サイボウズ式:仕事の「甘え」は100%害悪なのか?

どんどんお互い甘え合って、得意分野でそれぞれの力を発揮すればいい。

サイボウズ式編集部より:著名ブロガーをサイボウズ外部から招いて、チームワークに関するコラムを執筆いただく「ブロガーズ・コラム」。今回は、はせおやさいさんが考える「最短距離でゴールを目指すための、チーム内での力の借り方」。

こんにちは、はせ おやさいです。

今回は「甘え」について。

「仕事なんだから、甘えるな!」って、よく言いますね。

仕事やビジネスの場での「甘え」は否定されがちです。

確かに、遅刻や納期を破るなどの「甘え」はよくありませんし、子どものように「できない」「わかんない」と言って誰かに甘えるのも、あまりほめられたものではありません。

ですが、本当に「甘える」のはおしなべて害悪なのでしょうか?

甘え上手な上司の話

以前、いっしょに働いていた上司で「甘える」のがとても上手な人がいました。

辣腕ビジネスマンであり、事業提携やどこからか大きな金額の案件を持ってくるのがとてもうまく、「彼に頼めばなんとかなる」といろんな部署から頼られていました。一方で細かいことは苦手で、よく電車を逆方向に乗り間違えるような人でもありました。

わたしは元々違う事業を担当していたところ、彼に誘われ、別部署から彼の部下としてついてみて分かったのですが、これが本当に細かいことができない。

資料の誤字脱字はザラでしたし、パワーポイントのノンブル(印刷ページに打った順序を現す数字)があるページとないページが混在していたり、Excelの関数が数セル分抜けていたり。

一言でいうと「雑」。

そのため、いちいち細かくて神経質なわたしとは意外と相性がよく、大枠を彼がバシッと決めてきたあとはこちらにまるっと任せてくれて、そのフレームから外れない限り、だいたい好きなようにやらせてもらっていました。

条件がゆるふわな案件も多く、「なんでこんな雑な要件でお金を持って来れるんですか!」とギャーギャー言いながらも、よいタッグが組めていたように思います。

もちろん大変なときもありましたが、それでも彼との仕事は楽しかった。

間近でみる相手の手腕に感動しながら自分の良さも発揮でき、それが相乗効果を生むという、「チームで働くこと」の醍醐味を実感できたよい経験でした。

そして彼が中心となって組むプロジェクトでは、必ずそういった「よい相乗効果」が生まれていたように思います。

「逃げ」の甘えは嫌われる

後から振り返ってみて、彼から甘えられても嫌な気持ちにならず、むしろ楽しく仕事ができていたのはなぜだろう、と考えたことがあります。

そのとき気付いたポイントが、いくつかありました。

まず、彼が自分自身の責任範囲をきっちりと果たしていたということ。そして、甘えるときはまっすぐに要求を提示してきてくれたこと。

この2つではないかと思うのです。

多くの場面で否定される「甘え」は、「責任を果たすことから逃げている」ことからくる「甘え」ではないでしょうか。

もちろん、誰にだって得意なこと、不得意なことはあると思います。

でも、売り上げ予測を考えるのが苦手だからできない、やりたくないと言って逃げる。数値分析をするとき、調べるのが面倒だからと言って、できる人に甘える。

これらは「逃げ」の甘えであり、否定されても仕方がないことではないか、と思います。

一方、視点を転じてみると、「よりレベルの高い仕事をするために、得意な人の力を借りる」という意味では、「どんどん得意な人に甘えたほうがいい」という考え方もできます。

甘え上手なその上司の場合は、事業をまとめてきたり交渉で有利な条件を引き出したり、自分の責任範囲と得意分野で結果を出していたし、そのためなら自分の周りの人の能力を最大限上手に利用しているところがありました。

わたしも利用されていた中の1人で、彼が作った資料のレビューをして細かいところをつつき、レイアウトを整え、精度を上げたものを「よい資料だね!」とほめられたときのうれしさは、今でも強烈に覚えています。

わたしは彼のように大きな案件をつかんでくる力はないけれど、彼が苦手な細かい部分への目配り気配りには自信がありました。その良さを最大限発揮することができ、ああこれがチームワークだ、得意分野を持ち寄っていっしょに仕事をすることの面白さだ!と思いました。

「気付かれ待ち」の甘えはツラい

もう1点、「甘えるときは、まっすぐに要求を提示すること」です。

「気付かれ待ち」の甘えは、正直つらい。

何をどうしてほしいかが分かりにくく、こちらがそこまで踏み込んでケアしなければいけないからです。

「気付かれ待ち」で案件を抱え込まれ、気付けば大炎上というケースもあり、もっと早く言ってくれれば......と思うこともありました。

これも「仕事で甘えるなんて、とんでもない」という空気を早く変えていられれば、防止できていた事故なのかもしれません。

その甘え上手な上司のチームで良かったところは、彼が「俺は細かいことができん!」とはっきり表明していた分、チームメンバーも「わたしはここが苦手です。でも、これなら得意です」と言いやすかったこと。

もちろん不得意分野をなるべく減らし、得意な分野を増やすのも重要ですが、人間には適性があります。適性に沿っていて、得意でおもしろいと思えることをやってお金をもらうほうが、楽しいに決まってる。

じゃあ、どんどんお互い甘え合って、得意分野でそれぞれの力を発揮すればいい。

そういう空気のおかげで、「これが苦手だから助けてください」と言いやすく、助けを求められた側も「じゃあ代わりにわたしの苦手なこれを手伝ってくれる?」と言いやすかった。

チームというのは、結果的に与えられた目標の売り上げや数値が達成できればいいわけであり、そこへの最短ルートをメンバー間で探し、協力し合おうという雰囲気がありました。その前提のもとで進むプロジェクトはハードでありながらも楽しく、そのときの仲間とは、今もよい関係が続いています。

この経験から、「結果を負うために、責任と引き換えにする『甘え』なら、アリだし、むしろ、どんどんすべき」という価値観に変わりました。

そのおかげでわたしも「自分の得意なこと」が明確になり、「不得意なこと」をやるために、他人の力を借りることへの抵抗感が薄まりました。それまでは「自分ですべてをできるようにならなくては」と思い込んでいましたし、そのことでスピードが落ちたり、助けを求められず、業務を抱えてしまうこともありました。

でも、引いた目線でみるとそれは誤りで、目標達成のためなら、使えるものは何でも使い、甘えられる部分はどんどん甘えてしまったほうがよかったんです。代わりに自分の責任を果たすことが前提ではあるのですが、「不得意なことは、人に甘えていい」というこの考え方は、その後のわたしの働き方を大きく変えてくれました。

上手に甘え合って、最短ルートでゴールを目指そう

後から思うのですが、たぶんその甘え上手な上司も、わたしがやっていた業務を自分でやろうと思えば、十分できただろうと思います。

でもそれをしないで、それを得意とする他人の力を借りることを選んだ

それは、チームで働くことのメリットが、そこにあるからです。

チームで働くメリットとは、自分とは違う個性の人たちと、力を合わせて仕事ができること。自分だけではできない高さまで、かかわる仕事のレベルを上げることができることです。

そこにはあくまで「達成したいゴール」があり、「目指す目標」がある。それを見据えて助け合い、最短ルートでゴールを目指すためには、お互いが上手に「甘える」のも有効手段だったのだと思います。

「逃げ」ではない「甘え」は、チームならではの良さを引き出すテクニックのひとつなのかもしれませんね。上手に甘えることでお互いの良さを貸し借りしあい、チームワークを発揮するのを意識してみて働いてみるのもよいかもしれません。

今日はそんな感じです。

チャオ!

イラスト:マツナガエイコ

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サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。

本記事は、2016年4月20日のサイボウズ式掲載記事仕事の「甘え」は100%害悪なのか?より転載しました。

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