サイボウズ式:『残念な夫。』は本当に残念なのか?――TVドラマを通じて考える「男性の苦悩」

3月25日に最終回を迎える、話題のドラマ『残念な夫。』。

左:小原一隆さん(フジテレビ 編成制作局ドラマ制作センター)、右:田中俊之先生(武蔵大学社会学部助教)

3月25日に最終回を迎える、話題のドラマ『残念な夫。』(フジテレビ系)。円満だった夫婦関係が子どもの誕生を機に崩れ始める――いわゆる産後の離婚危機に直面した榛野陽一・知里夫妻を玉木宏さん、倉科カナさんが好演しています。公式サイトには「見ていて心が痛い」「子育てあるあるに共感した」「出産・育児について夫と話し合うきっかけができた」など、さまざまなメッセージが寄せられています。

本作品のプロデューサーを務めるのは小原一隆さん(フジテレビ 編成制作局ドラマ制作センター)。制作秘話やこだわったこと、作品に込めた思いなどについて、「男性学」を研究する田中俊之先生(武蔵大学社会学部助教)と語り合っていただきました.

主人公は男性、でも女性目線が強めな理由

田中:タイトルの『残念な夫。』はどのようにして決まったのですか。

小原:産後の離婚危機というテーマで企画を通し、はじめは女性の主人公が夫を懐柔していくようなストーリーを考えていました。あるとき皆で「夫にはどんなキャラがいい?」と雑談していると、2009年に韓国で放送されたドラマ『僕の妻はスーパーウーマン』の話になったのです。そこでは一流企業に勤めているのに、なんだかいろいろと残念な夫の姿が描かれています。

田中:なるほど(笑)。

小原:「残念っていうキーワードはいいんじゃない?」と盛り上がりました。社会派テーマは重たくなりやすいですが、コミカルに見せたいなと思い、最終的には主人公を男性にして、女性目線で描くと面白いのでは、となったのです。

毎週水曜日夜10時放送『残念な夫。』プロデューサーの小原 一隆(オバラ イチリュウ)さん。監督としての主な作品に、「夏の恋は虹色に輝く」「魔女裁判」「不毛地帯」。プロデューサーとしての作品に、「鍵のかかった部屋」「失恋ショコラティエ」「ビブリア古書堂の事件手帖」がある

田中:男性が今いる位置が残念なのかもしれないとか、男性が反省しなければいけないなとか、考えさせられる作品です。家庭の問題に何らかの苦悩を抱えている世の女性にエールを送るようなドラマになっていますよね。

小原:ドラマでは産後の離婚危機を描いています。そこまで発展する要因は妻側にもすこしはあるでしょうが、夫側のほうが割合的に多いのではと感じていました。夫は妻が困っているのになかなか気づきません。だから女性目線で何がダメで、何がいいのかを見せたいなという思いがあります。逆に男性目線で描くと「単なる気づかない人」になってしまうので。

田中:コミカルに見せる、というこだわりも気になります。視聴者が深刻になりすぎないで済みますし、考える余裕も生まれるからなのでしょうか。

『男性学』を研究している武蔵大学社会学部助教の田中俊之先生

小原:水曜夜10時という週の半ばで、産後の離婚危機という社会派テーマを重々しく取り扱ったドラマを放送していても、ぼくなら見ません(笑)。いい作品を作っても見てもらえないと意味がないと思うのです。

田中:DVのように深刻なトピックも登場しますが、全体的に暗くはならず、バランスがいいなと感じます。コメディというジャンルが、社会に対して問題提起をするのにぴったりだなと。

小原:深刻さとコミカルさのバランスはかなり意識していますね。いかにして当事者が乗り越えていくか、どう周囲がサポートするかを描きたかった。そうするとコミカルにしたほうが見やすくなるのかなと。

夫に悪気はゼロ。これは罪なのか?

田中:登場人物のキャラクターが多様だなぁ、と思いながら見ています。黒木啓司(EXILE)さん演じる須藤俊也さんは、完璧な家庭を作ろうという思いに囚われていますよね。これも結婚・出産を経て、多くの夫が考えることなので、とても面白いなと感じます。

小原:登場人物ひとりひとりのキャラを立てたかったのです。昨年我が家に第一子が生まれたとき、男性には「自分の子どもには完璧に育ってもらいたい」という願望がどこかにあるのではないか、と感じました。その極端な例が須藤さんです。

田中:ほかのキャラも個性がありますよね。岸谷五朗さん演じる細井茂さんも、仕事優先で家庭や育児を顧みなかったせいで、妻と娘から虐げられる残念な夫になってしまった。

小原:陽一さん、俊也さん、茂さんの3人に共通するのは、皆よかれと思ってやっていることが、結果的に裏目に出てしまっていること。ベースには悪気のなさがあるのです。

田中:見ていると、自己反省や「自分はどうだろう?」と考えるきっかけを与えられます。作品が結論を押しつけるのではなく、各キャラクターが考えて各々の結論を出していくというスタイルは、視聴者側に余地が与えられていいですね。

小原:視聴者に対して結論を押しつけるドラマもあります。そのスタイルに慣れている視聴者には、物足りないなと思われているかもしれませんが。

田中:ぼくは男性学を教えていて、学生と男女の問題を扱ったドラマを一緒に観ることがあります。これまでは『アットホーム・ダッド』『結婚できない男』を鑑賞してきましたが、DVDが発売されたら『残念な夫。』も感想を学生と共有したいですね。

小原:ありがとうございます!

田中:3つの作品に共通するのは、結論を押しつけてこないこと。逆に結論を押しつける作品は考える材料にはなりません。『残念な夫。』も「残念な家庭とは〜だ」「残念じゃない家庭とは〜だ」とは言い切っていないじゃないですか。ここはすごくいいなと思うのです。

ひとつの結論を押しつけたいとは思わない

小原:最初に監督と脚本家と顔を合わせたとき、作品として結論を提示する形にするか、登場人物が気づく形にするかは、一番話し合ったことかもしれません。たとえば7話は社会問題にもなっているセックスレスがテーマでしたが、これも「セックスレスはよくないですよ」みたいに結論を押しつけるのは怖いなと感じました。

田中:一般的に周囲からは「セックスレスはマズいよ」「関係が危ういのでは?」などと言われるでしょう。でも陽一さんたちは「そういう気分にならない時期は仕方がないよね」というように、夫婦間の話し合いで解決していますよね。

小原:企画の根底には、子育てにはいろいろな問題がつきものだけど、基本的には楽しくて素晴らしいものだという思いがあります。作品として何かを押しつけると、それを否定することになりかねません。

田中:だからこそ登場人物それぞれが、多様性のある意見を持っているわけですね。そういえば、前回放送された8話で気になったのは、笛木優子さん演じる大石かおりさんと陽一さんとの間に「浮気疑惑」が生まれたこと。酔って一夜をともにしてしまうあの一連の流れは、うかつだなぁと思いました。もうすこし自制心を持ってほしかった(笑)。

小原:確かに(笑)。ただ、女性の色気に惑わされるようなキャラにはしたくなかったので、大好きなNBAにつられてしまった設定にしました。

田中:温水洋一さん演じる謎の男性も気になります。いつも男性が肩の力を抜けるようなアドバイスをくれますよね。

小原:9話(3月18日放送)では温水さん演じる男性の正体が明らかになります(笑)。

田中:それは楽しみですね。ちなみに、その男性同士のコミュニケーションの場=サウナとしたのには、どんな意図があったのでしょうか。

小原:夫同士で集まると「妻がモンスター化した」みたいな、家庭内の大変な話になることが多いです。ママ友会と同じく「パパ友会」もあるのではと思い、それをドラマで再現するなら、男性しかいない密室、つまりサウナに落ち着きました。

「何者でもない自分」になれる場は欠かせない

田中:陽一さんにとって俊也さんはお客さん。同僚以外の男性とも本音を話せるのがいいですよね。純粋な友達として付き合える人がいると、夫として気持ちがラクになりそうです。

小原:男性は会社や仕事の悩みは、同僚と愚痴を言い合うことで解消しますが、子育てはそうじゃない。そもそも男性同士で語ろうとしません。むしろパパ友会のように「場」を作って話をしたほうがいいのでは、という思いも込めて、あのシーンを撮っています。

田中:シラフで語れて、じっくり考えられる場でもありますね。

小原:毎回居酒屋やバーで飲みながら語る、という形にしたくなくて。お酒が入った状態で話すとただの愚痴になりますから。

田中:見ていると茂さんが可哀想になってきます。家では完全に居場所をなくしているので......。

小原:茂は自宅では納戸で過ごしていますが、それを不幸だと感じていません。ひとりになれる貴重な場ですから。ひとりになりたくてもなれないほうが、むしろツラいのではないかと思います。

田中:夫でも父でも会社員でもない、何者でもない自分になれる場は確かに必要です。

小原:2話では知里が友人の結婚式に参加するために、陽一が数時間ひとりで子育てに奮闘します。普段子育てに追われている妻は、たとえ2〜3時間でもひとりで外出すると、気分がリフレッシュするのだと多くの人から聞き、それを描きたいなと思ったのです。

実はあの話には「ときどき妻をひとりで外出させよう」という裏メッセージがありました。

田中:子育て=楽しいもの、という側面ばかりがフィーチャーされると、子どもを預けることやひとりで出かけることに罪悪感を持つ女性が増えるのでは、と危惧しています。

小原:口では「大丈夫」と言っていてもストレスは溜まっているもの。とくに頑張り屋な人だと、コップの水が突然あふれるように限界を迎えてしまい、産後離婚につながるケースが少なくないと思うのです。

田中:いい母とは〜」「いい父とは〜」と決めつけすぎると、いつか苦しくなってしまうはず。手抜きをしようとは言いませんが、その思い込みから解放されるのも大事ですよね。俊也さんは「完璧な父になれば(出て行った家族は)帰ってきてくれるはず」と言っていましたが、完璧な父にならなければ、なんて思わなくていいわけです。

「公園で浮いてしまって、帰ってきた」――リアルな描写、秘訣はチームにあり

小原:俊也は完璧主義をやめて、肩の力を抜いて考えるまでに到っていません。そこを9話以降で気づかせていきたいですね。

田中:俊也さんのような男性は、決して少数派ではないと思います。子どもがまだ小さいのに、習い事をさせて、学校は進学校へ通わせて......と、将来のスケジュールを早々に決めてしまう人もいるとか。

小原:制作前に離婚危機の経験者を取材すると、俊也のような方がひとりいたのです。彼は子どもの未来の年表を詳細に作っていたので、それを一部参考にさせていただきました。細かい年表まで作るのは珍しい例かもしれませんが、子どもが0〜1歳児なのに受験や大学を具体的に考える親は、先生がおっしゃるとおり意外と多いです。

田中:当事者取材をかなり綿密にされている印象があります。陽一さんが娘を公園に連れて行って、浮いてしまうシーンもリアルだなと思いました。

小原:土日にロケが入ると平日休みになり、子どもと一緒に公園に行くと、男性はぼくだけということもあります。それに慣れているというか、そんな状況もあるのだと実体験を通して知っていたので、ドラマでもそのシーンを描きました。イケメンな陽一のように、ママたちに囲まれたことはないですが(笑)。

田中:男性から「公園で浮いてしまって、帰ってきた」なんて話をよく聞きます。サイボウズの青野社長もそんなことがあったそうです。

小原:ですよね。そもそも軽々しく扱えないテーマなので、いろいろな方に会って話を聞きました。また、自分に子どもが生まれたことで、普段接していることが取材になったともいえます。子どもが生まれていなければ、もっとたくさん当事者取材をする必要があったでしょうし、企画そのものが出ていなかったかもしれません。

田中:制作陣にも子育て世代の方が多いですか。