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サイボウズ式:「自分の個性はなにか」なんて悩むだけムダ――「ほぼクローン人間」大量生産時代に大学生が思うこと

2015年08月22日 00時21分 JST | 更新 2016年08月19日 18時12分 JST

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「没個性」「クローン人間」「大量生産」──。

すべて最近の大学生を揶揄(やゆ)するときによく使われるフレーズです。たしかに、街を見渡せば就活生も含め、似たような髪型・服装・持ち物で身を固めた若者ばかり。そう嘆かれるのもうなずけます。しかし、それは若者に「個性がない」から起きている現象なのでしょうか。そもそも社会のいう「個性」とはなんなのでしょうか。少なくとも、教科書に答えは書いてなさそうです。

このモヤモヤをスッキリすべく、なんだかスッキリしていそうな大学生であるファッション武士RYO!さんとCITYBOY.ME 佐々木遼介さんに「個性」について語り合わないかともちかけてみました。そこで見えてきたことは、「気にしすぎない」ことの大切さでした。

自分の決めた目標には固執しない、ちがうと思ったら変える

石川:唐突ですが、おふたりの「個性」は一体どこから来ているんだろうという素朴な疑問がありまして。まず、今やっていることを始めたキッカケって何ですか?

RYO!:ファッション武士として活動を始めたのは、約2年前です。武士の格好をして歌っている人なんて当時いなくて、音楽の曲調もなかなか斬新だったと自分で思うくらいだったので、新しいんじゃないかと思って始めました。

もともと小中高とバンドをやっていたんですよ。ずっと東京に出たいと思っていたので、勝手に縁を感じていた東京大学に1年浪人して入学。そして、本気でMステ出演を目指すために休学しました。そしたら、休学2ヶ月目で「なんかちがうな」と思ってバンドをやめてしまって(笑)。

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ファッション武士RYO!さん。「サムライや武士を切り口に、日本の文化や歴史に'楽しく'ふれるきっかけを作る」という志のもと、オリジナル武士ソングのパフォーマンスや、歴史講座をしている。吉田松陰に憧れ、吉田RYOいん!と名乗り、松下村塾ならぬRYO下村塾(りょうかそんじゅく)をひらく。アイドルが大好き。そんなRYO!さんの記事に載せきれなかった名言は『真のオタクというのは、その対象にエネルギーを捧げているのではなく、エネルギーをもらっているのだ。』

RYO!:バンドをやめた後、生計を立てるために家庭教師や塾講師をしていると「歴史ギライ」なこどもが予想以上に多いことがわかって、これはゆゆしき事態だと。たしかに教科書はつまらないかもしれない。けれど、ぼくが小学生のときに大河ドラマ『利家とまつ』を見て「歴史おもろいな」と思ったのと同じように、歴史に触れる切り口を変えれば、もっと面白いと思ってもらえるんじゃないかと考えました。

じゃあ「人の役に立つこと」かつ、今までやってきた「自分ができること」をしようと、武士の格好をして歌ったり、踊ったり、歴史を教え始めたりしました。

石川:これをするんだと意気込んでするというよりは、臨機応変に行動に移す感じなんですかね。

RYO!:いや、はじめはこれが自分にとって正しい! と思ってやっています。ただ、その自分で決めた目標みたいなものには固執しません。ちがうなと思ったら変える。ずっと続けていたバンドをやめたとき、目標って変わるなと気づきました。根っこには「人の役に立ちたい」って思いがあるので連続性はありますが、目標は変わるのが当たり前なんだと思っています。

とにかく今は、目の前にある面白そうなことやできそうなことを一生懸命やっていますね。中二病をこじらせて、そのまま。特別これになりたい、という気持ちはありません。

石川:佐々木さんはいかがですか?

佐々木:ブログを書いた方がいい人間だと思ったんです。いや、書くべきだと。感覚で、もう絶対に書いた方がいいだろうと感じました。

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大学生ブロガーの佐々木遼介さん。かもしだす独特な雰囲気、ユニークな切り口で年の近い大学生だけでなく、幅広い世代から支持を集める。その人気ぶりは、「ジャニオタ彼女を彼氏オタに」「一人ディズニー」で話題! "佐々木ゼミナール"って何者!?からもうかがえる。おろしたてのチェックシャツがよく似合っている佐々木さんの一言は『毎日楽しく暮らしています。』

石川:なにかにせき立てられているような勢い。幼い頃から文章を書くことやまとめることは得意でしたか?

佐々木:得意といいますか、書くことやまとめることは好きでした。ぼく絶対に書いた方がいいっていう使命感を感じたとも言えます。ふだん考えていることをテーマに、必ず面白いものが作れるって思ったんです。

石川:それで実際に面白いから、さすがです。

佐々木:ありがとうございます。自分の中で面白いんじゃないかと感じたものを発表する場というと、ただの一学生には限られていて。たとえば、いきなり雑誌で連載なんて無理ですよね。そこで、個人で始められるブログを大学一年生のなかばあたりから書き始めました。

石川:SNSでシェアされることが増えて、ブログを始めた当初と閲覧者数などの規模が大きく変化したと思うんですが、心境の変化はありましたか?

佐々木:いくら規模が大きくなっても、結局ぼくがかかわる人間は、家族と仲のいい友達と彼女くらいですから、あまり気にしないようにしています。自分の好きなように。たとえば、突然ブログをやめたとしても、どんなことを書いても、一人でやっているなら誰かが不利益を被るわけではないですよね。なので、好き放題やっています。

小・中学校のときから頭の中で色々と考えることが好きだったので、この頭の中をブログに書いたら絶対に......面白いなって。さっきから同じことを何度もすみません(笑)。 それを広めたいというよりは、とにかく記録に残したかったのだと思います。

石川:とてもシンプルな動機ですね。個人サイトを運営していると、ただの自己満足のつもりが気づけば義務感に押しつぶされそうになっていた、なんてこともよくあるんですが、振り切れていてうらやましい。

自虐的な意味で使われる「中二病」も成長に必要な1つの過程だよねと思っています。こじらせると大変ですが、その分人生楽しめますよね。

「おもろいこと」を突き詰めると、勝手に個性は出てくる

石川:おふたりの思う「個性的」ってなんでしょう?

RYO!:個性的と言われる人は、やはり言っていること・やっていること・見た目などが、人とは明確に異なるのかなと思います。

時々、ぼくも言われることがあるんですが、べつに個性的になろうと思ってやっているわけじゃないのでよくわからないんです。ただ、「個性的」って結果として生まれるものであって、なろうと思ってなるものではないのだろうということはわかる。

佐々木:みんな個性的なんじゃないですか。それぞれ大なり小なり個性はあるので、個性があるかないかの話だとすると、みんな個性的だといえると思います。

石川:なるほど。今まで、個性がきわだっている人のことを「個性的な人」だと認識していましたが、そうすると個性に特別感が出てしまいますね。なんだか言葉の認識の矛盾が発生する原因がわかった気がします。

佐々木:ぼくも含め、人って国や地域などに昔からある文化や習慣ってものに強く影響されていると思っていて。あとは、テレビや漫画・雑誌などのメディアの影響を受けることである程度、同じ方向に進んでしまうようになるのかなと。

石川:わかります。土地柄、その場所での当たり前が人の基礎をつくるといいますか。そのあと、各々がどのような影響を受けていくのかが分かれ目かと。

ところで、おふたりの世界観や個性ってだいぶ確立されているイメージなんですが、周囲とのギャップを感じることはありますか?

RYO!:ギャップを感じることは多々あるんですが、それはつまり同じものを見ていても感じ方・見え方がちがうことと同じだと思います。たとえば、窓から見えるたくさんの木を見たとします。ぼくはなんでも江戸時代に結び付けて考えてしまうので、「この地には江戸時代から豊かな庭園があったんだな」と思いますが、自然が好きな人は草木の種類などについて、カメラマンの方なら写真に撮るならどの構図にしようかなど、人それぞれ思うことは異なると思っていて。

たしかに個性にはギャップがあると思うんですが、それは当たり前に「ちがう」ってことだと思います。だから特には気にしてないです。あとは、それが表に出るのかどうか、それを発信するかどうかの違いだと思います。

石川:大いにそう思います。

RYO!:かたじけなっしんぐ!

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石川:かたじけなっしんぐ!佐々木さんは周囲とのギャップを感じるときはありますか?

佐々木:そうですね......。ギャップを感じるというか、「なんかちがうな」と違和感を覚えることは多いです。学生ならこうあるべきだとか、学生ならやっておくべきことだとか、そういうことがよく言われるじゃないですか。そこに違和感があります。

あり方・やり方は、人によってちがうことが当たり前だと思います。別に同じでもいいんですが、誘導されてしまっているような気がして。みんなが同じ理想を目指さなければいけないような無言の圧力がかかっている。

石川:ステレオタイプですね。圧力がかかっている以上、それは仕方のないことだとも言えますし、気持ちもわかるけれど「仕方ないからって、それでいいのか」とも思ってしまいます。

どうでしょう、ここまで話してきて個性ってどのように現れるものだと思いますか?

RYO!:ぼくは、自分自身が「おもろいな」と思うことをやっていたら、勝手に個性は出てくるんじゃないかと思っています。

人ってそれぞれ感性がちがうじゃないですか。なにを面白いと思うか、同じものを見てなにを思うのかというのは人それぞれだと思っていて。「みんなが面白いって言っているから、これは面白いんだ」と思うのではなくて、周囲の人が面白いと思っていなくても自分が本当に面白いと思うのであれば、それはそれでいいじゃんと。

石川:もっと自分に素直に、ということですよね。

RYO!:そう。もっと自分の感性や思ったことに素直になれば、もっとみんな「ちがう」んだってことが"より見えてくる"んじゃないかなと。

石川:そういえば、佐々木さんはブログでお悩み相談室をやっていらっしゃいますよね?

佐々木:はい。やっていて思うのは、人の悩みやコンプレックスというのには、誰かと比べたときに自分が劣っているとか優れているとか、そういう考えが奥にあるのだろうなと。だから、やはり考えすぎない方がいいんじゃないかなと思っています。

そもそも優劣とかないですからね、人には。得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌なこと、みんなある。だから、あんまり気にしない方がいい。

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個性はROCKだ(ってちょっと言ってみたかった)

RYO!:今更なんですが、こういう風に「個性」について考えたことがなくて。特に「自分のどこが個性か」なんて全然わからないんですよ(笑)。

佐々木:ぼくもです。

RYO!:今もインタビューを受けながら一生懸命考えていたんですが、「個性はROCK」だなと思いまして。

石川:その心は?

RYO!:その心は......。まず、ROCKとはなんなのかとなると思うんですが、ROCKって定義できるものじゃないと思っているんです。定義できない点が個性と似ていると思います。「その人の生き様がROCKだ」などと使われるんですが、それと同じなんじゃないかなと思います。

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佐々木:うんうん。

RYO!:ちょっと「個性はROCKだ」って言いたかった(笑)。

石川:いや、その通りだと思います、同感です。その人のちょっとした仕草やくせ、言い方のニュアンスとかに個性はにじみ出ると思っているんですが、そういう無意識的な部分や「らしさ」を形成しているのはその人の人生そのものであり、それは生き様であるなと思います。

佐々木さんはいかがですか?

佐々木:いいと思います、個性はROCK。生き様や人生という点でつながると思うんですが、ぼくは最近シンプルライフを実践したいと考えています。

石川:いいですね。個人的に、その人にとってのシンプルな暮らしは、個性や「その人らしさ」というものにつながると思います。

佐々木:いま、流行っていますよね。情報量や娯楽の種類、便利な道具などあらゆるものがどんどん増えて、どんどん複雑になっている。そこで「自分にとって本当に必要なものって何かな」とよく考えています。