サイボウズ式:自由に働く社員を評価するために、給与テーブルを捨てました──為末大×青野慶久「本質的に人は何のために生きるのか」

青野「今まで、大企業などでは年功序列の絶対的ルールがあって、これに従うしか選択肢がなかった。不健全ですよね。」

「働き方改革」の影響で複業やテレワークが話題になっていますが、このような働き方が世の中に一気に浸透するわけではありません。むしろ、来るべき「個人の時代」への備えが必要になりそうです。

元陸上選手の為末大さんと、サイボウズ社長・青野慶久が個人の時代の備えについて考えた前編では、「自由に生きることのリスク」「型にはまる重要性」「"個人の時代"を生きる覚悟」について語り合いました。

今回の中編では、「自由に働く社員の評価軸」「共感できる理念の選択」を話します。

社員の評価は「短期的な成果」か、「長期的な成長」か

為末:経営者として気になるのですが、会社が個人を「自由」にさせると、仕事ぶりをチェックしにくいですよね。サイボウズでは、どんな評価軸を定めていますか?

青野:うちの場合、ある程度は組織が大きくなっているので、タテとヨコの軸で見ています。

為末:タテヨコ軸。それぞれどんな内容ですか?

青野:誰をどのプロジェクトにアサインするかは、人事のマネージャーに任しています。この人はプロジェクトの成否に責任を持ちません。ある社員を成長させるには、どのプロジェクトに突っ込むのがいいか、という視点だけ。これがヨコ軸です。

為末:では、タテは?

青野:プロジェクト単位で仕事をしているので、プロジェクトリーダーがいます。人事からアサインされたメンバーをマネジメントし、それぞれのパフォーマンスを上げて、短期的な成果を収めるのが仕事です。これがタテ軸です。

為末:なるほど。ある意味で、お互いが牽制し合うようなイメージですね。

為末大(ためすえ・だい)さん。1978年広島県生まれ。男子400mハードルの日本記録保持者(2017年5月現在)。スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得した。2012年、25年間にわたる現役生生からの引退を表明。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍(2005年設立)を経営、一般社団法人アスリートソサエティ(2010年設立)の代表理事を務める。主な著作に『走る哲学』(扶桑社新書)、『あきらめる力』(プレジデント社)など。

青野:そうです。例えば、プロジェクトリーダーがあまりにもAくんを使い捨てるように起用しているなら、人事のマネージャーはプロジェクトからAくんを外すことができる。逆に、パフォーマンスを上げそうにない人をアサインされたら、プロジェクトリーダーは人事のマネージャーに文句を言えるわけです。

為末:そんなにシステム化されてはいませんが、陸上競技におけるマラソンの評価軸に似ていますね。代表選手をどう決めるかは、実は難しい問題です。今のトップ選手だけを並べてしまうと、3年後にトップになるべき選手が育たない。

青野:成果を短期で測るか、長期で測るか。悩ましいですが、人材育成という観点で、仕事とマラソンが似ているというのは興味深いです。

為末:そうですね。短期で成果を求めすぎると次世代が育たないし、次世代を育てようとすると評価をつけにくい。

青野:たぶん、「よい」「悪い」というよりは、健全な議論が起こっている状態が望ましいと思うんですよね。お互いに牽制し合うことでバランスが取れるというか。

為末:従来の働き方を脱するためには、会社側も考えなければいけないことがたくさんあるようですね。

10年後にどんな社会になるかわからないからこそ、自分の市場価値を考える

青野:僕も給料の決め方を悩んだ時期がありまして。昔はサイボウズにも、普通の企業のように、グレード別の給与テーブルみたいなものがあって。「この人は今A3 です」「がんばったから次はA2 にしましょう」というように判断していたんですけど。

為末:でも、例えば在宅勤務をしていたら、「がんばった」かどうかがわからないから、評価軸にできないですよね。

青野:まさに。「会社にも来ない人が私より上なのはなぜですか?」みたいな文句が出るようになった。そこで、もうこの給与テーブルを捨てることにしたんです。

為末:では、どのようなチェックを?

青野:「その人が転職しようとしたときにいくらくらいもらえそうか」、もしくは「この人が転職してきたときにいくらを提示するのか」ですね。市場価値によって決めるという評価軸です。社員同士は比較しない、比較するのはあくまでも市場である、と。

為末:その評価軸なら、社内外の人材の流動性が高い状態を保てそうですね。

青野:だからみんな、転職サイトに登録するんですよ(笑)。

為末:自分の市場価値を知りたくなるわけですね。

青野:強気の交渉してくる人もいます。腕に自信があるから「他社だったら+200万円でしたけど、青野さん、どうですか?」って。

為末:うまい。それは、経営者としても、考えざるを得ない。

青野:これは社員を囲い込まないためにも大事です。今まで、大企業などでは年功序列の絶対的ルールがあって、これに従うしか選択肢がなかった。不健全ですよね。

為末:スポーツの世界に「早すぎる最適化」という言葉があります。わかりやすく言うと、野球がすごくうまい子って、少年野球チームでは4番でエースですよね。「スラッガーでピッチャーもやります」みたいに最適化してしまう。

青野:いましたね、そういう友だち。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得している。2011年からは、事業のクラウド化を推進。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。

為末:それが高校くらいになると、他にもすごい人が集まってきて、トップクラスじゃなくなる。「今日から(打順は)1番で」とか。ここで、その子がスラッガーに最適化されていると、新しい役割に適応するのに時間がかかり、パフォーマンスが下がってしまう。

青野:固定化した会社にも言えることですよね。僕はもともとパナソニックに勤めていたのですが、大企業ですから、社内で最適化されちゃうんです。「パナソニックの管理職ができる人間」にはなるけど、外には出られなくなっちゃう。

為末:市場を見ていないと、こういうことが起こるわけですね。

青野:転職するときに「何ができますか?」と聞かれて、「わたしは部長ができます!」みたいなわけわからんことを答えてしまう。

為末:(笑)。だから、アスリートは常に変化し得る余地がある状態を保とうとするわけですが、そのバランスはいつも難しいですね。

青野:10年後にどうなっているかもわからないですもんね、この時代。これからいろんな職業がロボットに置き換わるかもしれないけれど、勤労は今のところ憲法上の義務です。でも、別に「人間は働かなくていい」という時代が来る可能性はある。

為末:それに人間が対応できない。

青野:そうです。「働いていないお前はダメだ」と言い続けて、ロボットと戦い始める。 働かなくても衣食住がそろう時代になっても、勤労が義務のままだったら不毛だろう、と思うんです。不幸だな、と。

為末:「本質的に人は何のために生きるのか」という問いは重要ですよね。勤労って、この数百年くらいで成立した概念だと思うんですよ。それが人間らしさみたいなものを妨げるのは、大きな矛盾のような気がします。

何のために働くのか? 共感できる理念を選ぶ

青野:僕も経営者として気になるのですが、個人主義だった為末さんが、高野進さん(日本陸上競技協会の元強化委員会の短距離部長)の指導を受け入れたわけですよね。それはどうしてだったんですか?

為末:まあいくつか理由はあるんですけど、高野さんはバイオメカニクス的な考え方をする人なので、「動作さえ合理的であれば速い」というスタンスなんです。僕にはそれがすごくハマった。

青野:それはなんとなく、わかる気がします。為末さん自身が合理性を重んじる印象なので。

為末:逆に、僕が一番苦手だったのが、強い信仰心で作られるチーム。

青野:カリスマ社長の会社みたいなものですね(笑)。

為末:信仰心の正体は、仲間意識だと思うんです。牛の頭とかを置いて、みんなで祈りを捧げながら、「同じものを信じている」という安心感を得ている。

青野:信仰の対象への敬意というよりは、それを媒介したコミュニティに価値を置いている、と。

為末:はい。とはいえ、どれが正しいではなくて、どれなら自分が楽しく続けられるかなんですよ。

青野:うんうん。会社だったら「理念を選ぶ」ことに近い気がします。「正しい理念はなんだろう」じゃなくて、いろんな理念がある中で、「自分に合う理念はどれだろう」と選びにいく

為末:選択ですね。

青野:同じ業種の同じようなサービスでも、理念がぜんぜん違うことってありますよね。あとは文化。理念は文化にそのまま反映されるものだから、心地よさみたいなものも重要です。

為末:逆に、居心地の悪さにもいくつか種類がありますよね。単純にコンフォートゾーンにいたくて、居心地が悪いものから「逃げたい」パターンと、自分の想いとやっていることが合わなくて、居心地が悪いパターン。

青野:前者より後者の方が本質的で、成長も速い気がしますね。

為末:今、僕の仕事では、「すべてをプロジェクト化する」ことを目標にしていて。

青野:サイボウズの理想とも近いです。

為末:ありがとうございます。そして、個人がプロジェクトに自由に出入りするようになると、「会社のために」がなくなる。そうするとやっぱり、何のために働くかという問題になって、そこでまた牛の頭が出てくるわけです。

青野:共通の価値観、理念とも言い換えられるものですね。

為末:そう、会社という枠組みを外して、それでもなお僕たちをくくるものは何か。それが「個人の時代」の指針になる気がします。

創業者が死んだら解散、「会社は永続しないといけない」のは勘違い

青野:ちなみに、僕はよく「サイボウズは僕が死んだら解散してくれ」と言っています。

為末:(笑)。

青野:僕が「牛の頭」なので。僕がいないのに、僕がいるように僕を信仰していたら、それは気持ち悪いな、と。

為末:会社を残したいとは思いませんか?

青野:経営者によくある勘違いが、「会社は永続しないといけない」という考えだと思います。そうすると、だんだん会社を永続させることが目的になってしまう。そのために個人が我慢を強いられるのは、本当に正しいのかな? と思うんです。そんなイケていない会社一回止めて、清算した方がいいじゃないですか。

為末:それって、リチャード・ドーキンスが唱えた「ミーム」という概念に近いですよね。生物学的な遺伝子である「ジーン」に対して、文化的な遺伝子を指す言葉がミーム。文化を遺伝子としてとらえているわけですが。

青野:それは、どのように継承されるんですか?

為末:それは、本物の遺伝子のように。例えば、会社がなくなっても国がなくなっても、そこの文化が継承されて、別の場所、違う形で花開くわけです。わたしは法人そのものが残ることよりも、ある会社という一個の形態が生み出した文化が残る方が進化論的には正しそうに感じるんですよ。

青野:そういえば、パナソニック創業者の松下幸之助さんが「水道哲学」というのを提唱していました。当時、電化製品は庶民には高くて買えないものだったから、「水道のように安く広げるぞ」という理念だったんですけど。

為末:もう、電化製品も水道並みに普及してしまいましたよね。

青野:そう、テレビも洗濯機も冷蔵庫も普及した時代がきたのに、水道哲学と言われてもなんだか不自然じゃないですか。時代に合わせて、誰かが頭をすげ替えるべきだと思うんです。

為末:それが正しいミームの残り方ですよね。

青野:怖いですよ。創業者が死んだ後、言葉だけが残り続けるなんて。たぶん幸之助さんが生きていたら、「そろそろ変えよう」と言ったと思いますよ(笑)。

(つづく)

文・朽木誠一郎+ノオト/撮影・すしぱく(PAKUTASO)

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本記事は、2017年5月30日のサイボウズ式掲載記事自由に働く社員を評価するために、給与テーブルを捨てました──為末大×青野慶久「本質的に人は何のために生きるのか」より転載しました。

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