか、ということでもあります。

「このやり方は、今のサイボウズがうまくいっているからできるんです」っていう意見もあります。本当にその通りです。もしサイボウズがつぶれるかもしれないとなったら、僕は今の制度自体を抜本的に変えると思います

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中根:100人100通りの制度について、運用は結構大変で工夫は必要です。

100人100通りのワークススタイルや評価がある中で、運用としては自分たちのチームが特に大事にしたいものって何かを考えて「それは認識できる」という仕組みにしていきたいと思っています。

その中で感じることがあります。

もちろん全員が違うのですが、多様っていっても全員が全然違うのかというと共通する部分もある程度あって、われわれのチームが大事にしたい価値観や知っておいたほうがいいことはわかるようにして、その中の形がそれぞれ違うというイメージで共通認識できるようにしていきたいなと考えています。

より深く、効率的に100人を理解するためには、どういうプロセスで評価すべきか。共通の認識をもつために、給料の決め方や1人ひとりの価値観を議論するのは大事なので、続けていきたいですね。

山田:なるほどね。サイボウズはいろんなことやりすぎて、よくわからなくなってきて......。僕もみんなもそうかもしれないけど、それでいいと思っている。

何が正しいかなんてわからないじゃない。市場価値を学ぶことがすべてではないし。100人100通りに沿って、1人の人が自分の人生を幸せに生きられるかどうかが一番大事。

ハーバード・ビジネス・レビュー読者への質問

今度はサイボウズのメンバーから、DHBR読者のみなさんに聞いてみたい質問を考えました。サイボウズは「いい会社」と言われることが多いので、こんな質問をぶつけてみたいと思います。

自社を"いい会社"と言う社員が集まる会社に死角はないか?

この議題を、ハーバード・ビジネス・レビュー読者はどう議論を深めていくか? 続きは「読者と考える「働きたくなる会社」とは」のサイトで、3月の4週目に公開予定です。

編集:藤村 能光・阿部 光博/写真:山下亮一

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サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。

本記事は、2016年3月18日のサイボウズ式掲載記事「転職したらいくらで給料を決める」は通過点──「働きたくなる会社」をサイボウズの人事制度から考えてみたらより転載しました。

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