サイボウズ式:もう、会社員という1つの肩書きでは「他に代わりがいない」人にはなれない----パナソニック・濱松誠さん&橘匠実さん

「毎日同じことの繰り返し」「自分の仕事に意味はあるのか?」「どうせ言ってもムダ」──。

「毎日同じことの繰り返し」「自分の仕事に意味はあるのか?」「どうせ言ってもムダ」──。

「大企業病」という言葉があるように、巨大な組織の中でがんじがらめになって悶々とする若手社員の方は多いと聞きます。そんな大企業の組織風土に課題を感じて、社内外でイノベーションを生み出していこうとパナソニックで立ち上がったのが有志組織「One Panasonic」。これまで、社員のモチベーション向上や組織を超えた関係作り、新たな事業創出を実践する場として、交流会やハッカソンなどのイベントを定期的に開催してきました。

そんなOne Panasonicの発起人である濱松誠さんと、現在その中心的役割を果たしている橘匠実さん。その活躍の場は社内にとどまることなく、企業間の壁を超えて広がり続けています。

お二人はなぜ、大企業に所属しながら個人としての可能性を追求し続けられるのでしょうか。その背景には、「環境」や「肩書き」にとらわれない強い思いがありました。

濱松 誠(はままつ・まこと)さん。パナソニック株式会社コーポレート戦略本社主務/パス株式会社CEO室・事業統括本部 コミュニティサービス事業 マネージャー/One Panasonic Founder/One JAPAN共同発起人・代表 2006年パナソニック入社。海外営業、インド事業企画を経て、本社人事へ異動。グループ採用戦略や人材開発を担当。2012年にOne Panasonicを立ち上げ、部門を超えた全社一体化をリード。2016年には同社初となる、資本関係の無いベンチャー企業(パス株式会社)への派遣人材に選抜。大企業45社の有志団体が集まる「One JAPAN」の共同発起人・代表も務める。日経ビジネス「2017年 次代を創る100人」に選出。

橘 匠実(たちばな・たくみ)さん。パナソニック株式会社ブランドコミュニケーション本部 スペースメディア戦略室/One Panasonic 大阪代表 2010年パナソニック入社。資材の調達担当を経て、ブランド担当へ。CES、CEATEC、MWCなどグローバルに強い発進力を持つ展示会のプロデュースを担当する。

「大企業だから若い間に挑戦できない」のは間違っている?

明石:今日はよろしくお願いします!

先日、「企業の肩書きにとらわれず、個人としての力を身につけるには?」というテーマで、木村石鹸の峰松加奈さんにインタビューしました。

その中で「大企業の若手には悶々としている人が多い」「若手が自分自身で挑戦できる環境が少ないのが原因かもしれない」という話が出たんです。

濱松:ふむ、ふむ。

明石:記事を公開したところ、ある読者の方から「大企業だから若手が挑戦できないというのは違うと思う」というご意見をいただきました。大企業でも、覚悟を持って挑戦している人たちはいると。

そんな時に思い出したのが、「One Panasonic」や「One JAPAN」を立ち上げられてご活躍されている濱松さんのことでした。まさに、大企業で若手のうちから挑戦され続けているなあと思ったんです。

濱松:ありがとうございます。

明石:ただ一方で、「大企業の若手の人が悶々としている」という現実は、友人の話を聞いていても感じたことはありました。

こういった「大企業の若手の人が悶々する本質的な原因はどこにあるんだろう?」という疑問が、このインタビューのきっかけです。

濱松:なるほど。

明石:そして、このことを峰松さんに相談してみたところ、「素敵な人がいるよ」と橘さんをご紹介していただきまして。

偶然お二人ともパナソニックの方で、しかも一緒に活動されているとのことだったので、びっくりしちゃいました。

橘:そうだったんですね! 僕は峰松さんの紹介だったのかあ(笑)。

明石:はい。実は、影で峰松さんがキューピッドになってくれていたんです。

濱松:えーっと......。なんかめっちゃ盛り上がってるけど、TT(ティーティー)と明石さんは昔からの知り合いなん?

橘:いえいえ、今日初めてお会いしました!

明石:TT(ティーティー)......?

濱松:タチバナ・タクミなので「TT」と呼んでいます。

橘:濱松はマコトからのニックネームで「マックさん」ですね。One Panasonicでは幹事の距離感を縮めるためにみんなニックネームで呼び合っていまして(笑)。

濱松:ちなみにTTは、新婚ほやほやなんですよ。

明石:おお、おめでとうございます!

濱松:しかも、僕主催のホームパーティーで二人は出会ったんですよ。本当に嬉しかったですね。

橘:いやいや、インタビューに関係ないですやん。

明石:お二人、めっちゃ仲良いんですね!(笑)

橘:すみません。せっかくのインタビューなのに、いきなり時間を無駄にしていまいました。

濱松:そうそう。今回はかなり真面目なアジェンダがあるからね。

橘:そうですね。今日はしっかり頑張ります。

「大きな仕事に挑戦するのは中堅になってからね」。終身雇用時代のカルチャーが「言ってもムダ症候群」につながることも

明石:それでは本題に......(笑)。

先ほどお話したとおり、「大企業だから挑戦できない」とはまったく思っていないのですが、「大企業の若手の人が悶々としている」という現実は感じたことがあるんです。

橘:はい。実際にあると思います。

明石:いわゆる「大企業病」って、具体的にどんなものがあるのでしょうか?

橘:良くも悪くも、大企業には終身雇用の時代のカルチャーが残っていると思います。「新人は10年かけてゆっくり育てる」とか。

良い意味では人材育成をきっちりして、成長を応援してくれる仕組みなんですが、「大きな仕事に挑戦するのは中堅になってからね」と言われることも。若手社員からすると、「同年代でベンチャー企業に就職した人は1年目から大きな仕事をやらせてもらっているのに、自分はまだ何もできていない」というモヤモヤにつながっていくのかもしれません。それが「言ってもムダ症候群」につながることもあります。

明石:「言ってもムダ症候群」というのは、「自分はこんなことがやりたい」と言うことすらしなくなる、ということですか?

橘:もちろん提案する人もいますし、上司もそれを突っぱねているわけではないんですが、「もうちょっと経験を積んでからにしよう」と言われていくうちに、どんどん溝が生まれていくのです。

明石:記事で拝見したのですが、橘さんも入社当初はモヤモヤしていたんですよね。

橘:そうなんです。僕は海外のマーケティングに関わりたくて入社したんですが、配属されたのは国内の資材調達の部署だったんです。それで最初にミスマッチを感じました。

もちろん与えられた仕事で最大限結果を出そうと頑張っていたんですが、本来自分がやりたかったこととはズレていて、そのギャップに悩んでいました。

明石:そういったモヤモヤを抱えながら、どんなモチベーションでお仕事をされていたのでしょうか。

橘:まずは本業で成果を出すことに集中しました。今はこの仕事で給料をもらっているんだから、ここで評価されなければ何を言っても単なる愚痴にしかならないぞ、と自分に言い聞かせて。

そして、いずれチャンスが与えられたときには、誰にも負けないように準備しておこうとも考えていました。入社3年目の時にOne Panasonicに参加するようになって、そこで出会ったマーケティング系の部署の人から話を聞いたり、ビジネススクールに通ったり。

明石:今は、本来行きたかった部署に異動されていらっしゃるんですよね。モヤモヤした状態を脱するきっかけは何だったのでしょう?

橘:僕だけの成果ではなくさまざまな理由があるのですが、本業を頑張る過程で「社長賞」というMVPのような賞をもらう機会がありました。

自分が本来やりたかったこととは別の領域でも、賞をもらえるくらいに頑張れたことが、ものすごくうれしくて。

明石:なるほど。

橘:それと同じタイミングで、自分がいちばん行きたいと思っていたポストにたまたま空きができ、その部署の方から「やらないか?」と声をかけてもらったんです。

これは運命だと思って挑戦しました。それがモヤモヤを脱した瞬間ですね。

「個人」と「組織」をつなぐ緩衝材が必要なのではないか

濱松:「若手社員のモヤモヤ」に関してなのですが、大企業であろうとベンチャーであろうと、配属やキャリア形成といった個人の悩みやモヤモヤって必ずあると思うんですよね。

明石:おっしゃる通りだと思います。私も入社3年目ですが、自分のキャリアに関する悩みはあります。

濱松:ただ、そのモヤモヤが発生した時に「個人」と「組織」がうまくいっている企業と、うまくいっていない企業があると思っています。

明石:「個人」と「組織」がうまくいっている企業と、うまくいっていない企業......? その違いは何なのでしょうか?

濱松:うまくいっている会社はオーナー社長のリーダーシップが強かったり、リクルートのように「人を強み」にしていたり、サイボウズ社長の青野慶久さんのように「人オリエンテッド」、つまり多様性重視な経営者がいたり。

個人のモヤモヤをうまく解消できる組織文化があるかどうか。でも実際のところ、そんな会社は少ないです。

明石:では、うまくいっていない会社はどうすればいいのでしょうか?

濱松:個人の悩みやモヤモヤを組織で解決できない場合、僕は「個人」と「組織」をつなぐ「緩衝材(かんしょうざい)」が必要なのではないかと思っています。

明石:緩衝材、ですか。

濱松:はい。まさにその存在がOne Panasonicなのです。

One Panasonicという場所があることで、他部署の先輩たちから熱い話を聞くことができ、自分自身も挑戦しようという「志」を醸成することができ、橘のように悩んでいる人のモチベーションをつなぎとめられていると思っています。

明石:以前、濱松さんが「One Panasonicでは、挑戦できる人と仕組みを作りたい」とおっしゃっていましたが、これは具体的にどうやって作っていくのでしょうか。

濱松:以前のOne Panasonicでは、社員が新規事業に挑戦できる仕組みを作ろうと考えていた時期があったんです。

でも結果的に会社が仕組みを作ってくれて、制度として確立しました。それならばOne Panasonicでは、やる気のある人の背中を押したり、そういう人同士を出会わせてコラボレーションを実現したりする活動をしていこうと。現在はそういった方針になっています。

明石:今は仕組みというよりも、人に注力されているということでしょうか?

橘:そうですね。「ここに行けば面白い先輩に会える」とか、「悩んだり、誰に相談すればいいか分からないことが出てきたり、閉塞感を感じてしまったりした時に頼ることができる」といった場所があるだけで、モチベーションは変わってくると思っています。

One Panasonicは毎回100~200人くらいの規模で開催し、発信し続けているので、何かしら持って帰ってもらえるようにはしているつもりです。

濱松:内定者のときから参加できますしね。

明石:内定者のときから参加できるんですね。内定者の方はどういう目的で参加される方が多いのでしょうか?

濱松:逆に聞いてみてもいいですか? どうして内定者がOne Panasonicに来ると思います?

明石:うーーん。私がもしパナソニックから内定をもらって、そういう案内が来たら......。

サイボウズ式 編集部の明石。新卒でサイボウズに入社した3年目社員。最近気になるテーマは「若手社員の自立」

明石:そうですね、その段階だと何も分からなくて、「何となく不安だから行く」とか、「とりあえず先輩との出会いがあれば何か分かるんじゃないか」とか。ぼんやりとした不安や期待があるからなのかな......。

橘:うん、その通りですね。

濱松:正解です(笑)。内定者は、「どこに配属になるの?」とか「どんな先輩がいるの?」とか「めちゃくちゃ事業部の数が多いけどどんな仕事をするの?」とか。不安や期待をぼんやりと感じているんですよね。

これについては縦割り組織がある大企業特有のものだと思っていて。「分からなくて不安だよね、俺たちもそうだったもん」という感じです。実際は入社しなければ分からないんだけど、One Panasonicに来れば面白い先輩たちに会って話を聞けるよ、と伝えています。

橘:まずはいろいろな人を知って、3年後や5年後に悩んだときに「そういえば面白い先輩がいたな」と思い出してもらえればいいと思うんです。

会社のリソースは、もっともっと利用していい

明石:私は今入社3年目なんですが、実際に悩んでいることがあります。「会社に依存した働き方をするのはよくないんだろうな」と思うんです。

たとえば今は「サイボウズ式編集者」という肩書きがあって初めて仕事ができている状態なんですが、いつかは「明石悠佳さんだから仕事をしたい」と言ってもらえるような人になりたくて。個人として価値を感じてもらえるような人になりたいと思っています。

橘:それは、すごく大切なことですよね。

明石:肩書きに頼らない個人の力は、どうやったら身につくと思いますか?

橘:まずは、「自己ブランド化」が必要なんじゃないでしょうか。

例えば僕の場合だと、「パナソニック製品の展示会を企画している橘なら世界中の展示会事情に詳しいはずだ」とか、「One Panasonicを運営している橘は社内の技術者との人脈があるはずだ」とか。

明石:なるほど。

橘:自分のやっていることをしっかり発信し、本業や有志の活動で成果を出していけば、自己ブランドが固まっていく。そうすると「展示会での製品PRを相談するならまず橘のところへ行こう!」という状況を狙えると思うんですよね。

明石:「特定の分野に特化する」というイメージですか?

橘:そうですね。何らかの分野に特化しないと、自己ブランド化は難しいと思います。

濱松:僕は、「肩書きに頼らない」ってすごく難しいことだと思うんですよね。会社にしがみつくという前提でなければ、普段は会社で8時間働いているんだから、ちゃんと名前を使っていいと思う。

One Panasonicにしても、僕がパナソニックというリソースを持っているから社外に広がったわけで。パナソニックという大企業で働き、One Panasonicという活動をし、ベンチャーに出向しているという掛け算で、「濱松ならベンチャーと大企業をつなげられるんじゃないか」という自己ブランドにつながっています。

そういう意味では、僕は「肩書きを否定しない派」ですね。その代わり、会社にしがみつくというのは良くないと思います。

明石:ちなみに、「個人としての力を持っているな」と思う人って、例えばどんな人がいますか?

濱松:青野慶久さんですね!

明石:おぉ、ありがとうございます! ......私が言うのも変ですが(笑)。

橘:青野さんは本当に素敵ですよ。One Panasonicにもゲストで来ていただいたことがあります。

元パナソニックだから中のこともご存じだし、ご自身で起業もされているので、お話がとても刺激的でした。「人オリエンテッド」な経営者であり、イクボスでもあり......。他に代わりがいない人だと思います。

明石:「他に代わりがいない」というのはすごく分かりやすい表現です。

橘:先ほどもありましたが、他に代わりがいない人になるために大事なのは掛け算だと思います。

例えばどんなにフィギュアスケートが上手でも、浅田真央さんには勝てないじゃないですか。でもフィギュアスケートが上手で、かつ営業職でも成果を出せる人だったら、「フィギュアスケートができる営業パーソン」という独自の存在になれますよね。

明石:たしかに、おっしゃる通りですね。

橘:僕も今まさに、「社内の幅広い人脈を持ちつつ、展示会の企画に誰よりも長けている人」になりたいと思って模索しているところなんです。

濱松:世間には、「大企業の人間は1つの肩書きにとらわれているからダメなんだ」というバイアスがあるような気がします。それを僕たちが打破していかなければいけないと思っています。

僕が肩書きをあえて否定しないのも、橘が掛け算だと言うのも、「もう、1つの肩書きでは生きられない時代だよね」という危機感が根っこにあるから。業績悪化に苦しむ企業は多いし、パナソニックだってこれまでに2年連続で7000億円以上の赤字を出したこともあります。

パラレルキャリアという文脈に限った話ではなく、しっかり自分個人の強みや弱みを認識して、足りないものを補わなければいけないと思います。

20代・30代の社員が、会社を「自分ごと化」して変えていけるように

明石:ちなみにお二人は、「出世」を意識していますか?

橘:もともとは「やりたいことができれば出世なんてしなくてもいいや」と思っていました。でもある人から「それを実現したいなら出世しなきゃダメだよ」と言われて、考え方が変わりました。

今は、やりたいことを実現するために出世したいと思っています。

明石:出世することは目的ではなく、手段ということでしょうか。

橘:そうですね。僕は周りの人が気持ちよく働ける環境を作り、皆がやりたい仕事に邁進(まいしん)できるようにしたいんです。平社員のままではそれを実現できないので。

濱松:僕が最近強く意識するのは「社会出世」です。

明石:社会出世?

濱松:出世って、世の中に何かを発信できるような影響力を持つということだと思うんですね。

ありがたいことに今回サイボウズ式に登場できるのも、僕が偉いということではなく、何らかの影響力を期待していただいているからだと思うんですが、僕たちが単にパナソニック社内で出世しているだけでは呼ばれないですよね。

明石:たしかに......。

濱松:社内に影響をおよぼすには社内出世が必要。世の中全体に影響をおよぼすには社会出世が必要。僕は今、後者を意識していきたいと思っています。

全然出世していないので、言い訳みたいに聞こえると思いますが(笑)

「それって社長の仕事でしょ?」は思考を停止しているだけ

明石:今日お話をして、濱松さんも橘さんも会社の肩書きをうまく使いながら、個人としてもビジョンを持って歩んでいらっしゃるのだということがよく分かりました。

最後に、お二人が大企業で働き続ける理由って何なのでしょうか?

橘:「身の回りで悩んでいる人や苦しんでいる人を幸せにしたい」というのが、僕の信念だからです。

One Panasonicの活動に参加して、いろいろなことに挑戦してきましたが、それでもまだ解決しきれていないからここにいる、という感じ。「パナソニックで働くことは楽しい!」と皆が思ってくれるようになったら、僕は会社を辞めるかもしれません。

濱松:僕が大企業「にも」こだわっている理由の一つは、大企業の変革が必須だと思うからです。もちろん起業家の育成やベンチャーの勃興(ぼっこう)はどんどん推進しないといけない。ただ、良くも悪くも大企業が日本経済に与える影響は大きいんですよね。だから大企業は変わらなきゃいけない。その現場に携わりたいのでパナソニックにいます。

「それって社長の仕事でしょ?」と言う人もいますが、そんな思考停止言葉が出てしまうと、もう大企業での20代・30代のキャリアは終わりだと思います。だってベンチャーマインドを持っている会社はそうじゃないんだから。

20代・30代の社員が会社を「自分ごと化」して変えていっているわけだから。そんな思いで、これからもOne Panasonicを続けていきたいですね。

構成:多田慎介/写真:橋本直己

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本記事は、2017年5月9日のサイボウズ式掲載記事もう、会社員という1つの肩書きでは「他に代わりがいない」人にはなれない──パナソニック・濱松誠さん&橘匠実さんより転載しました。

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