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サイボウズ式:教え上手な人間の特徴をあばいてみた

2015年07月03日 15時06分 JST | 更新 2016年06月26日 18時12分 JST

【サイボウズ式編集部より】この「ブロガーズ・コラム」は、著名ブロガーをサイボウズ外部から招いて、チームワークに関するコラムを執筆いただいています。今回はファーレンハイトさんが考える「本当に伝わる教え方」についてです。

"人に教える"のが上手い人・下手な人がいる。色んなシーンがあるけれど、会社の業務において後輩を教育する場面、プライベートにおいてITリテラシーが高くない人にパソコンやスマホのイロハを教えたりするのもそうだろう。

どんな人でも"人に教える"場面は存在するもので、なるべくであれば「上手に」教えられるに越したことはない。今日は自分が教えてきた、また、教え上手な人のスキルを観察してきて気づいたことを書いてみたい。

どこまで理解して、どこから理解していないかを見抜く

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教え上手な人は決して自分がしゃべりたいことを先行させない。下手な人は自己満足のようにとにかくしゃべる。教えられる側がきょとんとしながら、でもついていかなきゃいけなくてアタフタしているのはよく見る光景だ。これは教える側の自己満足にほかならない。

何らかの「教える」という行為が発生する際には、両者間で"理解・前提知識のギャップ"が存在している。それを埋めるためには、まず相手がどこまで理解しているのかを把握している必要がある。どのステップでつまずいているかを確認する作業(=現状把握)と言いかえてよい。

何かひとつのピース(知識・判断材料)を与えるだけで、自主的な理解が一気に進むことは多々ある。どこまで理解できているか? どこからが理解が届いていないか? 何が理解を阻害しているか? それを見つめることが教える側の命題であり、役割と言える。これなしに教えるのは教える側の怠慢になってしまう。

もうひとつはマインド的な問題なのだけど、"教えられること"に卑屈さを感じさせないように接するということ。教える側が教わる側に「お前は至っていないバカだ」というメッセージを与えていることは多々ある。上手な人達を見ていると、相手のモチベーションを無意味に削らないように「<この件においては>教えるね」というスタンスで接しているように見える。

情報のズームイン・ズームアウト

口頭でも文章でも、俺が「教える(伝える)のが上手いなぁ」と感じるのは、情報のズームイン・ズームアウトが巧みなとき。ズームインは具体例、ズームアウトは概念ととらえてもらえれば良い

先の何でつまずいているかを見抜いたあと、概念が理解できていないのであれば具体例を重ねてもあまり意味はない。そういったときには似た構図を持つ(彼が既知の)何かで説明した方がグッと理解が進む。

逆に、具体的な内容に落とし込めないのであれば、身近な例を紹介するだけでグッと理解が進む。たとえばフレームワークの「空・雨・傘」の例を女関係に変えるだけでも、男は理解が進みやすいだろう(俺だけか)。

これらを支えるのは<比喩が上手>といえるかもしれない。このあたりはアナロジー(類推)の考え方を援用するのが良いと思う。こまかい整合性についてはひとまず横において、「なんとなく分かる」という状態を相手に実感してもらい、そこから先は自分で調べられる状態になってもらえばそれがベスト。

リズムを相手に合わせる

頭の回転のクロック数を相手のペースに合わせるのは非常に大事だ。

頭の回転が速い人はタラタラしたペースにダレる。回転がゆっくりの人は速度についていけないだけで基本性能を生かせなくなる。要は自分が心地いいリズムではなく、相手が頭に入ってきやすいリズムで話を進めるということ。

対人関係において「心地いい」と感じる人は、同じリズム感や会話のペースを持っていることが多いと思うのだけど、何かを伝える必要がある場合には、相手のリズムやペースに合わせることがベターな選択である気がする。相手に理解してもらわないことにはその場が無意味なものになってしまうから。

誤解がある気がするけど「頭の回転が速い=頭が良い」では決してないと俺は思う。そういった人たちは往々にして取り違えや分かった気になっていることが多い。ゆっくりと咀嚼(そしゃく)するように理解するタイプは自分の頭のなかの仮説検証がていねいだったり、一度理解したことを決して忘れなかったりする。

他人に何かを教える・伝えることとは?

俺が個人的に考えている"他人に何かを教える・伝えること"の意味は、ちがう思考のクセを持っている人に同じ光景を見てもらうことが目的ということ。これは文章を書く上で自分が気をつけていることでもある。

上記の自分が気をつけてきたこと、自分が見てきた教え上手な人たちの特徴は、それらを実現するためのテクニックだったように思う。考え方のプロセスがちがう人や、知識量がちがう人、ペースがちがう人。そういった人にも共通の認識にたどり着いてもらうことが、教えることや伝えることなのだと思う。

状況においては、同じ相手であっても自分が教える側から教わる側になることはよくある話で、教えてくれる側が「どんな認識を伝えようとしているのか?」を心構えとして持っておく必要があるんじゃないのかな。こういったものは本質的には頭の善し悪しではなくて、状況における役割とか立場にすぎない気がする。

最後に少し脱線するんだけど、俺が考える"頭が良い人"は、"そうでない人"にでも理解させることができる<余裕がある人>のことなんじゃないかなと思う。「この人、頭良いな~」と自分が感じていた人は、上手く俺に合わせて誘導してくれて、共通の認識まで引っ張ってくれる人だった。

ファーレンハイトさんより 普段はブログ「My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only」、Web媒体「AM [アム] 」で恋愛・人間関係について書いています。サイボウズ式のブロガーズ・コラムでは、仕事・チームワークにおける他人との関係性について何らかの価値を提供できたらと思っています。

(サイボウズ式 2014年12月15日の掲載記事「教え上手な人間の特徴をあばいてみた」より転載しました)

イラスト:マツナガエイコ