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サイボウズ式:酒嫌いの僕が、それでも飲みニケーションを勧めたい理由

2015年06月06日 16時46分 JST | 更新 2016年06月05日 18時12分 JST

【サイボウズ式編集部より】

この「ブロガーズ・コラム」は、著名ブロガーをサイボウズ外部から招いて、チームワークに関するコラムを執筆いただいています。今回はファーレンハイトさんが考える「飲みニケーションの効用」について。

飲み会──。会社において億劫なイベントの代表例だ。

気の合う同僚とだけ行けるのならば楽しいものだけど、必ずしもそうじゃないからタチが悪い。プロジェクトの立ち上げという飲みたがりの口実、先輩からの「30分だけ」というお誘い、忘年会・新年会・歓送迎会という強制参加行事。行きたい人だけ行けばいいのだけど、断り続けると人間関係に支障が出てくるのがツライところ。

俺は基本的に酒が嫌いだ。元々下戸で、酒を飲むこと自体を楽しいと思ったことは一度たりともない。アルコールを身体に入れることは自分の身体との戦いだ。社会人になって肉体改造を行ったけれど、いまでもビールはジョッキで3杯が限界、焼酎や日本酒は2合目でヘロヘロになる。ビールに付き合ったあとはウーロンハイを延々飲むのが定番パターン(なぜかワインだけはボトル2本近くいける。女の子を口説くには都合がいい身体である)。

さて、会社の人と酒を飲むことは、「せっかくの終業後に自分ひとりで過ごす時間がなくなる」「友達と会う時間がなくなる」「睡眠時間が削られる」などの機会損失が目立つんだけど、それでも俺は会社の人との飲みニケーションは素晴らしい側面があると感じる。

夜の顔を知ったあとの、昼の顔は別物

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昼の顔、仕事における顔はどんなに自然体を装っても仮面だ。特に「立場」がそうさせてしまう。いくら年下でも取引先の人にタメ口をきけないように。

酒の場は無礼講なんてウソだけど、それでも仕事関係から逸脱した関わり方ができるチャンスだ。俺はよく所帯を持っている年輩の方にはお子さんの話、所帯を持っていない人には休日の話を聞くようにしている。その人のまったくちがった顔が知れて、立方体の別の側面が見れる。ムカつく人がお茶目な話をしてきたりするのだ。

そういった話を暴露した次の日は、その人も接し方が変わっている。仕事でしか関わりがない人と、仕事以外の自分を知っている人との関わり方は、微妙なようでちょっとした接し方に差が出ることを痛感する。相手の無意識の壁をとっぱらえるのだ。

見えなかったものが知れる

酒を飲んで本当に我を失っている人、失っている体で普段言わないことを言うしたたかな人。どちらにせよ業務中では聞けない話が聞ける。「建前上、言えないこと」は存在していて、おまけにこちらが世渡りする上で大事な情報が埋まっている。

あの人があの人のことをどう思っているか、いま業務上でリーダーがポイントと考えている部分、自分の立場からは見えにくい体制の構図。そういったものが話題に挙がる。多くは愚痴というかたちで。それを知った上で業務上で行動を取るのと取らないのでは大きな差が出てくる。ひとりよがりの「良い」ではなく、見えているうえでの「上が喜ぶ最善手」が打てるようになる。

評価が甘くなる

やっぱり誘いに乗ってくる後輩は可愛いものらしい。社会人になった当初は「たまったもんじゃない」と思ったし、いまでもそういう部分はあるけれど、どうせ一緒に仕事をしているのであればかわいがってもらった方が色々と得だ。ガンガンとその人の武勇伝や、最近の成功話・苦労話を聞こうじゃないか。

特に所帯を持っているある程度以上の年齢の人は「会社帰りの一杯」がほとんど唯一の楽しみになっていることが多く、最高に楽しいらしい。"その人が楽しいと思っていることを一緒に経験する"というのは人間関係の距離を縮める妙手だ

人間関係の距離を縮めておくと、こっちがヘマったときの態度も甘くなるし、うまくやったときは必要以上に評価してもらえる。それはオイシイ。仕事上の関わりしかしてない場合、純然と仕事のアウトプットでしか評価してもらえない。抜群にパフォーマンスを出しているのであればそれでいいけど、昼に頑張らなくてもヒイキしてもらえるのであれば、それはそれで利用すれば良いんじゃないかと思う。

情報のアップデートを意識して、飲みに行く

とはいいつつも、飲みに行けば良いってもんじゃないと俺は思う。結局はバランス。

たとえば一回ぽっきりの人に対して愛着はわかないけれど、頻繁に行けば良いってもんじゃない。週イチで同じ人と飲みに行っても、毎回、愚痴を言うだけの飲み、もしくは目上の人の自己満足に付き合わされる時間になってしまう。それはお互いに"情報のアップデート"がないからだ。話すネタがないのにとりあえず飲む、では本当に時間の浪費だ。

タイミングとしては日々の業務のなかで「動き」があるとき。なんらかの難所が出来てきたとき、不満が溜まってそうなとき、方針が変わったとき、小さな成功が出たときの祝杯、そういった節目で飲みに行くのが好ましい

なんらか<思っていること>がそれぞれの腹にあるからだ。そういった最新情報を取りに行くのが職場の人間関係における飲みの「ウマミ」と言える。

そして、そういった情報をやり取りすることは打算的な意味でなく、お互いに救われることだって多々あるだろう。週5日の労働時間を意味があるものに変えてくれるかもしれない。それは価値がある時間なんじゃないだろうか。

まぁ、職場の人との「飲み」の付き合い方には色々なかたちがあると思うけれど、俺は職場の人とおたがいに愛着を持ち合うため、もしくは人間関係のメンテナンスとしてそれなりに有用と考えている。忌み嫌うのではなく、そういった部分も評価していいんじゃないかと思う。

ただ、ビール以外を頼むとウザいカラミをしてくる先輩は、ビールかけてやりたくなるよね。好きなもの頼ませろよ。

ファーレンハイトさんより 普段はブログ「My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only」、Web媒体「AM [アム] 」で恋愛・人間関係について書いています。サイボウズ式のブロガーズ・コラムでは、仕事・チームワークにおける他人との関係性について何らかの価値を提供できたらと思っています。

(サイボウズ式 2014年11月25日の掲載記事「酒嫌いの僕が、それでも飲みニケーションを勧めたい理由」より転載しました)

イラスト:マツナガエイコ